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sword break  作者: 香枝ゆき
第一章 騎士として
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見えない本音


鉄の匂いがべっとりついた服をかごに入れ、新しい制服に身を包む。見てくれは、これで他と変わらない。

騎士の私室は城の外れにある。移動といえど、バカにならない距離だ。

思いがけず時間を取られてしまった。早く会場に戻らなければ。きっと王子は来場者の対応に追われているはずだ。それでなくとも更なる襲撃の警戒、見回りの強化、会場の後始末とやることは山積みだ。

今夜は忙しくなる。息を吐いて自室を出ると、そこには一人の騎士がいた。

「ジル・レオン」

私の部屋は他の騎士達の部屋と離れている。

同僚よりは女官達の部屋のほうが近い。

こんなところまで来るなんて、私と組んでの城内巡回だろうか。はたまた王子の警護だろうか。仏頂面は今の状況を嫌でも実感させられた。

「待たせてごめんなさい。仕事、行きましょうか」

「ラメルさん、俺は伝令として来ました」

暗い廊下に、ろうそくの炎が揺れる。

「……別行動でしたか。配置場所はどこに?」

「自室です」

呼吸を整える。

「よく聞こえませんでした。ジル・レオン=ルセーブル。もう一度お願いできますか」

「デイム・ラ・メール=イスリータに申し上げます。本日は自室にて休息をとってください」

「……承服しません。私は仕事に戻ります」

「その必要はありません。レイン殿下はサー・アズナヴールが警護しています。そのまま寝ずの晩に入っていただきます」

立ちはだかる後輩は、真面目腐った顔で私を見下ろした。

「こんな状況です。警備を増やさないわけにはいかないでしょう」

「副騎士長が滞りなく采配しました。問題ありません」

まるで私が数のうちに入っていないように、全てが進んでいく。

「……私が女だからですか?」

「いいえ違います。今夜は夜通し仕事になります。何人かは身体を休め、明日に備えよとヒュース騎士長からのご命令です。ラメルさんはそのうちの一人です」

「…………」

私は後輩を押し退けた。

一体、何が違うというの。

「ラメルさん、どこへ」

「…………」

「ラメルさん!」

腕を強くつかまれる。

「主人が起きている間専属騎士が寝ていろと?」

「ええそうです。殿下が明日、万全でない専属騎士に守られるよりはいいでしょう」

「バカにしないでください、そんな半端な鍛え方はしていません!」

腕を振り払い、王子の自室へと急ぐ。

城勤めの者は出払っているのか、誰にもすれ違わなかった。

 疲れているのは、王子のほうだろうに。

 ーー見慣れた服に、寝ずの晩で世話になる騎士の顔を見かけたときには、心臓が跳ねた。

騎士は守るものと共にある。

アズナヴールと目があった。

しかし瞬時に動揺を隠した。

「どうした、アズナヴール」

普段よりいくぶん固い声に戸惑ったが、問うたのはレインだ。

「いえ、変わりはありません」

「そうか。昨日に続いて寝ずの晩を頼んで、悪いな」

「いいえ、殿下の眠りをお任せされ、恐悦至極に存じます」

「……あとは頼んだ」

 私が影から見たのは、空き部屋に王女と二人で入っていくところだった。

 幼馴染のようだし、特になにも心配はいらないだろう。

 積もる話もあるのだろう。

 だから私はその場から立ち去る事にした。

 早く部屋に戻って、顔を洗いたかった。

 見なくてもいいと言われたものを、自分から進んで目に入れたのだから。

  

 ‡

 ――ラメル、強くなったね。

 そう言いながら、彼女は嬉しそうな顔をした。

 ――もう、あたしが守る必要はないみたいだ。

 言葉が聞こえなくても、唇は動く。

 ――あんたが一番守りたいのは、何…?

 どうして、そんな事を。聞くの?

 そう言って。

 シャラは笑って。


 洗面所に栓をして、水をためて顔を洗う。

 それでも足りずに、髪が濡れるのも構わず水の中につける。

 数分してから顔を上げ、濡れた毛からしずくが垂れた。

 かつての仲間を手にかけたのに、気になっているのは王子のことだ。

 なんて冷たい人間に成り果てたのだろう。

 首を強く振ってしずくを飛ばす。ごわごわとしたタオルで適当に拭いた後、内心自嘲しながら普段飲まない強い酒を開けた。

 瓶に口をつけ、息継ぎもせず全て飲む。

 酒臭い息をつくころには、頬は赤くなり、偽物の暖かさがラメルを包んだ。

「……所詮私も、人殺しだから」

 誰も聞いていない独り言。

 騎士といっても、守るといっても、それは大切な人や、大事な事のためにほかの何かを犠牲にすることで、今回天秤にかけられたのはシャラとレイン王子だった。

 騎士としての職務を全うしても、それが評価されるとは限らない。

 平時では、殺人者といわれても過言ではない。

 別にそれはかまわない。

 元から覚悟していたし、分かっていた。

 この手を血で汚すのは、私たち騎士だけでいい。

 それでも、聞きたくなる。

 もう戻ってこない魂に。

 私が守りたいものはなに。

 私がやりたいことはなに。

 わたしが望んでいることはなに。



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