甘味(episode306)
胡蝶さんはコーヒーよりも紅茶、更に言えば紅茶よりも緑茶です。
紅染さんに連れられて来たのは高級そうなケーキ屋。個室もある。なんというかセレブ御用達みたいなお店。こういう所入る人居るんだなとか思ってた。
「あら、珍しい取り合わせですね。ティアさんと紅染さん」
「おや、右記島の黒曜姫じゃありませんか。こんな所におひとりで?」
「ええ、待ち人に振られてしまったので。ご一緒してもよろしいかしら?」
「まあ胡蝶さんなら構いませんよ。ティアさんのこともよくご存知でしょうし」
そう言って紅染さんは奥の個室の方に向かった。私たちもそれに続く。その途中で胡蝶さんに「今度は何やらかしたんですか?」って聞かれた。人をトラブルメイカーみたいに。時限爆弾なんか抱えてないもん!
「さて、改めて自己紹介……の前に好きなものを頼んでちょうだい。ここの払いは私がもつから」
「ご自分のお店で払いをもつも何もありませんよね。なんなら私は自分の分は自分で出しますよ」
「あら、相変わらず可愛くないわね。さすがにあなたぐらいの年齢の子に出させる訳にはいかないわ」
「紅染さんとはそこまで離れてないと思いますが」
そんな感じの応酬が目の前で繰り広げられてる。あ、私は素直に奢られますよ。だってまだ未成年だもん。
「すいません、じゃあ、このケーキとコーラをお願いします」
「あら、コーラなの? 太るわよ」
「大丈夫です。何とかなりますから」
「……そう言えばあなたのところでそういう薬を売っていたわね」
消化促進ポーションだ。別に脂肪が付きにくくなるだけでカロリーは減らないからね。いやまあ、レシピ次第では減らせたりできますけど。それは未涼さんに門外不出だと止められている。うん、気持ちはわかる。
「そうですね。まあ私のところにも入ってきて欲しいですけど。あ、私は紅茶だけで。ケーキは先程いただきましたので」
「そっちの伝票は私につけておいて。さて、じゃあ私もチーズケーキとコーヒーで」
注文が通され、部屋の中には私たちだけが残された。この部屋には誰も入ってこない。従業員も入る前に中にいる人間の許可がいるらしい。よくこういうの料亭とかであったりするけどケーキ屋では盲点だね。
「考えたのは紅染さんです。女性が進出してきたり、男性でもお酒が苦手な人の為に」
「あら、私は単にケーキが好きなだけよ。シェフもパティシエも育てなきゃね」
ちなみにパティシエは男性形で女性はパティシエールになるらしいのだが紅染さんの言うのは男女両方の意味なんだそう。シェフも男性形で長らく女性形がなかったらしいんだけどなんか最近出来たそうな。
「さて、まずはうちのケントの件を謝らせてもらうわ。ごめんなさい。凪沙さんという方には累が及ばないようにするから」
「あら、凪沙さんを人質に取ったバカがいるんですか? 私でもしませんよ。下手につついたら諾子様が出てくるじゃありませんか。天地がひっくり返ってもそんな無謀なことしません」
胡蝶さんが震えながら言う。そうなのだ。凪沙は諾子さんのお気に入りなのです。名前が似てるから? なんか揉み心地がいいとか言ってたな。ちなみに私も時々揉まれてます。いや、お世話になってるからいいけど。
「そうなのよね。さすがに私らくらいの年齢でも諾子さんの話は知ってるはずなのに、ありえなさ過ぎて伝説みたいに実在が疑われてるからね」
諾子さんの武勇伝を聞いてはみたいけれど素敵なロマンスがこぼれてしまうから? なんだよ、ロマンスがこぼれるって!
「あの、謝罪は受け取ります。というか紅染さんは悪くないですよね?」
「下手すると古森沢の本家が潰れるかもしれないからね。用心はさせてもらうわ。まあこの後に説明させてもらえればありがたいんだけど」
「その為のこの個室ですよね?」
「そうよ。胡蝶さんに来てもらったのもその方が私の話を信用できるかなと思ったからよ。楓魔衆に調べさせてるんでしょう、私らのお家騒動は?」
胡蝶さんはなんにも言わずににっこりと微笑んだ。沈黙は金、雄弁は銀だ。えっ、 昔の八洲は銀の方が高価だったって? いや、そのことわざ八洲由来じゃないから!
「お家騒動、ですか?」
「そうよ。八家会議に本家の人間が行かなかったのはその辺の主導権争いがあったからなの」
あー、タケルが来たやつか。まあ私と仲いいから来たんだと思ってたし、それはそれで商人らしいなって思ってたんだけど。
「今、古森沢の内部は覇権派と呼ばれる八洲で混乱が起こってる時に乗じて成り上がろうというタカ派と、事態を静観しようという穏健派のハト派、いっその事外国勢力と手を結ぼうとする国際派の三つが争ってるの」
どこの風都だよ、と突っ込みたくはなったがまあそれぞれの言い分も分からんでもない。四季咲はジジイが健在とはいえ次代に不安を残している。鷹月歌は裕也さんに決まりそうだが反乱分子も多い。
「右記島も次代が未定ですからね」
「胡蝶さんじゃないの?」
「女は右記島を継げませんから。その内私は鷹月歌にでも入りますよ」
まだ婚約解消してなかったのか。まあ右記島はそんな感じ。十条寺はこないだクーデターがあったばかり、妖世川は分からん。伽藍堂は脳筋だから無視。そして清秋谷もタカ派とハト派に分かれてるって話だったな。
「もちろん、古森沢の全体的な意志は「見」、つまり、静観なのですが、覇権派と国際派が勝手に動いて主導権を握ろうとしているみたいで」
心底困ったような顔をした紅染さん。この様子だと紅染さんは穏健派なのかな。
「あの、それで相談というのは」
「そうね、それが本題だものね。私たち穏健派は古森沢の中では主流だけどそれだけに色々あってね。穏健派の中でも意見がわかれてるのがあるの。それが、最近台頭してきたユグドラシルという会社なのよ」
あれ? 雲行きが怪しくなってきた。これ、私の会社をどうこうしようとかいう話だったりする!?




