第九十四話「新しい空」【最終回】
その後の世界は――大きく、変わっていった。
これまで隠され続けてきた真実が、明るみになった。
人身売買、兵器人形、そして、中枢卿という、存在の正体。
それらすべてが、次々と明らかになっていった。
街のあちこちで、人々が寄り集まり、これまで、知らされてこなかった、この国の暗部について、囁き合う光景が見られるようになっていた。
調律省は、解体された。
だが、それで、すべてが丸く収まったわけではなかった。
国は、大きな混乱の渦中にあった。
職を失った者たち。
今もなお、感情の戻らない者たち。
空き家となった、支局の建物。
長年、積み重ねられてきた歪みは、一朝一夕には拭い去れるものではなかった。
街角には、行き場を失った元職員たちが、途方に暮れたように、立ち尽くしている姿も少なくなかった。
賊と、呼ばれていた翔たちは、「解放軍」として、称えられるようになっていた。
囚われていた人々は、彼らの手によって、次々と家族の元へと帰されていった。
再会を果たした家族たちの、涙と歓声が、各地から届いてくる日々が続いていた。
この国が、新しく生まれ変わるための、道のりは――まだ、始まったばかりだった。
環さんは、その後医療機関に入院した。
だが、繰り返し打たれ続けた毒の影響で、神経に、異常が残ってしまっていた。
日常生活を送ることが難しいという診断を受け、環さんは、専門の施設で療養しながら暮らすことに、なった。
見舞いに訪れるたび、環さんは、変わらぬ優しい、笑顔を見せてくれた。
灯は、少なからず環の後遺症について責任を感じていた。
だが、その笑顔を見るたび、安堵している様子だった。
俺と灯は、灯の家で暮らすことになった。
かつて環さんと灯が、共に過ごしてきた、あの七番区の家。
新しい日常には、まだ慣れない。
灯は、朝、目を覚ますたび、しばらく、ぼんやりと、天井を見上げていることがあった。
俺自身も、調律省がなくなり、ちゃんとした定職に付けずにいて、暮らしにまだまだ不安がある。
それでも、少しずつ、二人で歩んでいけたらと思っている。
数日後――玲と翔と六花が、訪ねてきた。
玄関先で六花の姿を、見た瞬間、灯の表情が大きく変わった。
「――六花!!」
灯は、駆け寄り、抱き合った。
二人は、そのまま大声で泣き出した。
互いの肩を、強く抱きしめ合いながら、声にならない、想いをぶつけ合うように。
あの施設が、なければ――出会いは決してなかった。
施設にいたことは二人にとって良いことではない。
でもそこで生まれた、絆。
灯と六花は、かけがえのない親友になっていた。
そして、俺と翔もまた――この長い旅を共にした、生涯の友となっていた。
「――報告がある」
落ち着いた頃合いを見て、翔がふと切り出した。
改まった口調に、俺は僅かに身構えた。
「俺、玲と、結婚するわ」
「――ええええーーー!?!?」
俺は思わず、大きな声を上げていた。
あまりの驚きに、手にしていた湯呑みを危うく落としそうになる。
旅の間
――俺の知らないところで、二人の間には、別の物語が育まれていたらしい。
それが、いつ、どのように始まったのか。
その経緯が語られるのは――また別の機会になるだろう。
賑やかな夕暮れ。
皆で囲んだ食卓には、これまでの旅では味わえなかった、穏やかな時間が流れていた。
窓の外、空を見上げる。
そこにはもう、誰かに作られた空ではない、ありのままの晴天が、どこまでも広がっていた。
完




