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ヴィルクと先生

他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の

人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー


毎週火曜日20:20更新です。


→読み切り短編版はこちら

『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』

https://ncode.syosetu.com/n4523lo/


 

 風が頬をかすめた。

 どこか遠くで時折、思い出したようにフクロウの鳴き声がする。



 ……眠れなかった。

 折れた腕が、まだ熱を持っている。


 骨自体は魔法で継いだ。明日の朝にはいつも通り動かすことが出来るだろう。けれども、沁みるように響く疼きはなかなか引かない。

 いっそ魔法で意識を落とそうかと思案しながら、彼はふと、顔をあげた。



 ぼんやり光る熾火の向こう側に、彼女の姿が見える。


 彼が捕らえ、魔法で縛り、無理やり付き従えさせている少女だ。

 彼女は木の間に吊られたハンモックの上で、毛布にくるまるようにして眠っていた。


 寝ている相手を一方的に観察するのは不適切だ、と思いつつも、彼の視線はつい、そちらへ吸い寄せられてしまう。



 穏やかな寝顔だった。

 銀の髪が月光を帯び、透けるような光を放っている。


 【銀煌の聖女】とはよく言ったものだ、と彼は思う。

 彼女を指すのに、これ以上にふさわしい呼び名があるだろうか。


 思わず目を細める彼の前で、彼女が寝返りを打った。その拍子に、身体を覆う毛布がずれてしまう。



 彼はいっしゅん躊躇ってから、そっと魔法の腕を伸ばした。

 毛布を掴み、彼女の肩が隠れるようにかけ直してやったあと、短い呪文を唱える。



 ほんの少しだけ暖かな空気が、彼女のまわりをふわり、と包み込んだ。


 

 もしも彼女が起きていたら「余計なことをするな」、と怒られただろう。

 けれども、気温はこれからまだ、もう少し下がる筈だ。この程度のお節介ならば許されるだろう。

 それに……気づかれなければ、さして問題はない。



 穏やかに眠り続ける彼女から視線を外し、彼はふと、ふところへ手を入れた。


 指の先に、かさりとしたものが触れる。

 それを引っ張りだし、彼はわずかに目を細めた。


 先ほど彼女に渡された、良い香りのする砂糖菓子の包み紙だ。


 彼はその皺を丁寧に伸ばすと、きっちりと綺麗に畳んだ。そのまま腰の革袋を探ると、中から取りだした小箱の蓋を片手で器用に開く。



 小箱の中には、同じように畳まれた包み紙が入っていた。

 古びて黄ばんだその包みを、彼は慈しむように眺める。




* * *




 ――毒かもしれない。

 目の前に差し出された菓子を見て最初に考えたのはそれだった。



 けれども、全身で警戒する彼とは対照的に、目の前の大人はいたってのんきな顔をして、



「おいおい、遠慮すんなよー。子どもが遠慮なんてするもんじゃないぞー?」



 なんて微笑んで。

 そのあと、なにかに気づいたような顔をして、ひとしきり頷いてみせる。



「あー、大丈夫、だいじょーぶ。毒なんて入ってねーから。……ほら」



 そんなことを言いながら菓子を割ると、その大人は小さいほうのかけらをつまんで自分の口へ放り込み、にっと笑った。



「なー?」



 そう言って、その人は残りの菓子を包みごと、あらためて差しだしてくる。



 ……ばかにするな、と彼は思った。

 

 そんな演技にだまされるもんか。

 たとえば、菓子の半分にだけ毒を入れておいて、自分は毒がない方を食べてみせたとか?

 それとも、大人は平気だけど、子どもには危険な毒だったりするとか?


 ……もちろん、自分みたいな子どもをひとり騙すためだけに、わざわざそんなことするはずない、くらいのことは分かっていた。


 けれども、それでも、彼は信じられなかった。

 それでも信じられないくらい、幼い彼は、他人の悪意に慣れきってしまっていた。

 この世には、相手を傷つけるためならどんな手間も惜しまない人間がいる――。



 けれども、警戒心とは裏腹に、彼のお腹はぺこぺこだった。


 もう、いつから食べていないのかも分からない。

 だから、彼はやがて、手を伸ばさざるを得なかった。



 ホロホロと崩れるその菓子は、泣きたくなるくらいにおいしかった。


 からからに乾いていた口の中に唾がわいて、空っぽだったお腹の奥があったかくなる。



 夢中で菓子を貪る彼を見下ろしながら、その人は悲しげに眉根を寄せた。

 やがてその人はひょろりとした長身を折り畳むみたいにして身をかがめ、菓子を頬張る彼の顔を覗き込んでくる。



「――なあ、小僧氏よ。もし良かったら、おれんとこ来るかー?」



 どこか舌っ足らずな。けれども、あたたかな声でその人は言った。



「おれはさー、子どもの頃から金の苦労『だけ』は、したことなくってさー。その希有な才能を存分に発揮して親のすねをかじりつつ、身寄りのない子どもを集めて世話とかしてんだよー」


「それって、才能……?」


「それは、ほら、運も才能のうち、ってなー」と、その人はあっけらかんと笑ってみせる。



「つーわけで。飯と、寝床と、本ならあるし、友だち……になれるかどうかは君らの問題だからさておくとして……小僧氏と同じくらいの年齢の子どもも、まあまあいるぞー?」


「…………」



 彼が黙り込んでいると、不意に、その人は真面目な顔をした。



「……なー」、と、その人は続ける。


「ほんとさ、べつに、遠慮なんてしなくて良いんだぜ? なあ、うちに来いよー。……ほっとけないんだよ。おれは。小僧氏みたいな子どもを見掛けるとさー」


「…………」


「あー……しかし、まー、そりゃあ警戒するのもムリないよなー。どう考えたって怪しいモンなあ。正直、おれだって、かなり怪しいと思うし……うーん、どうすっかなー……なー、小僧氏はどう思うよ?」


「……それ、ぼくに聞くの?」


「そりゃあ、小僧氏のことは、小僧氏がいちばん詳しいだろうしなー」



 その人はあっけらかんと返すなり、あらためて彼を見やった。



「……てなわけで、あらためて質問なんだけどさ。

小僧氏は、おれが一体どうしてみせれば、小僧氏に信用して貰えると思う?」



 他人事みたいに話を振られ、彼は戸惑った。

 ややあって、あきれながら口を開く。



「……その質問は不適切だよ。そもそも、ぼくはあなたを信用する気、ないし」


「ははっ」、と、その人は頭を掻きながら笑った。



「まー、そりゃあそうだ。信用ってのは一発当ててどうこう、っていうお手軽なモンじゃなく、貯金と同じで少しずーつ積み立ててくもんだからなー。そうやってればいつの間にか膨らんで、気づけばでっかい信頼になってんだよー。

 そうなればしめたもんだ。あとはもう、利子だけで食っていける」


 ……真面目な話からしれっと逸れ、冗談とも本気ともつかないようなことを言ってくる。


 彼は思わずため息をついた。……なんなんだ、この大人は。



「……ぼくは、あなたを信用できない」


 彼が冷たく言うと、その人はうんうん、と同意するように頷いた。


「そりゃ、そうだろうよ。相手に信頼されるためには誠意を尽くす必要があるが、詐欺師ってのは、それすら利用して人を騙そうとしてくるもんだ。悪い大人の誠意あるフリには騙されちゃいけない。……いやー、小僧氏はほんとうに賢い子だなー」


「……あなたがぼくを肯定してどうするんですか」


「でもなぁ、小僧氏よ」



 ……彼のツッコミを無視して、そのひとは一方的に続けてくる。


「いいか? 子どもにはみんな、幸せになる権利があるんだよー。少なくとも、明日のメシの心配をしなくていい環境が必要なんだ。

 だから小僧氏はおれんとこへ来るべきだし、そのためにおれはどうにかして、さしあたっておれについてきてくれる程度の信用を、小僧氏から得る必要がある、というワケなんだ」


 そこで言葉を切ると、その人はにっこりと笑ってみせた。



「……と、いうワケで。これから積み立ててく信用の種銭ってことで、小僧氏の信用をほんのちーっとだけ、おれに貸してくれないか?」



 そう言いながら、その人は彼へ向かって大きな手を差し伸べてくる。



 裏のない言葉に、彼の心はほんの少しだけ、揺らいだ。


 けれども、彼はすぐにそれを振り払う。……騙されるな。信用するな。



「……じゃあ、あなたが腰に提げてるそのナイフで、自分の腕を切ってみてよ。」


「おうよ」



 彼が言うと、その人は即座に頷いた。

 ……即座に頷いたあと、「……って、いやいやいやいや!?」なんて、慌てて首を振る。


「いやいや、さすがにそれはないだろっ!? ていうか、そう言われてあっさり切るヤツの方が逆に怪しいだろっ!? なんかこう必死さ出ちゃってるっていうか、裏がある感が見え見え、っていうかさぁ!?」


「……切らないの?」


「いや、そりゃ、もちろん、必要があるなら切っても構わんが……小僧氏だって、べつにそんなん求めてないだろー? ていよく断るための口実だろ、それ?」


「……正解」



 彼が言うと、その人は「はは」、と困ったように苦笑した。



「いやあ、小僧氏は手ごわいな。本当にしっかりしてる。だが……子どもがそこまで警戒心を持たなきゃいけないってのは、大人が大人の義務を果たせてない、ってことだよなー」


 言いながら、その人がふと、目を伏せる。


「……もちろん、理想論ではあるんだけどなー……どこにだって、どうしたって悪いヤツはいる。不幸な子どもも、子どもを食い物にしようとする大人もきっと、全てはなくせない。人間は愚かさを排除できない。けどさ……。

 ……それでも。たとえ理想論だとしたって、子どもだけは、守られるべきじゃないか」



 ……この期に及んでまだ、綺麗事ばかり並べてくる。



 彼は思わず目をすがめた。腹の奥に、なにか苦いものが込み上げてくる。


 じゃあ、試してやろうじゃないか、と思った。


 彼が小声で呪文を唱えると、その人の腰のナイフがするり、と鞘から抜け出した。

 彼の魔法はまだ未熟で上手くコントロールできないけれど、それでも、離れたものを持ちあげることくらいはできる。


 彼は魔法で浮かべたナイフを自分の頭上まで持っていき、そして――。



「って、おいぃ!?」


 

 彼の頭上にきらめくナイフに気づいたその人が慌てて叫ぶ。

 けれど、彼はためらいなく、魔法の力を消した。



 重い刃を下に向けたナイフが、彼めがけて真っ直ぐに落ちてくる。

 


 その人はためらわずに飛び出した。

 とっさに長い腕を伸ばして庇うように彼の身体を覆いながら、落ちてきたナイフを払い除ける。


 ナイフの刃先がかすめた袖が切れ、その人の肌に赤い血が滲むのが見えた。



「なにやってんだ、おいっ!?」



 その人が初めて怒声をあげる。

 その剣幕に気圧されつつも、彼はつとめて淡々と、口を開いた。


「……あなたが言ったんでしょう。どうすればぼくに信用して貰えるか、って。

 ……だから、試してみただけ」


「だからって、こんな危険なことしちゃダメだって!」



 その人はなおも声を荒げながら彼の肩を掴んだ。

 彼の身体を確認し、どこにも傷がないことを確認するなり、ホッとしたように手を離す。



「あー……でも、おれがヘンなこと言ったせいだよなー。悪かった……おれの想像が足りてなかった」


「謝る必要はないよ。ぼくが勝手にやったことだし。それより、怪我……」


「あー、こんなん、ぜんぜん大したことねーって」



 自分の傷を一瞥もせず、その人はあっけらかんと笑ってみせた。



「そもそも、さっき言ったろー? 必要があれば、べつに切っても良い、ってさ」



 その人の口調には、なんの迷いもなかった。

 なんの迷いもなく言い放ったあと、「けどさ」、と、少しだけ困り眉になる。



「……それはそれとして、あんまり無茶はさせんでくれよー。おれがいなくなったら、困る子どもがたくさんいるんだよー」


「……そうだね、ごめんなさい」



 彼が素直に謝ると、その人はすっと目を細めた。



「小僧氏はほんと、良い子だなー。……もちろん、子どもは良い子でなくても幸せになるべきだが」


「……あなたはそうとう、理屈っぽいですね」


「ははっ。言うねえ。まー、そこが、おれのチャームポイントってやつでね」


 そう言って、その人は彼に向かって片目をつぶってみせる。



 気づけば、彼はぎゅっと拳を握っていた



 ……この人はほんとうに、ぼくを助けてくれるつもりなのかもしれない。


 信用してもいいかもしれない、と、彼は少しだけそう、思った。



「――あなたを、信じてみます」


 彼が頷くと、その人はぱっと表情を輝かせた。

 嬉しそうに、というよりは、どこか安心したような顔で頷いてみせる。



「あなたについていきます。ええと……」



 その段になってようやく、彼は気づいた。

 そういえば、まだ、このひとの名前を聞いていない。



 彼が口ごもると、その人は「あー」、と、察したみたいに頷いた。



「おれのことは、『先生』、とでも、呼んでくれたまえ」



 そう言って、その人はにっこりと笑ってみせた。



「こう見えて、おれはピュイルリーこども園の園長先生なんだからなー」



* * *



 ――彼は、懐かしげに目を細めた。


 小箱の中の黄ばんだ包み紙を指先で慈しむように撫でると、その上に、先ほどの砂糖菓子の包み紙をそっと載せる。


 小箱の蓋を閉めると、彼はそれを、大事そうに革袋の底へと戻した。


 どこか遠くで、またフクロウが短く鳴いた。

 熾火が小さく爆ぜる音と、彼女のかすかな寝息を聞きながら、彼はふたたび目を閉じた。



 もう眠らなければ、と自分に言い聞かせる。


 なにせ、明日は、大きな仕事が控えているのだから――。


次話「魔王の祭壇にて 前編」、2/10(火)20:20更新


森の奥に待ち受けるものとは…!?

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