表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/22

第19話 蛇の背

 第19話 蛇の背


「なんだ?」



 エリファスは先にレーダーの故障を疑ったが、"リーシャ"が年代物の機体とはいえ、日頃から整備を欠かしていない。ましてや、このタイミングで故障が起きるとは到底思えなかった。


(表示が正しいのであれば、後ろのアリアス機はひたすら上昇しているということか)


 こちらからの誘いに乗って、アリアスの機体は鋭い急降下で追って来ていたはずだ。それなのに、喰らいつくような反応を見せた機体が、早々に追跡をやめるとは思えない。


 だが、リーシャは単純に速い。


(…エンジンの出力では勝ち目がないと踏んだか。無駄な追走に力は使わない。まあ、意外に冷静だな)


 古い機体でも、リーシャの四つのエンジンが発する大推力は伊達ではない。それを考慮すれば、アリアス機の判断は賢明とも言える。


 エリファスは座席に預けている体の力を抜き、長く息を吹いた。


(…もっと、自由に飛びたいものだな)


 表向きはアリアスとセルネアの親善交流としての競争だ。殺伐としたせめぎ合うような飛び方をする必要はない。しかし、相手の情報収集と評価・分析の任務も兼ねており、裏の思惑も多いのが現状だ。


(アリアスのパイロット、確かソフィアという名前だったな。この空で彼女がどんな飛び方をするのか、少し興味があったんだが…今回はあまり見れそうにないかな)


 わざわざ煽るような飛び方をしてまで競争を持ちかけたと言うのに、早々に諦められてしまった。多少の期待もあったエリファスは少し残念そうに苦笑いするが、それも仕方がないか、と、何気なく天を仰ぐ。



 だが、その直後に脳裏をよぎったものは、エリファスの思考を一瞬止めた。


「なに!?」


 思わず、口から声が漏れ出てしまう。


(……いや、俺の誘いに乗ったとしても、彼女がそんな馬鹿をしでかすとは思えないが)


 首を横に振り、脳裏によぎった考えを鼻で笑うように否定する。空を飛ぶパイロットであれば"あれ"の環境データに目を通した瞬間に、それがどんなものなのか一目でわかるはずだからだ。


 しかし、刻一刻と高まる胸騒ぎはその考えを否定しきれていない。例えるならば、パイロットとしての勘が、エリファスに警鐘を鳴らしているのだ。


 そしてエリファスはついに、ゆっくりと通信機を起動した。


「……エリファスだ。テルハール、応答せよ」


 無意識に、普段の何倍も重々しい声音になってしまう。


「…こちらテルハール、シルヴィアです。どうされましたか?」


「そちらの観測でアリアス機の様子がわかるか? レーダー反応では上昇中だと思うが…」


「お待ちを。確認します」


 本来であれば、この程度の情報はリーシャのレーダーでも確認できる。それをわざわざ母艦のテルハールに支援を要請して確認する必要はないだろう。ブリッジでエリファスの代わりに指揮を執っているシルヴィアも、その事には気づいているはずだ。


 だが、エリファスとの付き合いが長いシルヴィアは、彼の重々しい声音から何かを察したのだろう。理由を聞き返す事なく、直ちに確認作業に入っていた。


(…まったく、嫌な感じがする。思い過ごしであってくれ)


 エリファスはテルハールからの詳細な観測報告を待つ。それ程長くはかからないはずだが、先程から続く妙な胸騒ぎに気持ちは落ち着かなくなる。



 そして、およそ一分程待ったところでシルヴィアの返事があった。


「確認しました。現在、アリアス機はエリファス様の後方を…これはまた、随分と距離がかなり離れておりますが、高高度へ向けて上昇中です」


 やはり、リーシャのレーダーは正常だ。それは確認出来たが、問題は次だ。


「…それで、アリアス機の進行方向には何がある? 向こうの船団と合流するのか?」


「いえ…船団は更に後方ですが……進行方向にある…?」


 シルヴィアは思わず聞き返すと、手元のデータにもう一度目を通す。レーダー上、アリアス機はエリファスが搭乗しているリーシャと同じ方向に進んでいるように見えるが、エリファスが聞きたい事はそれではないと理解していた。


 そして、あるデータに目を向け、気づく。


「……はぁ!!?」


 突如、通信越しに椅子か何かをバンッと叩く音が響く。その音とシルヴィアの声を耳にしたエリファスは、自分の勘が正しかったことを理解し、普段はしない舌打ちの音をはっきりとしてしまった。


「シルヴィア! 観測任務を中断し、直ちにテルハールを動かせ! アリアス機を、乗員を無事に保護しろ!!」


「アリアスのパイロットは頭がおかしいの!?」


 アリアス機の目的はわかったが、エリファスとシルヴィアは怒りとも言えるような激しさで動揺する。テルハールのブリッジクルーたちも異常事態を察し、困惑した表情を浮かべている。いつもであれば、クルーたちの気を引き締めるためにシルヴィアが辺りを睨みつけてくるのだが、彼女は険しい顔でデータを見つめている。


「とにかく、俺はアリアス機に接近して通信を試みる! もう、この距離ではギリギリだがな! シルヴィアもアリアスの姫様に事情を説明しろ! なんとしても、お嬢さん方を"蛇"に食わせるな!!」


「了解!!」



 シルヴィアの返事を確認すると同時に、エリファスは通信を乱暴に切り、リーシャの機首を力いっぱいに上げて急上昇をかける。力任せの急制動による激しい振動が機体を揺さぶり、今にも胴体が折れてしまいそうに思えるほどだが、リーシャのエンジンは一層強い唸り声をあげ、轟音を発する。


 エリファス自身もまた、振動と身体にかかる重力の負荷に耐えていた。


「あれの存在に気づいて、わざわざ飛び込む馬鹿がいるとはな!! 間に合うか!?」


 もはや怒鳴りつけるような言葉しか出ない。


 機体の方向転換を終えて、重力を振り切るような加速でアリアス機との距離を詰めると、間も無くエリファスはアリアス機との交信を試みる。



「こちらはセルネア機、エリファスだ!! アリアス機、ソフィアお嬢さん! こちらの声が聴こえるか!!?」


「……!? エリ………何を………! もう……お願い……!!」


 通信は繋がっているようだが雑音が酷い。まだ距離が離れているせいか、声が殆ど聞き取れない。


「くそっ! もう影響範囲内か! とにかく時間が無い! 早く高度を下げて、帰還するんだ! そいつに近づくな!!」


「…………」



 返答は返らない。雑音だけが響き、それもゆっくりと消えていく。


 そしてすぐに、モニターには"交信途絶"という意味の文字がセルネアの言語で表示される。



「くそっ!!!」


 怒鳴り、拳をモニターに叩きつける。


(なぜ、それが手に負えないものだと気づかない!?)


 怒りもあるが、もはや混乱に近い。エリファスにはソフィアたちの行動が理解出来なかった。


 しかし同時に、自分のミスで危険な状況が生まれていることに腹がたつ。


(…常識に捉われて、セルネアを知らない相手に対し、事前に警告すべきことを伝えていなかった。エリファス、この大馬鹿者が!!)


 不甲斐ない自分の額に握りしめた拳を打ちつける。だが、それで解決する問題は無い。


 エリファスは携帯していた給水ボトルを取り出し、一気に飲み干すと、思考を巡らせる。


(いいか、エリファス。まずは考えろ。あのお嬢さんの目的と、俺の打つべき手を)


 状況は違えど、生死のかかった難局を何度も切り抜けて来た経験が自分にはある。そしてそれが、パイロットとして、指揮官としての自分を鍛え上げたのだ。


 エリファスが再び通信を試みる時には、先程まで固く握られた手から力が抜けていた。




「…ソフィアたちが飛ぶことを許可したのは私だ。エリファスから提案された"親善の余興"というものに、アリアス船団を代表して賛同したのも私だ。ならば、今のソフィアたちの行動の責任は私にある」


 女王エメリアは船団の先頭を行く船のブリッジで指揮を執っていたが、セルネア艦隊旗艦テルハールのシルヴィアから通信を受け、神妙な面持ちで応える。エメリアの他に、サポート・ユニットのリオン、通信補佐をしていたエル・レア、エメリアの警護担当のイーサン・メイ、そして船団各船の警備状況をまとめている、ソフィアとルーナの父であるテオ・ルーがその場で通信を聴いていた。


「いえ、エメリア様。そもそもは、我々が提案したお話です。我々にも責任があります。ですが、今は時間がありません。まずは彼女たちを止めるために、そちらからも出来る限りの働きかけをお願いしたいのです」


 シルヴィアの言う通りだ。今は責任の所在をどうこう話している場合ではない。エメリアはすぐに雑念を振り払う。


「こちらでも通信は既に試みているが、まだ繋がらない。その間に、まずは可能な限り正確な情報が欲しい。改めて尋ねるが、その"蛇"というのは嵐の類なのか?」


 シルヴィアは肯定の頷きを返し、先程送信した環境データを互いのモニターに表示する。


「これは、セルネアの特定高度に存在する、強烈な嵐の分布図です。我々はその特異な分布状況から、これを"蛇"と呼称しています」


 モニターには惑星セルネア上の至る所を泳ぎ回る蛇のような姿が映し出される。無論、それは生物ではないので肉眼では確認出来ない。しかし、動きはうねる蛇そのものだ。


「この嵐の由来や現象の理屈については割愛しますが、勢力圏内では非常に高レベルのエネルギー波が風と共に吹き荒れ、レーダーや通信に深刻な障害が発生します。宇宙空間を航行する船や、軍艦のような大型船にはデブリ対策が施された装甲やエネルギーシールドが備わっているので、通常は殆ど影響ありません」


 シルヴィアはモニターに表示しているデータを切り換える。今度はエリファスが搭乗する機体"リーシャ"と同型の機体が表示された。



「ですが、我々の"リーシャ"やそちらの"キャヴァリアー"のような小型機は航行システムに大きなダメージを受ける危険があります」


 追加でリーシャの墜落事故と思われる資料映像が表示されると、エメリアたちは息をのむ。その様子を確認するように一呼吸の間を取ると、シルヴィアは説明を続ける。



「大気圏内では環境から様々な影響を受けるため、航空機には重量の都合も含めて、基本的にシールドの類は搭載出来ません。追加で改造を施したとしても、航空機としての実用には向かないのです」


 科学理論に関しては、エメリアを始めその場にいるアリアス側の者には未だに理解出来ない内容が多い。しかし、ざっくりとでもわかることはある。


 要はこの嵐はソフィアたちにとって危険だと言うことだ。


「それでは……もし、ソフィアたちがこの嵐に入った場合、何が起こる?」


 聞くのが怖い。だが、エメリアは聞かねばならない。責任ある者として。


「おそらくは、機体のシステムに多大な障害が発生し、操縦不能になります。結果、そのまま墜落、もしくは暴風により空中分解……つまりは…」


「…わかった」


 エメリアは呟くように一言発し、沈黙する。望遠観測による映像では、かろうじてソフィアたちの機体が映し出されていたが、映像の乱れが徐々に激しくなっていた。


「…なぜだ? なぜ、ソフィアたちはこのような危険を冒す?」


 エメリアはシルヴィアに尋ねる。とても静かな声音だ。


 その声を聴いたシルヴィアは、緊張した面持ちで息をのむ。


「それは我々にもわかりません。おそらくは、エリファス様との競争に勝つための行動なのかもしれません。ですが我々の常識から考えても、あの"蛇"に飛び込むのは自殺行為です」


「そうか…。そうだな」


 目線を落とし、エメリアはそれ以上言葉を続けない。その様子にどう反応していいかわからないシルヴィアは一瞬言葉を失うが、額から一雫の汗が滴るのを感じると、今一度気を引き締める。


「現在、テルハールの格納庫にある小型シャトルで救護班がチームを編成中です。墜落を想定して、迅速な救助を行えるように準備を進めています」



「姫様!!!」


 シルヴィアが言い終えると同時に、エメリアへ向けて大声が発せられる。驚き、その場にいる全員が声の発せられた方へ振り向くと、ソフィアとルーナの父、テオ・ルーがエメリアの前に跪いていた。


「この度の娘たちの行動は父親である私にも責任があります! 何卒、私に御命令を!」


「…何を命令せよと?」


 答えはわかっている。だが、敢えてエメリアはテオに問う。


「この手で娘たちを連れ戻します! 私にキャヴァリアーでの出撃を許可願います!」


「ならん!!!」


 エメリアは足を強く床に打ち、テオの請願を却下する。テオは何故、という顔でエメリアを見るが、エメリアは表情を固く保つ。



「我々には土地勘も無く、知識も無い。仮にお前が出撃したところで、二重の遭難事故が起きるだけだ。救助の初動は我々には担えない」


 淡々と、エメリアはおそらく正論であろう言葉をテオに語る。テオは納得していないが、反論出来ずに唇を噛む。


 しかし、エメリアもこの自分が出した答えに無力感を感じ、遂に表情を歪ませるが、それでも体に力を入れ直し、モニターの先のシルヴィアに向き直る。


「シルヴィア殿。ソフィアたちは私たちの大切な"家族"だ。どうか…助けてほしい。この通りだ」


 エメリアはモニター越しに、深々と頭を下げる。周りの者もすぐに女王に倣って頭を下げた。


 その姿を目にし、シルヴィアは自分を恥じる。


「エメリア様。どうか頭をお上げください。ここは我らセルネアの民が住まう星。広い宇宙の海から遥々来訪された皆さんの安全を守る責任が御座います」


 そうだ。先に我々が考えるべきことは、本来これなのだ。なのに、連合との長い戦争の果て、他者への疑いばかりが頭に浮かんでいた。


 その結果が、今回の危険を招いたのだ。



 シルヴィアは息を吸い込み肺を満たすと、その場でセルネア式の敬礼を行う。それは力強く、誇りに満ちている、


「女王陛下。ここは我々にお任せを」


 その敬礼に、エメリアも姿勢を正し、アリアス王国式の伝統ある敬礼を行う。


「どうか、宜しくお願いします」


「ハッ!!」


 シルヴィアは敬礼をしたままで返事をし、通信は終わった。


 その直後に、新たな通信が飛び込んでくる。



「こちらエリファス。現在、アリアス船団並びにセルネア艦隊に向けて交信をしている」


「エリファス…? どうしたのだ?」


 唐突な通信相手はエリファスだ。エメリアがすぐに応答して尋ねるが、返事がない。どうやら、一方通行の通信のようだ。


「現在、アリアス機は上空の"蛇"に向かって一直線に飛んでいる。それはあまりに無謀で命知らずな行動だ」


(ああ…エリファス、お前の言う通りだな。そして、私が彼女たちの飛行を許可したのだ)


 エメリアは改めて、自責の念に駆られる。


「しかし、その行動を招いたのは、私の軽率な行動であることは間違いないだろう。俺の責任は重い!」


 耳を傾けていたエメリアは、エリファスの言葉が自分の言葉のように聞こえた気がして、心臓がドクンと強く鳴ったように感じた。


「よって、彼女たちの救出のため、俺はこれよりアリアス機の後を追う! セルネア艦隊は引き続きアリアス船団を予定地点まで先導、旗艦テルハールは俺の考えた救助プランを元に支援任務にあたってくれ! 以上!!」



 エリファスの強引な通信が終わり、静かになる。


「一方的に、有無を言わさないな、あの男は」


「は。ですね」


 テオはチラッと、エメリアに目線を送る。彼女もまた、テオに目線を合わせると、僅かに微笑んだ。


「よし、ソフィアたちの救助活動はセルネア艦隊に任せ、船団は予定進路を維持する。テオは支度だ」


「え…?」


「何をしている? 救助されたソフィアたちを迎えに行かねばなるまい?」


「…は!!」


 意図を理解したテオは慌ただしく敬礼する。


「よろしい。念のため、信頼出来る部下を数名連れて行け。ソフィアたちが駄々をこねていたら、一人では大変だろう?」


「全く、ですね」


 テオも苦い笑みを浮かべると、もう一度敬礼をして部屋から出て行った。


「やれやれ…。というわけで、リオン! テルハールのシルヴィア殿に連絡しておいてくれないか? それから、テオに同行して彼の力になってくれないか?」


 室内をフヨフヨと浮かぶ白い球体は、ピロピロと音を立てて返事をすると、テオの後を追って行く。それを見送ったエメリアは席に戻り、船団への細かな指示を確認する。


 程なくして船団からは連絡用の小型シャトルが出発し、セルネア艦隊のテルハールと共に飛び去って行った。




「…こっちは予定通り通信不能になったから、レーダーと一緒に切っちゃうね。アビーは準備いい?」


「はい、ルーナ様。最低限のシステムの保護を優先して、残りは眠らせます」


「よーし。ニーナはアビーと一緒にエンジンの出力調整だから、このスロットルをお願いね。指示はお姉ちゃんがするから、それに合わせるだけ。簡単!」


「そ、そうですね、うー、でも緊張する…」


「御心配なさらなくても大丈夫ですよ。整備も万全です。あと、吐き気を催した際の袋もこちらに…」


「それは考えたくないです…」


 そう言いつつも、アビーから手渡された袋を大事そうに抱えるニーナ。前の席からその様子を窺っていたソフィアは、ニッコリと笑っていた。


「さーてと。みんな、準備はいい?」


 ソフィアは後ろに向かって呼びかける。一同から了承を得ると、ソフィアは前方の空を見つめる。


「…よし! それじゃ…」


「ソフィア様、一つだけ宜しいですか?」


 アビーに呼び止められ、ソフィアの気が空回りする。


「もう! どうしたの!?」


「いえ…その…ソフィア様は怖くはないのですか?」


「え? ど、どしたの、急に?」


 あまりにも意外な言葉に、ソフィアは動揺する。アビーも自分の言葉に自分で驚いている様子だ。


「い、いえ。わかりませんが、私の思考回路がどうも不安定になっているみたいですね。外の嵐の影響でしょうか?」


「うーん」


 ソフィアは操縦桿を細かく動かして機体の姿勢を整えながら考える。すると、すぐにぷっと息を吹き出して笑ってしまった。


「ソ、ソフィア様!?」


「あはは! アビー、ごめん! なんだかわからないけど、嬉しいような可笑しいような、変な気持ちになっちゃって!」


「それは…どういう…?」


 ソフィアは笑いが収まると、困惑するアビーに背中越しに気持ちを向ける。


「なんとなく、前よりも人間らしいよ。なんか嬉しい。アビーはそう思わない?」


「んー、ピンと来ませんね。ですが…」


 アビーはピロピロと面白い音を立てると、アヒルのような首を丸い胴体から伸ばす。


「なんか、いいですね。はい」


 アビーの感想を聞いて、ソフィアはふふっと優しく笑う。後ろの座席のルーナとニーナの二人も、ソフィアと同じように笑っていた。


「独りだったら怖かったかもしれないけど、ここにはアビーもいるし、ルーナとニーナもいる。そう思っただけで、力が湧くの。だから大丈夫! さあ、準備はいい?」


「…万全です、ソフィア様!」


「よーし! それじゃ、行くよ!!」



 ソフィアはエンジンの出力を上げ、キャヴァリアーを加速させる。前に進むにつれて、強風を受けた翼が軋むような音を立てるが、ソフィアたちは気にしない。


「まずは向きを合わせて……乗るよ! ニーナ、カウント用意!!」


「はい!!」


 ニーナはソフィアの言葉で身構え、目の前の端末に手を置く。


「……3、2、1、エンジン、カット!!」


「カットします!」


 合図と同時に、ニーナは端末を操作して機体のエンジン出力をゼロにする。推進力を失った機体は金属の塊のように落下すると思われたが、そうはならない。


「……よし、乗った! アビー、姿勢制御スラスタのアシストをお願い!」


「了解しました。噴射ガスの残量、モニターに表示します」


 ソフィアの席のモニターに、姿勢制御スラスタの燃料ガス残量が何本かのゲージで表示される。現在の容量は満タンだ。


「表示確認。ルーナ、機体の負荷はどう?」


「大丈夫。風に逆らわずに進んでるよ。上昇中よりも軽いくらい」


「うんうん、いいね。そしたら、みんなの時計を合わせるよ。…10秒前」


 ソフィアの合図で、10秒後には各座席のモニターにある時計の表示が同調される。


「上手くいったね。しばらくは風に乗って進むよ。それから…」



 ガシャン!!



「きゃあ!!!」


 急な姿勢の乱れと異様な音に、ルーナとニーナの悲鳴があがる。ソフィアはすぐに操縦桿を操作して姿勢を安定させようと反応していたので、悲鳴をあげるどころではなかった。


 すぐに機体は安定し、再び風に乗っているように感じる。しかし、しばらくソフィアたちは黙っていた。


「……お姉ちゃん、今のは…?」


 ルーナが尋ねるが、ソフィアからすぐに返答はない。


「…お姉ちゃん?」


 再び尋ねても、ソフィアは黙っている。流石に胸騒ぎがして、ルーナは機体のダメージが無いか自分で確認する。


 ところが、特にダメージがあるようには見えない。自分の目で見ても、翼が折れたりはしていなかった。


「…異常なし。アビー、ニーナ、どう?」


「こちらは、反応ありません。でも…これって…」


 ニーナが口ごもる。端末を操作している手を見ると、震えていた。


「ニーナ、大丈夫? アビー、どうしたの?」


 ニーナもアビーも、モニターを見ながら黙ってしまっている。


 流石に不安になったルーナは、ニーナのモニターを恐る恐る覗き込む。だが、表示されているデータに警告などは無い。


 ルーナがホッとして胸を撫で下ろしそうになった時だった。


「…エンジンユニット、喪失しました。推力、ゼロです」



 ルーナは絶句する。


 アビーからの信じられない報告を確かめるため、もう一度ニーナの手元のモニターの表示を確認する。やはり故障などの異常は無かった。


 ところが、ようやくルーナは重大な事実を確認する。


「そんな…エンジンユニットが接続されていない……嘘でしょ…?」


 そう、エンジンは壊れたのではなく、接続されていない状態なのだ。


 キャヴァリアーは汎用機として設計されている。つまり、運用目的に合わせてコアパーツ以外の装備を交換することが可能な機体だ。


 故に、ソフィアたちの機体は飛行する為の翼とエンジンをコアパーツに取り付けていることになるのだが、そのエンジンが勝手に分離してしまったのだ。


「どうして…なんで急に!?」



 まだ信じられないルーナは、何度も端末をチェックする。表示の誤作動を疑ったりもしたが、結果は同じだ。何より、エンジン出力を上げようとしても、その操作項目自体が表示されなくなっている。


 ルーナとニーナが途方に暮れていると、ソフィアがようやく口を開いた。



「…アビー、考えられる原因は何? やっぱり、嵐のせい?」


「そうですね…。おそらく、システムが誤作動してエンジンユニットだけをパージしてしまったのでしょう」


「なるほど。翼はまだある。となると、まずは…」


 淡々と現状を分析する姉を、ルーナは不安な面持ちで眺める。


(お姉ちゃん…どうしたの? なんでそんなに冷静でいられるの?!)


 頼もしいとも言えるのだが、ルーナは姉の普段とはどこかおかしい態度に、妙な胸騒ぎを感じてしまう。



「…よし。アビー、全部手動にしちゃおう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ