Sara
エンジンカウルの下に、エナーシャルハンドルが差し込まれて、回され始めた。
新谷は
「コンタクト」
と叫んで、メインスイッチを入れて、スロットルを少し開けた。ハミルトンの3枚羽がまわりまじめて、エンジンカウルから黒い煙が噴き出した.
カウルフラップを開けて、燃料タンクのコックを増槽に切り替える。
計器のチェックを終えて、再び燃料タンクを翼内に切り替えて、エンジン全開で風防を開けたまま、走り出し少し機体が浮き上がったところで、脚を引き込み高度200程度まで上昇して、増槽に燃料を切り替えた。
風防を閉めて、後ろを見ると、竹部飛行兵曹長の僚機がぴったりとしていた。
3000mまで上がり、巡行速度の240km/hにスロットルを調整して、プロペラのピッチを大きくしてエンジンの冷え過ぎを防ぐために、カウルフラップを閉じた。
これら、手順は赤本と呼ばれた機密文書の取り扱書とは違っていたが、それらすべては竹部飛行兵曹長が教えてくれたことだった。
さらに、AC(混合器)をレバーを調整した。
燃料消費を最大限に抑えることが目的だ。
21型と違って、52型には2段過給機がついたので、高高度6000m以上でも戦闘ができた。
その替わり、21型に比べて1000kmほど航続距離が落ちた。
燃料の節約は、そのまま戦闘時の優位になる。
そして、トリムタブとバランスタブを調整して水平飛行に移った。
一息ついて、後ろを見ると、竹部飛行兵曹長が手を振っていた。
今日の任務は、比較的に気が楽な輸送船団の護衛任務だ。
日本本土とシンガポール間で運航しているヒ船団の護衛た゜。
通商破壊で、夜は潜水艦に狙われるので、昼間に航行するが、今度は飛行機に狙われやすい。
マリアナ沖海戦以来、日本海軍には大型空母はなく、小型の空母運用であったため、敵に制海空は、握られていた。
米空母から発信された、雷撃機や爆撃機の攻撃に、蹂躙されていた。
1時間ほどして、船団が見えてきた高度を下げて、大きくバンクして味方であることを知らせて再び高高度をとった。
索敵として、僚機と一緒にやや後方に飛んでいたとき、はるか左方後方にゴマ粒みたいなものがあるのが見えた。
7.7mmと20mmの試射を行うと、そのままその影に近づいた。
星印が見えた。グラマンのアベンジャー雷撃機の編隊だった。
新谷と竹部は増槽を落とすと、その編隊に上空から7.7mmと20mmを同時に打って急降下した。
先頭の隊長機とみられる機体に黒い煙が上がった。
そして、徐々に高度を下げていった。
編隊は、高度をあげようとしたが、腹に爆弾を積んでいるため動きが遅かった。
追撃をかけようとしたが、敵はすぐに爆弾を投下して全速力で逃げていた。
こんな時は、近くにF6Fがいるので、深追いは禁物だ。
他の機と合流しようとしたときに、前方で空戦が始まっていた。
やはり、F6Fだ。
新谷と竹部は混戦を避けるために.外周から出た敵機を攻撃した。
下の海では、急降下爆撃機のドーントレスが、タンカーを攻撃していた。
新谷は、急降下してドーントレスを追い回した。
後方銃座から、果敢に撃ってくるが、あわてているのか弾は横にそれている。
それでも、回転銃座は厄介なので、斜め上方から突っ込んで。7.7mmをしこたま打ち込むとパイロットに当たったのか、高度を下げて海面に衝突した。
その時に、機の横を曳光弾が、かすめた。
後ろに、F6Fからつかれていた。
頭を押さえられていたので、横に機を滑らせて弾をかわし続けた。
すると後ろのF6Fの翼が吹っ飛ぶのが見えた。
竹部が至近距離から、20mmを浴びせたのだ。
ほぼ空戦は終わっていた。
F6Fもアベンジャーも離脱していた。
船団は、足の遅い小型のタンカーに爆弾が命中したらしく黒煙をあげて燃えていた。
船団位置が捕捉されているので、しばらく旋回しながら護衛した。
第2次攻撃が予測されたが、2時間ほど護衛して基地に帰投しようと反転したときに、やはり待ち構えていたのか、F6Fがやってきた。
新谷と竹部は、機を反転させると、出足の遅いF6Fより優位な上昇力で優位な高度をとり頭上より攻撃した。さすがに撃墜はできなかったが、編隊がくずれたすきに、全力でこちらも離脱した。
基地に帰投すると、未帰還機が2機だという。
機から降りると、やはり機体に何か所か弾を受けていた。
竹部飛行兵曹長が、新谷に駆け寄った。
「危なかったですね。それにしても今日のF6Fはベテランじやなさそうでしたね。ベテランならほんとに危なかったですよ」
「ほんとにそうですね。何発か被弾していました。」
「燃料タンク以外なら大丈夫でしょう」
と竹部飛行兵曹長は、微笑んだ。
"帰投するときには、残弾を残しておくこと"
と竹部飛行兵曹長から、教えられていた。
敵は、帰投中を襲うことが多くなった。
電探の性能が向上して、捕捉が可能となったからだろう。
「今日は街にでも出ましょうか」
と竹部が誘いをかけてきた。今日の戦闘の興奮からか、はたまたまだ生きていることへの感謝で、二人そろって外出の届けをだして街に出た。
ところどころ、スペインの統治時代の名残が残る街で、軍のよく行く酒場でウイスキーを飲んだ。
ほろ酔い加減になり、ぼちぼち基地の宿舎に帰ろうとしたときに、女性の悲鳴が聞こえた。
目を凝らすと、ビルのかけで数人の男に女性が押し倒されていた。
なぜか、新谷はかっとなりその場所に駆けつけた。
陸軍の軍服をきた数人がいた。
「貴様 何をしとるか」
と大声で叫んだ。
ビクとして、こちらを向いた。兵隊は、新谷を見ると
「海軍が口をだすな、これからお楽しみなんだよ」
とひとりの兵隊がニタニタと笑った。
その時に、その兵隊に向かっていき、思いっきり背負い投げをしている竹部があった。
竹部は、女性を助け起こすと、新谷に預けた。
「ぶっ殺すぞ」
といって、ほかの兵隊が竹部に近づいたが、竹部は襟首をつかむと足を払った。
「動くな、ここで撃って軍法会議にかけられたいのか」
と新谷は、南部14式けん銃を抜いて竹部を背から撃とうとしている兵隊に向けて、ブローニングM1910
を頭に突きつけた。
新谷は素早く、けん銃を奪い取って
「帝国軍人としてあるまじき行為だ。どうしても女が抱きたければそのようなところに行けばいい。一般市民に、このような暴行を加えることは、軍規にも反するぞ、部隊名を言え、いまから俺が部隊長と話をする」
とまくし立てた。
陸軍の兵隊は、部隊名を出されるとさすがにまずいと思ったのか、その場を立ち去ろうとした。
「Return my child」
と女性がさけんだ。新谷は、きっとして兵隊の一人に銃口を向けた。
子供の泣き声がした。傍のごみ箱の中からだった。
竹部がゴミ箱の蓋を開けると1歳くらいの子供が泣いていた。
新谷は
「貴様たちは、それでも日本人か」
と叫び引き金を引こうとしたときに
「止めるんだ、新谷少尉」
と竹部が大声で叫んだ。その声に驚いて、陸軍の兵隊達は逃げ出した。
竹部は、子供を女性に返した。
女性は、子供を抱きしめて泣き出した。
「I am sorry that I do that a countryman is mean(同胞が、卑劣なことをして、申し訳ない)」
と女性に謝った。
街灯の光映し出された女性は金髪の髪にブルーアイ、肌の色は驚くほど白かった。
「I appreciate that I have you help me in a dangerous scene.(危ないところ助けていただいてありがとうこ゛さ゜います)」
綺麗な英語だった。竹部は、何年かぶりに英語で会話できることに感謝した。
その女性の名前は、Saraといった。
スペインじんの父と、スペインとフィリピン人のハーフの母を持つメスティソだった。
成り行き上、送り届けることにしたが、服がボロボロでどうにも怪しいので、近くの衣料店にいって服を買い、近くの軍が接収していたホテルの部屋を取り、落ち着かせた。
Saraと、ごみ箱でごみだらけになった子供がシャワーを浴びている間に、新谷と竹部は、今後のことについて話していた。
「問題にはならんでしょう、あちらさんは将校ではないし、南部もっていたから兵卒でしょう」
「はあ、それにしても竹部飛行兵曹長、私の軽率な行動でご迷惑をおかけいたしました。それにしても、あれは柔道ですか 」
「お恥ずかしい限りで」
と竹部は頭をかいた。
シャワー浴びて、服を着替えたSaraは、昔見た米国の女優のようにきれいだった。
「Why were you in such a place?(どうして、あんなところにいたんですか)」
長いまつげをふせて、Saraは
「MY husband was embedded with the U.S. forces、 but I do not get communication after withdrawal and come to be in trouble in daily life and want to let a child eat something and・・・(夫が、アメリカ軍に従軍していたのですが、撤退後に連絡が取れなくなり、日々の生活にも困るようになり、子供に何か食べさせたくて)」
竹部が、ポケットから航空加給食のキャラメルを、取り出すとSaraの子供の手に握らせて、一粒を食べて見せ、こどもの口に放り込んだ。
子供は女の子らしく、Saraと同じ金髪の髪にブルーアイだ。
子供は、にっこりと笑った。
この時、新谷は、竹部の本当にうれしそうな顔を初めて見た。
これがSaraとその子供Mariaとの出会いだった。




