四節
「――つまりは、そういうことだ」
ヘンツェの講釈を一通り聞いたティツィアーノは、最大の疑問を口にする。
「本来ならばヘンツェ殿が先陣の誉れを賜るはずが、初陣の若造に奪われた、と。そういう訳ですよね。しかし、なんであの坊やなんですかい? そしてまた、誰もそのことになると口を出せないという、暗黙の了解が成り立っている。これは奇妙なことだと思うんですがね」
「貴様、どこまで知っておる? まぁよい。ここまで話した以上、どうせ見当くらいはついておろう。あのヴィンクラーはな、皇帝陛下の後落胤よ。つまり、皇子ということだ。だが母親は町人でな。美貌際立ち、智恵に富み、まこと優れた女であったが、所詮町人よ。後ろ盾など、あってもないようなもの。後宮に召し上げられた後、他の女どもの不興を買い、出ざるを得なくなった。しかしそのときな、陛下の御種を宿しておったのだ。しかも生まれたのは待望の男子だった。それがヴィンクラーよ」
「へ~、そりゃ驚きですなぁ。しかしなんで後落胤だと解ったんですかい? どの男が父親かなんて、普通わからんでしょう」
「それがな、陛下の血筋には、御身体にある徴があるのよ。何故かはわからん。その徴が、あの者にあったのだ。皇室の歴史学者と典医が確認し、最後には陛下ご自身でご確認された結果、間違いなく、皇家の血筋であると証明されたのだ。そして厄介なことにな、皇位第一位継承者であらせられる皇太子殿下には、その徴が弱いにも関わらず、あのヴィンクラーにはそれが強く出ているということだ。非公式ながら、あやつは長子。皇太子殿下は次子となる。このことが判明したのは、既に殿下に後継の儀を済ませた後でな。既に生母は亡き後、あろうことか後宮に仕える女官にあ奴が手を出そうとしたのが切欠となり、件の女官の口から陛下のお耳に入ったという顛末よ。ちなみにヴィンクラーという名は、先代の北方方面軍団長であり、陛下の従兄弟にあたるヴィンクラー侯爵の養子となってから名乗った名前でな。つまり、既にある程度は将来を約束されておるようなものよ。私はあのような下賤の臭いがする者などが至尊の冠を戴くことなど、想像もしたくないが、藩屏としての用には立つであろうよ。それだけの価値があれば十分だと思っておる」
「すっごい話だなそりゃ。貴族にしては素行の悪いあの態度はそういう出生の秘密があったということですかい。お察しの通り、ある程度は勘付いていましたがね。にしても気になるのは、『徴』ですなぁ。ヘンツェ殿はご存知で?」
「……知らん。知っていても口外できん。そのことを口にすれば災いが及ぶからな。迷信ではないぞ。実際にその秘密に触れようとした者が奇怪な死を遂げたという話がいくらでもあるのだ。そこから先を知りたければ、他を当たるがよい。そしてもし知ったとしても、私に話すな。よいな?」
「随分な恐れようですな。しかし、知らないほうが身のためということは解りましたよ」
そう語るティツィアーノの顔には脂汗が滲んでいる。ヘンツェの身体には鳥肌が立っていた。ティツィアーノが恐れを抱いたのは、ヘンツェの話にではない。ヘンツェが"その話"をし出してから、どこからか殺意の籠もった視線を感じたからに他ならない。しかもその気配は複数。その不気味さに、これ以上踏み入るべきではないとティツィアーノは直感した。ただの好奇心で態々(わざわざ)危険に身を晒す必要もないからである。
「しかし、坊やがここで手柄を立てるとなると、将来に箔が付きますねぇ。次期皇帝に、と推す声も強くなりそうだ。あんた方の親分である、レンバッハ爺は坊やの後見人のようなものでしょう? 悪い話じゃないのでは?」
「小賢しい奴よ。何処まで知っておるのやら。よいか、事はそう単純ではないのだ。ヘルシュタットもヴィンクラーを可愛がっておる。ヴィンクラーが誰の執り成しで手柄を立てたかということが問題になろう。そこから先は知らん。レンバッハ閣下のお考えなど、雲の上のことなのでな」
「なるほどね。だが、あんたも悪党だね。知っていて、俺に坊やを痛めつけさせてたんだからな」
「よく云う。貴様も知っておっただろうに。その上で事の真意を了解し、やってのけたのであろう。この悪党め」
「ふふ、持ちつ持たれつつ、ってやつですよ。末永く宜しく頼みますぜ」
右手を差し出した、ティツィアーノの不敵な態度と申し出に、ヘンツェは賤しき者だと蔑みながらも、この男の有用性を理解していた。だからこそ、ここまで語ったのであり、最早一蓮托生ともいえた。この男は思いの外、使える駒だと大貴族のヘンツェはみていた。だからこそ、差し出された手を握ることなく、冷笑で応える。その意図に気付きながらも、ティツィアーノは苦笑を"作って"戯けてみせる。内心に黒い焔を燃え上がらせつつ。
「で。こうなるとヘンツェ殿の武勲をどこで挙げるかですが、何か策はあるんですかい?」
差し出した右手を、何事もなかったのように引っ込め、軽く振りながら、ヘンツェに問う。ティツィアーノに背を向け、椅子に腰掛けたヘンツェは落ち着いて正面を見据え、やや見下しながら答える。
「そう易々と出てくるものであれば苦労はせぬ。ティツィアーノ、貴様何ぞよい策でもあるのか? あれば遠慮なく述べてみよ」
「そうですねぇ。うちら『黄蛇団』の使いどころですかねぇ。面白い策ならあるんですがね。表だって云えない奴でさ」
「ほ~ぅ。良い顔をするのぅ。悪巧みをしとるときの顔じゃ」
「いやいや。ヘンツェ殿にとっちゃ、これは善巧みですぜ。アルセニアの連中やヘルシュタットの奴からしたら悪巧みですがね」
「ふふふ、よいぞ、よいぞ。話してみよ。聞いてやろう」
こうしてティツィアーノがヘンツェに語った策は、ヘンツェを満足させた。そのためヘンツェは策の準備に取りかかり、ガーウィンに苦情を云う暇さえなかった。そのことにガーウィン主従は訝しみながらも、あえて追求をせずにおいた。わざわざ蛇の潜む藪を叩く必要もないだろうという見解である。しかしそれが後にガーウィンの予想だにしない事態へと繋がることとなる。




