敗走
昭和19年12月に入ると、レイテ島の戦いは、米軍の圧勝となり特攻機が飛び立つことは少なくなった。
現状は、飛べる飛行機がほとんどなかったことも起因する。
新谷も竹部も待機することが多くなった。
待機所で、二人きりでくつろいでいると竹部がポツリと話し出した。
「新谷少尉、聞きましたか」
「何をですか」
「桟橋に特攻をかけた話」
「はい、聞きました。」
「泣いて、輸送船にしてくれと頼んだそうですが、桟橋に突入したそうです。」
新谷は大きく息を吐きだした。
「竹部飛行兵曹長、私たちの価値は、もはや敵艦に体当たりすることなのでしょうかね」
竹部は、すこし考え込んで
「新谷少尉、私はあまり頭がよくありませんので、うまく話せませんが、戦局の好転はもはやないのではないかと思います。作戦はいくつも立てることはできるのでありましょうが、つきつめていくと、この戦法しかないようになったのでしょう。」
「先日、彗星・銀河の爆撃で大型の600kgや800kgを積んで、3人も乗って特攻に行きましたよね
あの、鈍足の99式艦爆も行きましたよね。99式艦爆なんてなんて言われているか、知っていますか
99式棺桶ですよ。零戦ですらF6FやあのP38に苦戦するんです。上昇速度は互角でも、高高度性能、急降下性能は、時代遅れですよ」
と新谷は、自分の空戦で味わった出来事で身に染みていた。太平洋戦争当時、最新鋭でも今ではまともに空戦もできない戦闘機になってしまっていた。
爆装の機体には、焼夷弾効果を狙って、燃料が満載されている。
敵機の600km/hを超える速度で狙われれば、燃料タンクに防弾が施されていない機体では12.7mmの一発でも火を噴く。
何度か直援で、飛んだが高高度上空からの一撃で何機が火を噴いてしまう。
相手を追い回しても、ダイブで離脱して、決して格闘戦には入らない。
旋回性能と運動性では、まだ零戦が勝っていると感じていた。
20mmも威力は十分だ。
それでも、未帰還機が増えていく。直援で上がっても、敵は2倍から3倍の数の戦闘機を飛ばしてくる。
直援も攻撃をかわすのが精いっぱいになる。
「この前の空戦で、コックピットに7.7mmを打ち込んでも割れないんですよ。防弾なんですよ。こっちはガラスですからね。この前みたいに被弾して負傷してしまいますよ」
新谷は、左腕の負傷した場所をさすった。
「敵さんの電探はすごいらしいですからね。いつも待ち伏せですもんね。こっちは、相手の将棋盤の上で戦うしかないですもんね。それでも、生きて戦い続けることが戦闘機乗りでしょう」
と竹部は、とSaraにもらったロザリオをいじりながら言った。
突然サイレンがなった。
敵襲と叫んでいた。
新谷と竹部は近くに隠してある機体に取り付いた。
整備兵が、エナシャール棒を差し込んでいた。
「回せ、回せ」
と新谷も竹部も叫んでいた。
近くの機体にも、搭乗員が乗り込み発動機の始動を始めていた。
「コンタクト」
と叫んで、始動スイッチを回した。
直ぐに発動機がうなりあげた。
新谷と竹部は同時に、滑走路に出で離陸態勢に入った。
航空機は離陸と着陸態勢の時が速度が遅いので狙い撃ちされやすい。
2機ともに、ある程度機体が浮くと脚を引っ込めて操縦桿を引きスロットルレバーを引いて上昇した。
見事に、編隊離陸をやってのけ、すぐに基地から離れた。
もはや迎撃ができる態勢が整っていなかった。
空中退避である。
次々と機体が上がってきて、基地から遠ざかっていった。
基地から離れて基地の方を見ると黒煙が上がっていた。
敵機の機体が、太陽光を反射するのが見えた。
ずんぐりの双胴の機体が見えたので、P38だと判断した。
また、垂直尾翼内のない、4発発動機のB-24の機体もあった。
本来ならば、"見敵必撃"なのだが。特攻機のために機体を温存しておかなければならないのだ。
しばらく、新谷たち高度3000で基地の様子を見ていたが、散々攻撃したのか、敵機が帰投し始めた。
新谷の横に竹部が並んだ。
竹部が手信号で、"やりましょう"と告げていた。
命令違反だが、このまま返すのも癪なので、新谷は了解の合図にバンクさせて高度を上げて
全速で、敵を追った。
新谷の乗っている機は、最新の52型乙だった。
都合のいいことに、三号爆弾(クラスター爆弾)が搭載されていた。
高度6000まで上昇して、眼下に敵機を発見した。
先頭をP38十数機、その後方にB-24約30機ほどが飛んいた。
三号爆弾は、時限信管のため敵の予測進路方向の向けて自由落下させて、使用する。有効範囲は半径 100 m、高さ 50 m - 70 m の円柱状範囲内だ。
敵予測進行方向の高度5000mで、三号爆弾を投下して直ぐに反転上昇した。
敵上空で見事に炸裂して、稲妻の様な閃光が見えちょうど差し掛かったB-24に焼夷効果のある子爆弾が降り注ぎ、翼が火が付いたようだった。
P38が旋回して上空を監視していたようだったが、離脱した新谷と竹部の機を発見することができなかった。
P38の追撃がなかったので、基地に帰投した。
戦果については、未確認であり三号爆弾の使用のみを報告した。
新谷も竹部も久々に戦闘機乗りとしての充実感を感じていた。
「新谷少尉、よく適宜に合わせましたね」
「まぐれですよ、硫黄島での戦果は聞いていましたし、兵装整備の方にもいろいろと聞いていましたので、やれました。」
「三式は、高度が取れないと無理でしょう。たぶん何機かは落ちたと思いますよ」
二人で肩を叩きあいながら、兵舎に戻ろうとしたとき、第三種軍装の中佐が声をかけてきた。
「少尉以上の士官は、直ぐに司令部前に集まるように」
新谷は来るものが来たと思った。
竹部の顔を見ると、青ざめて首を振っていた。
新谷は、やんわりと竹部の肩に手を置いて
「いってくるよ」
と言った。
竹部は敬礼をした。
新谷も返礼をした。
そして、司令部のある場所に歩き出した。
なぜか、その足取りは軽かった。




