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第21話 抵抗

 第21話 抵抗



「ルーナ、肩に掴まって」


「うん。お姉ちゃん、ありがとう」


「わ、私もお手伝いします!!」



 テルハールの格納庫に到着したソフィアたちは、キャヴァリアーの外に出る。機体はエリファスのリーシャに吊るされたままの状態だが、丁度良い高さの足場がキャヴァリアーのコックピット横に伸ばされていた。


 先に降りたソフィアは、足の不自由なルーナが降りるのを手伝う。小柄なソフィアには、背の高いルーナを支えるのは結構大変だ。だが、姉として妹を助けることには何も苦にならない。



 無事にキャヴァリアーから降りることが出来た三人は、辺りを見回す。


「わぁ…大きな格納庫だね。アビー、どう思う?」


 ソフィアは振り向く。アビーはルーナの使う車椅子をキャヴァリアーのコックピットから運んでいるところだった。


 アビーが持ってきた車椅子はコンパクトに折り畳まれていたが、スイッチ一つですぐに元の状態に戻る。ルーナが座るのを確認してから、アビーはようやくソフィアの質問に答えた。


「この格納庫であれば、琥珀の女王号も楽に収まるかもしれませんね。船団の修理ドックは少々無茶をして入渠出来るように改造してますから…」


「でしょ? いいなぁ。落ち着いたら、ここに入れさせてくれないかなぁ」


 手を大きく広げて、ソフィアは嬉しそうにアビーを見る。


「ソフィア様、それは気が早い話では?」


「だって、早く船を直して飛びたいんだもん」


「お姉ちゃんったら…もう」


 その場で笑いが起こり、和やかな雰囲気になる。ここまでずっと固くなりがちだったニーナも、ようやくホッとしたのか、いつものように元気な笑顔を見せていた。


 しかし束の間の時間は、すぐに動き出す。




「シルヴィア、彼女たちを"連行"しろ」



 何か聞こえた。


 胸の鼓動が耳に響くように感じると、寒気を感じる。これはなんだ?



 ソフィアは目を動かす。ルーナたちはまだ違和感に気づいていないが、アビーはソフィアの様子の変化を素早く察知したようだ。フヨフヨと漂いながら、こちらを覗き込んでいる。


 更に目線を周囲に向けると、やや上の方で二人が話している様子が見える。おそらく、上にある機体"リーシャ"から降りたエリファスであろう人物だ。隣の大柄な女性は誰かわからないが、手振りで辺りに何か指示を出している。


(辺り…?)


 自然と、ソフィアの目が格納庫の更に広い方へ向けられた。格納庫内に灯っている照明は少なく、辺りの様子は見辛いのだが、足音からすると、数名の集団が慌ただしく動いている。


 かなり重い足音だ。



「…アビー、索敵して!」


「了解です。スキャン開始」


 突然のことに、ルーナとニーナはポカンとする。まだ状況に気づいていないが、説明出来るほどの情報が無い。ソフィアは構わず、アビーのスキャン報告を待つ。


「む! ソフィア様、警戒を! 何やら、武装した集団が複数、格納庫内を移動しています! これは包囲隊形かもしれません!」


「やっぱり!」


 報告を聞くや否や、ソフィアは身構える。アビーも素早く反応し、すぐにキャヴァリアーのコックピットにしまっていた二刀の短剣をソフィアに投げ渡す。


「アビー、ありがと! ルーナ、ニーナ、私の後ろに!」


「そ、ソフィアさん、どうしたんですか!?」


 理解が追いつかずに戸惑うニーナ。すると、彼女の手をルーナが掴み、引き寄せる。


「ニーナ、こっち。私にもわからないけど、ここはお姉ちゃんとアビーに任せて」


「…はい」


 小声で話すルーナの真剣な目を見てニーナは息をのむが、不思議と冷静になる。


 それからすぐに、同じ足場の端にある扉が開き、前方から二人歩いて来るのが見える。


「おお、お疲れさん。大丈夫か?」


 なんとも緊張感のない声がかけられる。エリファスだ。言語が違うはずだが、何かの機械を使っているのか、こちらの言葉で聞こえる。


「私たちは大丈夫です。エリファスさんも」


 ソフィアは少し慣れないが、なるべく丁寧に明るく返事をする。腰の短刀はひとまず納めたままだが、意識は傾けていた。


「それは良かった。それじゃあ、落ち着かない中で挨拶をするのもなんだ、早速だが付いてきてくれ。…おっと、その前に」


 エリファスは隣の大柄で屈強な女性の背を軽く押し出す。


「彼女は俺の副官、シルヴィアだ。通信で声は聴いているだろう。彼女が君たちの案内をする」


 簡単に紹介されたシルヴィアは、クルッと向きを変えてエリファスに向き直ると、ずいっと上体を屈めてエリファスに顔を近づける。


「エリファス様。どさくさに紛れて私の背中を押さないでください。次やりましたら、私が、やり返しますよ?」



 何を言っているのか、ソフィアたちは聞こえなかったが、エリファスの笑顔が青く見える気がした。


「さて…」


 再び、シルヴィアがソフィアたちに向き、ズンズンと近づく。そして目の前に立つと、腕を組んで仁王立ちした。


「先ほどエリファス様から紹介されましたが、私が副官のシルヴィアです。ソフィア…さんでしたね?」


 丁寧な話し方だが、筋骨隆々とした腕を組む立ち姿の威圧感がすごい。


 だが、ソフィアも負けじと、同じ様に腕を組んで立つ。身長差が凄いので、ソフィアはいつもより首を思いっきり上に向けていた。


「そうです。私はソフィア・ルー。後ろは妹のルーナと友人のニーナです。あと、相棒のアビー」


 言い終わると、胸を張るソフィア。笑顔は見せていない。


「…ご丁寧にありがとう。色々話したいけれど、まずはこちらへ付いてきて下さい」


 シルヴィアは扉の方へソフィアたちを誘う。だが、ソフィアはすぐに動かない。


「どうしました?」


「どこに行くんですか?」


 尋ね返すソフィアに、シルヴィアの眉が微かに動く。だが、表情は何も変わらない。


「落ち着いて話せるお部屋にご案内します。細かな説明はそちらで…」


「その前に、周りの物騒な人たちを下がらせて」


 ここでソフィアが切り出す。するとシルヴィアは、ほう、と感心した素振りをする。



「わざと照明を暗めにしていたのに、気づきましたか。思ったよりも勘がいいですね」


 なぜか嬉しそうだ。強面の顔が少し緩んだように感じる。だが、彼女に隙はない。


「ですが、彼らにも仕事があります。下がらせるわけにはいきませんよ」


「脅すんですか?」


「保険…のようなものです。ご理解下さい」


 少し話をしてみて、ソフィアは気づく。おそらく、シルヴィアは丁寧に話している時ほど注意が必要な人物なのだと。


「エリファスさん、これはどういう事ですか?」


 ソフィアは話す相手を変える。シルヴィアはずっと仁王立ちでこちらを見下ろしたままだが、構わない。


「なぜ、私たちを捕らえようとするんですか? 説明して下さい」


 険しい顔つきで、ソフィアはエリファスを見る。すると、エリファスも先ほどの表情とは少し変わり、厳格な雰囲気を醸し出していた。


「…やれやれ。回りくどい話はやはり向かないな」


 ため息混じりの声音は、通信で聴いた重い感じに変わる。だが、不快なものではない。


 それだけに、ソフィアは緊張する。



「簡単に言うとだな、アリアスとセルネア、双方の関係を考えての判断だ。悪いようにはしない。大人しく付いてきてくれないか?」


「双方の…? どういうことですか?」


「これは外交的な難しい話だ。この後の会談でも話すが、そもそも君たちに選択肢はない。とりあえず、付いてきてくれ」


「嫌です。わからないことだらけです。船団に帰して下さい」


「はぁ…困ったなぁ」


 頑なに拒むソフィア。黙ってはいるが、後ろの二人とアビーも従う様子はなく、エリファスは考え込む。


 すると、シルヴィアが口を開いた。



「エリファス様。もう決定していることなのですから、そんなに悩まないで下さい。後は私にお任せを」


「…ああ、そうだな。頼む」


 諦めた様子のエリファスは、シルヴィアに頷く。


「改めて申します。皆さんをこれからテルハール船内に"連行"します。大人しくしてくだされば、問題はありません。こちらへ付いてきて下さい」


「…断ったら?」


 シルヴィアの目が、初めて睨みつけるように変わると、ソフィアの額から汗が滲む。ルーナとニーナもその迫力に震え始めていた。


「力づくで…。とは言え、私たちがそれをすると、アリアス側も黙ってはいないでしょう。だから…」


 シルヴィアは指を鳴らし、合図を出す。すると再び扉が開き、また二人ほど歩み寄ってくる。


 その姿がはっきりするに連れて、ソフィアたちの心臓が早鐘を打ち始めた。


「お、お父さん!?」


「サラさん!? なんで?!」


 目の前に現れた姿に、ルーナが叫んでいた。現れたのは、ソフィアとルーナの父であるテオ・ルーと、ニーナが研修に行っていた整備班のサラだった。


 テオとサラは普段見慣れている格好ではなく、古く使い込まれた軽装の革鎧に剣を差している。これは昔の、アリアスが王国であった時の兵士の格好だ。


「ソフィア、ルーナ、アビー。それに、ニーナさんだね? 私たちはエメリア様の命で皆を迎えに来た。大人しく付いてきなさい」


 テオはしまっていた一枚の紙を見せる。それはエメリアからの指示書であり、アリアスの王家の紋章がしっかりと押されている。間違いなく、女王直々の命令だった。


「これは…お姉ちゃんはなんで…」


「ソフィア! 今、我々はセルネアの船に搭乗しているのだから、女王陛下を"お姉ちゃん"と呼ぶんじゃない!!」


「うっ……」


 怒鳴るテオに、ソフィアは怯む。


「…お姉ちゃん、行こう。理由はわからないけど、お父さんも心配してるんだよ。後で話は…」


「そ、そうですよ、ソフィアさん! とりあえず、まずは行きましょう! ね、サラさ…」


 ニーナはふと、サラの方を見る。その瞬間に、声が出なくなってしまった。


「今の私は"兵士"よ、ニーナ」


 そう、サラは普段のサラではない。かつてはアリアス王国の国境警備の任務で、テオの部下として活躍していたのだ。その時から少しばかりブランクはあるが、まだまだ現役として通じる実力を持っている。


 もう一人、整備班のフラガも同じくテオの部下として活躍した兵士だが、今回は先の騒動で負った怪我の治療中のため、テオは連れて来なかった。だが、怪我が無ければ彼も間違いなく連れてきたであろう。それだけ信頼の置ける兵士の一人だったのだ。


 そんな兵士であったサラに隙はなく、会話に踏み込む余地はない。一言だけ返すと、サラは厳しい顔つきになる。


 ニーナはすっかり気圧されてしまっていた。



 ルーナとニーナは了解し、ゆっくりとテオとサラの方へ向かう。だが、ソフィアは動かない。


 心配そうにみるルーナたちの代わりに、シルヴィアが再び口を開いた。


「どうした? 妹さんたちに続かないのか? みんな待っているぞ?」


 シルヴィアの先ほどの丁寧な口調が少しくだけて、外見相応の荒っぽさが少し滲んでいる。彼女に聞かれても、ソフィアは無言で俯いている。


 そうしていると、今度はテオから声がかけられた。


「ソフィア! 早く来なさい!」


「…嫌だ」


「なに?」


「私、行きたくない! だって、連行されるって…何か凄く悪いことをしたみたいだよ!? そんなに捕まるような悪いことしてない! 捕まるなんて嫌だよ!」


 感情が昂り、叫ぶソフィア。その様子に、今度はテオが怒鳴り返す。


「勝手に空へ飛び出して、皆さんに迷惑をかけたんだぞ!? 駄々をこねるんじゃない!!」


「それは…私も悪かったけど、お姉ちゃんは許可をくれた! だから、エリファスさんと競争をしてたんだよ!? それでなんで、こんな扱いを受けなきゃいけないの!?」


「エメリア様だ! ソフィア、何度も言わせるな! それに、許可を受けたからといって、危ないところにわざわざ飛び込むとは何事だ!! それでエリファス様もお前たちを助けるために危険を冒して下さったんだぞ? それがわからないのか!」


 ソフィアに頰を叩くような衝撃を与える。流石に反論の言葉が続かない。


 だが、ソフィアはそれでも納得は出来なかった。


「でも……自信があった。あの風に乗って、競争に勝つ自信があったの! それを勝手に決めつけて……私、やっぱり納得いかないよ!!」


「ソフィア…これだけ言ってもわからないのか」


 テオは怒りより、落胆する。それはソフィアに対してではなく、父親なのに説得出来ない自分に対してだ。


 そんなテオに、サラがそっと口を挟む。


「流石に、ソフィアは隊長の娘ですね。隊長の若い頃の話、フラガに聞きましたよ? その頃の上官と相当に揉めたらしいじゃないですか」


「ぐっ。フラガのやつ、そんな情報まで知ってたか!」


 サラはテオの反応をみて微笑む。


「…サラ、お前はこんな時に軽口を言う部下だったか?」


 テオは怪訝な顔でサラを見る。昔のサラは、どちらかといえば無口で職人気質な兵士だった。


 今の印象は、フラガに近い。


「さあ? 私も少し歳をとったのかもしれませんね。それはさておき…」


 サラは元の兵士の顔に戻る。それから、剣を抜いた。


「ソフィア。これ以上抵抗して隊長を困らせるなら、少し手荒にするしかないわ。私はその為にここに来たのよ」


「サラさんまで……なんで…」


「勘違いしないで。誰でも、悪いことをしたらそれなりに罰を受ける。それは基本的に、どこであっても変わらないわよ。それと、隊長だって娘に手荒な事はしたくないの」


 ちらっと、サラはテオの目を見る。苦しそうな目だ。その目を見たサラは、剣を強く握る。


「だけど、任務は果たさないといけない。もう一度言うわ。大人しく、連行されて。抵抗すれば、力づくで連れて行く」


 ソフィアは無言で、泣きそうな顔になる。もう、自分の中で答えは出ている。だけど、認めたくない。その葛藤に苦しみ、混乱していた。もはや、自分でも抑えきれない感情の波が、涙となって溢れそうになっている。


 それでも、ソフィアは短剣を抜いた。



「ごめんなさい…。ごめんなさい、サラさん、お父さん。でも、私、やっぱり納得出来ない。私はただ、空を飛びたかっただけなの!!」



 いい歳をして、駄々をこねて騒いでいるだけの子供だ。ソフィアは自分が嫌になる。だが、どうしても納得は出来なかった。


 結局、ソフィアは抵抗する姿勢を見せてしまった。サラも仕方がなく、覚悟を決める。


「わかったわ。ソフィア、あなたのその気持ち、私が受けて立つ。シルヴィアさん、すみませんが、こちらへ下がっては頂けませんか?」


「わかりました。……大変ね」


 下がりながら、シルヴィアはテオに呟く。


「お恥ずかしい限りです…。シルヴィア殿、エリファス様、申し訳ありません。少々お時間を下さい」


 テオは申し訳なさそうに敬礼すると、エリファスはニッコリと笑顔を返す。


「構わないさ。あの年頃は、子供の反抗期よりも手強いものだ。だが、そのくらいの力で壁にぶつからないと、その先にも立ち向かえない。そうだろ?」


「そう…かもしれませんね」


 テオは思い当たる節がありそうに応える。自分の若い頃の姿と、ソフィアの今の姿が少し似ている感じがしてきていた。



「剣は久々だけど…実戦経験はあなたより上よ。行くわよ!!」



 サラが剣を振り上げ、ソフィアに向かっていく。


 ソフィアも剣を構え、サラの剣を受け止めると、鋼鉄がぶつかる、澄んだ音が格納庫内に響き渡った。






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