再び空へ
男は、ジョージ・イシダだと名乗った。
年は、竹部より2つ下だった
米軍の諜報員だった。比島における諜報が任務だといっていた。
イシダのいう通り、米軍は1月の初めにリンガエン湾に、空爆や艦砲射撃後に上陸を敢行した。
すでに、日本軍に満足な飛行機はなく、航空員まで陸戦隊として戦うことになった。
ただし、パイロットだけは、育成に時間がかかるとこ言うことで、夜半に水上機なとで、台湾や仏印などに脱出させていた。
竹部は、新谷が脱出して、紫電改にのってその後も戦い続けたことを知る由もなかった。
イシダの比島での任務は終えていた。
兵站をたたれて、航空機も船舶もない日本軍の抵抗も終わりが見えていた。
次の舞台は、すでに決まっていた。
資本主義対共産主義の対立だった。
それが、この戦争の終結後に始まることは、予見されていた。
竹部の潜入する、仏印はフランスの元植民地だが、ドイツもノルマンディー作戦で、敗色を濃くしていた。すでにイタリアは降伏している。
この後の、2月にヤルタ会談が開かれ、ソ連の参戦が合意されることになる。
その渦の中で、仏印はソ連が共産国家樹立に暗躍はているのだ。
その情報を探るのが、竹部の任務だった。
仏印は本格的な戦闘がなく、また地域的に日本に友好的な国が多く、穏やかな時間を過ごしていた。
竹部は、ある程度の訓練と任務の概要について、現地工作員と協力の上情報収集をすることを主任務として確認した。
肩書は、現地の商社の社員ということにした。
2月後の夜半に、カムラン湾の沖で潜水艦から小型船に乗り換えて竹部はイシダと一緒に潜入した。
潜入はすんなりとしものだった。
仏印は大規模な空襲もなかった。
主に、"援蒋ルート"について、北部仏印での諜報活動を実施した。
竹部は、運転手として随行した。
一方世界情勢は、ヤルタ会談で、日本への参戦をせかされたソ連は5月にドイツが降伏すると、兵員を北ヨーロッパから内蒙古及び極東へと終結させた。
仏印に進駐中の日本陸軍も比島での劣勢の情報で、軍備を増強しつつあった。
イギリス、フランス、オランダなどの旧宗主国も、ドイツとの戦争で披露しきっていた。
そのすきを狙った、ソ連の魂胆だった。
乾期に入ったころ、竹部はカムラン湾で船舶の入港監視をしていた。
すっかり服装も、顔つきも現地人と間違えられるくらいになった竹部と彫り深いイシダとは、少しずつ打ち解けていた。やはり、日本人として血がそうさせるらしかった。
海軍の二式水上戦闘機が、訓練をしているのが見えた。
「竹部、また空を飛びたいか」
バナナの葉で作ったうちわみたいなもので、仰ぎながらイシダが双眼鏡をのぞく竹部にいった
「いや、もういい。昔は飛行機は落としても、人そのものを殺すという感覚はなかった。落とした結果死んだんであれば、それも運だ。しかし、必ず飛んで死ぬということは、俺の中ではありえない」
イシダは、レモネードを飲みながら、溜息をついた。
「沖縄に上陸以降、特攻機が飛んでこない日はないらしい。被害事体はピケットラインや迎撃の戦闘機で皆無だが、昼間だけでなく、夜にも攻撃されるらしく。乗組員の精神は疲弊して、発狂するものもいるらしい」
竹部は、直援でついた爆装の零戦の姿を思い出していた。
「日本人の気質というか、そんなものだろう。周り始めた車輪が急に止めれないように、始めてしまった戦争は急に止めれない。」
「落としどころを日本は、間違えたんだ。ハルノートの時もそうだ。実際にあれは最後通牒と同じものだ。日本が飲める内容ではない。あえて、戦争へと仕向けたんだよ。諜報戦にすでに日本負けていたんだ。
ミッドウェーでも、すべての情報は解読されていた。」
「学校では、日本は神の国だから神風が吹いて、米国をやっつけてくれると教えているらしい。だから神風特別攻撃隊というだよ。」
「フィリピンを奪還されたところで、終わらせなかったから沖縄が戦場になった。次は首都を一気に攻めるぞ」
「陸軍のお偉いさんが、10年以上も前に竹槍が300万本あれば日本の防衛は可能といったらしい。」
「クレイジーだな、向かってきたら100m手前で、全員マシンガンと火炎放射器の餌食だ。もっとも早く終わらせないと、日本も大変なことになる。ドイツは戦勝国4か国で分割統治されることになるらしい。」
「諜報員は、情報が早いな」
皮肉っぽく竹部はいった。
「情報は不確実なものもある、大体10の内8割は不確定情報だ、その不確定要素を検証し仮説を組み立て、証明するのが重要なんだ。そのための仕事が今の仕事だよ。」
とイシダが言った後、真剣な顔で、竹部に訊ねた
「竹部、爆弾を抱いて飛ぶのは、どんな気分だ」
竹部は返答に詰まった。
どう説明すればいいのかわからない。
命令だからといえば、いいが、志願制であることから本人の意思が介在することは間違いない。
「爆撃機でもない機体に爆弾を積んで、急降下速度も十分でない機体で、信管を作動させるために急降下して信管用の風車を回さなければならない。機体数は少ないが、乗る人間はたくさんいる。人の命の値段が安いんだよ今の日本では、機体の替えはないが、替えの人間はいるということさ。ただ、それだけだ。戦争を始めた以上、戦うしかないんだ。弾がなければ石でも投げて、最後は素手ででも戦うしかないんだ。勝つ戦争しかしたことがないから負け方をしらないんだ。だから、爆弾を抱いて突っ込むのも戦いの手段でしかない。」
イシダは悪いことを聞いたと思ったのか、見張りを交代した。
港の船舶には、特段の変化はなかった。以前はたくさんの艦船が入港していたが、ほとんどの海上輸送ルートを絶たれ、即席の戦時船では、外洋の航海すら危ぶまれていた。
一滴の石油すら、日本には運ぶ船は残っておらず、潜水艦を改造した潜水艦タンカーで輸送する始末だった。
竹部の目から見ても、日本の敗戦は濃厚だった。
7月に入ると、ソ連軍の動きも活発となり内蒙古にも兵が集結していると情報が入ってきた。
「近いうちに、ソ連が日本に参戦するぞ」
とイシダがいった。
北部では、ベトミンが中国を会してソ連の支援を受ける準備をしているようだった。
米国は、これを恐れていた。
ドミノ現象により、アジア地区が共産化することを恐れていたのだ。
つまり、共産化することは経済活動ができないことを意味していた。
大量の輸出により、財を成しえていた米国の利益が脅かされることになる。
戦場となったヨーロッパ諸国は、経済の立て直しに時間がかかるのは、目に見えていた。
戦場となっていない、米国の優位性は明らかだ。
イデオロギーの違いが、相手に疑心暗鬼を生んでいた。
8月上旬になると慌ただしく事体が動いた。
ソ連は一方的に不可侵条約を破棄して、国境沿い兵を終結させていた。
「おい 竹部。日本が無条件降伏するぞ、新型爆弾がヒロシマ ナガサキ に落とされた。」
と慌てたイシダが、叫んだ。
「新型?」
「すごいものらしい、ドイツが開発していた原子爆弾といって1発で都市を壊滅できるらしい。」
そんな兵器で、やられたら空襲どころの騒ぎではない。日本人そのものがアメリカインディアンのように虐殺されてしまう、過去に米国は、それをやっていたのだ。
8月15日ポツダム宣言を受諾して、日本は戦争を終結させた。
これが、敗戦なのか終戦なのか議論が分かれる。
慌ただしい、世界の動き中でまた、ベトナムでもベトナム独立同盟 (ベトミン)がハノイを占拠(ベトナム八月革命)、9月2日には、ベトナム民主共和国の樹立を宣言した。
イシダも、竹部も現地協力者や日本軍からの情報収集を実施していた。
自発的な自衛のための戦争は続き、満州国や千島、樺太、占守島でも、戦闘は続いた。
もしも、この戦闘がなければ、日本の東北から上はソ連に実行支配されていたといわれている。
満州でも、練習機によるソ連戦車部隊への特攻が成され、妻と一緒に特攻出撃している。
9月に入ると、英印軍が進駐してきて、下旬にはフランス軍が進駐してきた。
日本軍は武装解除をされた。
一部の日本軍は、乞われる形で、ベトミンのベトナム独立戦争へと加担していった。
イシダと竹部は、そんな情勢の中で情報収集に努めた。
サイゴンでの情報収集は、日本人では危なくなってきたので、北部ベトナムへと拠点を移した。
「米国は、ベトナムの独立を認めないのか」
と竹部がイシダに問うと
「イギリスが絡んでいるから、認めないだろう」
と答えた。
組織されていない、ベトナム軍は、武器もなく、ゲリラ戦に突入していった。
翌年には、第一次インドシナ戦争がぼっ発した。
ベトナム軍は、中国及びソ連より支援を受けながら、フランス軍と徹底したゲリラ戦を展開した。
ゲリラ掃討作戦は凄惨を極めた。
その凄惨さのためか、正規軍の投入は減らされ、外人部隊や傭兵で組織された軍が戦闘を行っていた。
イシダと竹部は、北部でベトミンとソ連の接触について、諜報活動をしていた。
現地協力者からの情報の聞き取りをしたあと、その村を立ち去ろうとしたとき、竹部は
聞きなれた発動機の音を聞いた。
栄発動機の音だった。
空を見上げると2機の戦闘機が旋回していた。
胴体には、フランスの国旗のマークが描かれているが、形状から言って陸軍の一式戦通称隼だった。
竹部は、鹵獲品だなと思った。
旋回していた2機がいきなり低空から侵入してきた。
そして、機首の12.7mmで機銃掃射をかけてきた。
とっさに、竹部は伏せた。
一瞬動作が遅れた イシダは背後から撃たれて地面に転がった。
竹部は、隼が上昇したのを見て、慌ててイシダを茂みの中に引き釣り込んだ。
上空で反転した隼は再び、集落にひっように機銃掃射を加え、道には累々と人が倒れていた。
しばらく,機銃掃射がつづいたあと
すべてを打ち終えたのか、悠遊と去っていった。
イシダの傷は、腹部を貫通していた、鮮血ではなくどす黒い血が出ていたので、肝臓をやられていると思われた。急いで、圧迫止血をした。
「イシダ、がんばれ、しっかりしろ」
と竹部は叫んだ。
イシダは、口から血を吐きながら、首を振った。
「竹部さん」
イシダは初めて、竹部をさん付けで読んだ。
「あなたの任務を、これで解任する。私の死亡報告をもって、あなたという存在も消える。後は好きにしてください。」
12.7mmで卵くらいに抉られた銃創からだらだらとちが流れた。
イシダは出血が多量で、意識が混濁しているようだった。
竹部は,イシダがもう助からないと思った。
しばらくして、イシダは息が荒くなるとすーと大きく息をして、絶命した。
竹部が、村落を見渡すと累々と人が倒れ、あちこちで泣き叫ぶ声や、うめく声で地獄と化していた。
足元には、ちぎれた腕と、その先には顔に弾が命中した5歳くらい女子だった骸があった。
竹部は、イシダの遺体を乗ってきたトラックに乗せると、カムランにあるアジトへと戻った。
そこで、現地の支持者へ竹部の後を頼むと、港へ向かって歩き出した。
目的地の近くまで近づくと、翼の日の丸を黒く塗りつぶされた、2式水戦が浮かんでいた。
竹部は、背広の胸のフォルダーからブローニングを抜くと、二式水戦まで近づいた。
格納庫には、整備兵らしい日本人数人がいた。
竹部は、入り口近くにいたひとりに近づくと、銃を向けて
「お前は日本人か」
と尋ねると、銃を向けられて驚いたのかうなづいた。
「あの、水戦は動くのか」
「はい、整備したばかりです」
「武装は」
「外されていません、全弾補充しています」
「エナシャールを回せ」
整備兵は怪訝な顔をした。
数人の整備兵が寄ってきた。
とっさに、竹部は会話をしていた整備兵を首に手を回して銃を突き付けて
「回せ」
と叫んだ。
人質の整備兵を水戦の桟橋まで引きずっていき、エナシャルを回させた。
発動機が点火した。
もともと、零戦11型を元に作られた機体で、霞ヶ浦で水戦の操縦訓練も受けていた。
方向楕を動かして、機体を向きを変えて、スロットルレバーを動かしACを調節して素早く離水速度まであげて
操縦桿をいっぱいに引き離水した。
再び、竹部は空に戻った。
そして、最後の戦いに向かった。




