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ああ、アタシはなんて間抜けなんだろう。
墓場まで持っていくと誓って飲み込んだはずの想いを口に出してしまうなんて。こんな事を伝えたところで困らせるだけなのに。
自分の彼女を困らせるような男ではないことを、アタシは普段のあいつを見て知ってしまっているのに。
どうしようも、ないのに――。
とめどなく、涙は頬に流れ出た。
俯いてしまったアタシにはもうあいつの顔は見えない。でも、次に振ってきた言葉は、アタシの想像通りの言葉だった。
「その……ゴメン」
「謝んないでよ」
「ゴメン」
「……バカね」
アタシの中から溢れだしたあたたかいモノは、ぽたりとアスファルトに落ちて熱を失っていった。
そしてもう戻ってこない。
発した言葉も。
伝えた想いも。
彼が、彼女を泣かせるような真似をしでかさなくてよかったと少し強がり交じりにそう思うと、少し心の熱がおさまった。そして、ようやく冬の夜の空気がアタシの肌を突き刺しはじめた。小さくくしゃみをしたアタシを見て、彼は「待ってろ」と自分のジャケットをアタシの肩にかけて向こうの方まで走っていった。
戻ってきた彼に渡されたのは、自販機で買ってきたであろう、暖かい缶のミルクティー。
「……ありがと」
「おう」
変に優しくしないで欲しい。でも、手に取ったそれはとても暖かい。どこか痛みを覚える胸が少しだけ楽になった気がした。
「忘れて……ってのは無理よね、やっぱり。
せめて忘れる努力をしてね。ほら、勉強に集中して、さ」
「……ああ」
何かを言い淀んでいるようだが、きっと彼も何を言いたいのか分からないんじゃないだろうか。アタシも、これ以上何を言えばいいのかなんて分からない。
「暗い顔ね。そんなにヤバい?
アタシのノートなしだと」
「あ、いや……頑張るよ」
「そう。それならいーのよ」
アタシは彼を視界から追い出すようにくるりと向きを変えた。街灯に照らされ、アタシの影も同じようにくるりと回る。
あれ、いつの間に影が戻ったんだろう。まあいいや。今さら、隠し事も何もないし。
そのままひらひらと手を振って、アタシはその場を去ろうとした。
ここにいたら、また余計な事をしてしまいそうだったから。
「なあ、俺……ッ」
「彼女、泣かせるんじゃないわよー」
後ろからの声を遮って、アタシはそのまま歩みを進める。街灯を通りすぎるたびに、アタシの影は伸びたり縮んだりしていて、まるでわざと陽気に振る舞ってアタシを励ましているようにも見えた。
まだ心の何処かは痺れて微熱を帯びているけれど、しばらくすればきっと消えるだろう。
○ ○ ○
歩きながら、アタシと同じ動きをする影を見る。足元から伸びるそれは、何の変哲もない普通の影だった。その影を捕まえて本音を阻止するはずの所を、先に自爆して包み隠さずそれらをぶちまけてしまったことに、アタシは本気で呆れていた。
「そりゃあ、本音を言えばおまじないの効果も切れるってもんよねー」
そしてミルクティーを一口飲んで空を見上げてみれば、相変わらずべったりと夜空に張り付いた半月が口角を上げて笑っていた。
「重ね重ね憎たらしいわね。
どーせ振られたわよ。笑いたきゃ笑いなさい」
そうしてアタシは呟く。
おまじないの内容を。――鏡越しの半月の光は、体と影を切り離す。月刃のようなその光は体と影を切り離す。体と影を。本能と理性を。
「……あれ?」
おかしくない? その一節のつなぎ方だと、体の方が本能を担当していることにならない?
アタシは影が本音を抱えて走っていったと思い込んでいたが、実はアタシの方が本能に従って、本音を抱えて走っただけなんじゃないか。
本当のところなんて、どうだか知らない。
でも、もしもそうなんだとしたら、アタシはどうにも立ち直れそうにない。
「ウソでしょう?」
思わず額に手をやって、視界が見慣れない色合いであることに気が付いた。
あ、これ。あいつのジャケットだ。アタシ、クールに去る振りをして、ナチュラルに強奪してしまったらしい。
今さら、返しになんか戻れないし、学校で返す時に絶対気まずくなるヤツだこれ……。
「――うああぁぁぁ」
アタシは力なくうなだれて、恥ずかしさやら気まずさやらが混ざってよく分からなくなった感情を吐き出しながらその場にしゃがみ込んだ。今更、メロスはひどく赤面した。
空には半月。
何でもお見通しだと言わんばかりに光る半分の月。
ああ、本当に、本当にアタシは間抜けだ。





