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時を超える思い

 雨音は、小さくなっていた。

新谷の長い、回想を聞きながら、傍でCharlotteが英語で意訳していく。

不思議な感覚のなかで、孝二は随分と重い話を聞いているような感覚がしていた。

かれこれ,2時間以上が過ぎていた。


 「その後の竹部さんの消息は分かったんですか」


と孝二は,新谷に訊ねた。


 「空地分離という制度があり、飛行機は降りた基地の指揮下に入ることです。それで、どこかの基地に降りてしまえば,指揮権が降りた基地の司令部に移るんです。それで,戦後の記録がないんですよ。正式には,私が特攻に出撃した、12月の日に未帰還とされ、戦死と推定されています。私も戦後に福岡の軍人会などで探したのですが,よくわかりません。厚生省の記録は私が知っているままの記録です。」


「そうですか」


と孝二は肩を落とした。

 

 Evelynも同じように肩を落としていた。


 「ただ、あの時の米軍の公式記録の中に、直援機により艦載機に被害がでたことと、撃墜された直援機はなかったと記されています。それからすれば、竹部さんは生きていると思います。あの人の腕で落とされることはないと思います。私はそう信じています。」


 竹部は、信じて疑わない目をしていた。


 孝二は戦後の新谷のその後に興味を持ったので尋ねてみた。


 「新谷さんは,戦後はどうされたのですか」


 「学校に戻りました。新生の大学を卒業して、ガリオア基金(占領地統制基金)でアメリカへ留学しました。日本が負けた国を見たくて。行ってみて納得しました。戦う相手を間違っていたと、最初から勝てる相手では無かったと思いました。それでも戦うしかなかった日本という国がかわいそうでしかなかった。ただ、私は、原爆を落としたことだけは許せなかった。そして、それを防ぐことができた自分が許せなかった。でも、その当時のアメリカは原爆実態について、情報公開してしていなかった。私は、原爆の恐ろしさと、いかに非人道な兵器であることを訴えたかった。だから、教員になりました。自分が体験した戦争を語り継ぐことが、自分に課せられた使命だと思いました。そこで、Charlotteに出会いました。Charotteは、私を理解してくれましたが゛敵国の女性との結婚ということで随分と嫌な思いをさせたと思います」


と新谷が喋ると、意訳していたCharotteが


 「私はそう思わない、神があたなとめぐり合わせてくれたと思っている」


といって、新谷に優しいまなざしを送っていた。

きっと、言葉では語れないほど苦難が二人の間にあったと思う。


 「あの戦争がなんだったのか、私には正確な判断は下せません。軍部の独断だという人もいれば、国民を洗脳したのだという人もいます。私は、何のために空で戦ったのか、特攻という作戦に身を投じたのか。言葉で説明することができないのです。あの時代に何があったのかを正確に伝えることしかできません。私の手は、血で染まっています。落とした機体の数だけ人が死んでいると思います。死ぬと分かっていて機銃のボタンを押したです。おそらく相手もそうでしょう。ならば許されるのかというのも疑問です。人の罪は神のみが捌くのです。Evelynさん、竹部さんは本当にあなたのお母さんMariaさんを可愛がっていました。いつも肩車をして遊んでくれていました。そして、Saraのことが本当に好きだった。そして、たぶんSaraさんも竹部さんのことが好きだったと思います。人は分かり合えると思います。生まれた場所や肌の色や目の色が違ったとしても、人を好きになる気持ちはすべての障害を越えることができる。私はそう信じています。だれも戦争をしたいわけではない。言葉の壁があるから分かり合えないということはない。竹部さんは英語は全然喋れなかった。でもSaraさんともMariaさんとも分かり合えた。私たちが銃口を向ける前にすることは、分かり合うことだと思います。それが国家どうしならば戦争が利益にならないことをもう、学ぶべきでしょう。それに見合うだけの利益と死ぬ人の数釣り合わなければ戦争は起こらない。私たちは、そう学んだと思っています。私は、笑って敬礼をしていった、白菊隊の少年が忘れられない。もう二度と、あんな姿を見たくはない。もし、そうなる事態があれば、私は今度こそ自分の命をかけた戦いをします。」


一気に新谷は、自分の思いを語った。

孝二は、その気迫に押されてうなづいていた。

死にはぐった人間の言葉とは思えないほど、生への慈しみを感じた。


「 MR Araya. There is still a Browning automatic pistol gun in my house(ブローニングはまだ私の家にあります)」


とEvelynはいった。

新谷があの日に渡した銃だった。


「The Browning automatic pistol gun is a family treasure of my home.(その銃は我が家の家宝です」


ともEvelynはいった。


新谷は照れて


「役に立たなかったのかな」


といった。


「No、 in that fight、 I hear that I followed a command of a grandmother and mother.(いいえ、母と祖母の命を救ったと聞いています)」


その言葉で,SaraやMariaになにがあったかの片りんは見えた.あの時代は生きるのに必死だったんだと、孝二は思った。


「The husband of the grandmother has been already killed in action. My grandmother did not get married .(祖母の夫は戦死していました。その後は結婚しませんでした)My grandmother worked desperately. And it became rich as such.My mother married the whole families of the financial combine.(祖母は必死に働いて、母を育て、母はフィリピンの財閥に嫁ぎました)My grandmother seemed to have a lover(私の祖母には思い人がいたようでした)I knew it.」


Evelyは目に涙をためていた。

祖母が死ぬまで愛し続けた人のことを知って感動していた。


新谷は、そんなEvelyを見て、応接室の書棚から古びたアルバムをだしてきた。


「Evelynさん、これを君に上げよう」


といって、一枚の赤茶けた写真を渡した。


「Grandmother!!」


と声をあげた。

孝二が覗き込むと、その写真には、飛行服を着た二人の青年と、堀の深い大きな目をした女性とかわいらしい女の子が写っていた。


「ああ、SaraとMariaだよ、それに私と竹部さんだ」


写真には今の新谷の面影があったのですぐにわかった.

もう一人が、竹部ということになる。

優しそうな顔をしていた。

どこか、童顔をのこした顔をしていた。まつお世辞にも容姿端麗とわけにはいかないが、飛行服の上からでも鍛え抜かれた体付は見てとれた。


「私の青春だよ、これだけには戦争の陰鬱さはない。私が唯一見せることのできるものさ。だからEvelynさんに貰ってほしい。」


Charlotteの意訳を聞き終えた、Evelynは,写真を胸に抱きしめた。


写真の中の祖母と母から温かい何かを感じた。


 「私は、竹部さんは生きていると思う。彼が死ぬことはないと思う。たぶんこの出会いも竹部さんの願いだと思う。8月9日に私の戦争は終わってしまった。だからこそ、最後の場所で私は自分中であの戦争が何だったのか答えを探していた。そして、今日やっとわかったよ。人の思いは時を超えて生き続ける。Saraは、竹部さんを思い続けていたんだね。その思いはEvelynさんにも受け継がれている。それが答え何だね。あの時代のなかであの一瞬だけが私の中では宝物だった。それが答えだっだね。」


新谷は何かを悟ったように、Evelynの肩を優しく抱いていた。

傍で,Charotteさんも涙ぐんだいた。

孝二は混乱しながらも、なんとなく新谷が抱えていた重荷がすっと軽くなったのだと感じていた。


 すっかり、夜のとばりが降りていた。

5時間以上も、新谷の家にいたことになる。

食事をしていけという新谷の誘いを丁寧に断り、また訪問するということで、新谷の家を後にした。


新谷は何故か最後に、Evelynを強く抱きしめた。

そして


 「Thank you. I was forgiven」


といった。新谷の後ろでCharlotteさんが大粒の涙を流していた。


二人に別れを告げたが、二人はずっと孝二とEvelyn のことを見送っていた。


そして、それが新谷との最後の別れとなった。

それから一週間後に、Evelynの携帯にCharlotteさんから電話があった。


新谷さんが亡くなったとのことだった。

突然の訃報に、すぐに自宅を訪れた。


仏壇の前には、以前見た新谷さん遺影があった。


「Why」


とEvelynは泣きながら、Charlotteさんに訊ねた。


「My husband was not able to live for a disease for a long time(病気で長くなかったのよ)」


といった。孝二は確かにひどく痩せていた顔色も悪かったことを思い出した。


「He awfully suffered from disease of a heart about that war(彼はあの戦争でひどく心を病んでいた)He could meet you and said that it was permitted(あなたに逢えて許された)」


とCharlotteさんは言い、Evelynを抱きしめた。

Evelynは、激しく泣きじゃくった。

孝二もつられて目頭が熱くなった。

死を覚悟していたから、あんなに自分の過去をさらけ出すことができたのだと悟った。

自分の心をえぐるような痛みの中で思い出したくもないことを話してくれていたのだろう。

その中で、SaraさんやMariaさんのことを思い出して救われたのだと思った。

ひょっとしたら、新谷さんもSaraさんのことが好きだったのかもしれないと思った。


孝二は、新谷の語ってくれた内容がすべて理解でき共感を得ているとは言えなかったが、新谷がいった

"人の思いは時を超えて生き続ける"というフレーズだけは、決して忘れることが出来なかった。


そう、Charlotteさんの胸の中で泣き続けているEvelynがまさにその証人だったからだ。




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