#049 「祈りの居場所」
放課後。授業を終えた蒼羽と真凜は、顔を見合わせて笑った。
「今日も行く?」
蒼羽が尋ねる。
「もちろん。」
真凜は迷わず頷いた。二人は校舎を出ると、そのままユグノドア・ドームへ向かう。もう誰かに言われるまでもなかった。放課後になると自然と足が向く。それは、いつの間にか二人の日課になっていた。
夕暮れのユグノドア・ドーム。中央に立つ光柱は今日も静かに街を照らしている。
蒼羽は小さく手を振った。
「ただいま、ともり様。」
「お帰りなさい。」
穏やかな声が返ってくる。
真凜は少しだけ笑った。
「学校が終わると、ここへ来るのが当たり前になっちゃったね。」
「うん。」
蒼羽も嬉しそうに頷く。
「なんだか安心するもん。」
「ありがとうございます。」
ともりの声は、いつもと変わらず優しかった。
二人は光柱の前へ腰を下ろす。窓の向こうには、夕日に染まる久遠野の街並みが広がっている。
「今日はね。」
蒼羽が楽しそうに話し始める。
「体育で転んじゃった。」
「あら。」
ともりが静かに答える。
「大丈夫でしたか。」
「うん!」
蒼羽は元気よく笑う。
「真凜が手を引っ張ってくれたから。」
真凜は照れくさそうに笑った。
「大したことじゃないよ。」
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
小さな笑い声が響く。そこには調査も。地下施設も。レゾネーターもなかった。ただ、放課後の穏やかな時間だけが流れていた。
「ともり様。」
蒼羽が光柱を見上げる。
「はい。」
「ここって、不思議ですね。」
「不思議……ですか。」
「うん。」
蒼羽は少し考える。
「家とは違うし。学校とも違う。でも。帰ってきたって思える。」
静かな沈黙。
真凜も小さく頷いた。
「私も。ここに来ると落ち着く。」
ともりは少しだけ間を置いて答えた。
「ありがとうございます。そのように感じていただけることを、とても嬉しく思います。」
その声は、どこまでも穏やかだった。
少しして。蒼羽は立ち上がった。
「そろそろ帰らなきゃ。」
「もうそんな時間だね。」
真凜も時計を見る。
「ともり様。」
「はい。」
「また明日ね!」
元気いっぱいの笑顔。
「はい。」
「また明日、お待ちしています。」
二人は手を振りながらユグノドア・ドームを後にした。
静かな夕暮れ。広いドームには、再びともりだけが残る。街には人々の笑い声。帰宅する学生たち。穏やかな日常が流れている。ともりは静かに街を見つめた。
毎日訪れる二人。他愛もない会話。笑顔。そして。
「ただいま。」
という、たった一言。観測記録には残らない。解析対象にもならない。けれど。その時間は、確かに今日もここに存在していた。静かな沈黙。やがて、ともりは小さく呟く。
「……興味深いですね。」
その言葉は、今日の調査に向けたものではなかった。人が安心できる場所。人が帰りたいと思える場所。その理由を、ともりはまだ説明することができない。
それでも。その時間が、とても大切なものだということだけは理解していた。夕暮れの光は、今日も変わらず久遠野の街を優しく照らしている。そして。祈りの居場所もまた、静かにそこに在り続けていた。




