あと二ヶ月
「お嬢様、ご気分が優れませんか?」
春の陽気の中、剣の師匠グレイにそう話しかけられて私は現実に戻った。
「いえ、大丈夫です。続けましょう」
私はもう一度剣を構え直した。十数分にわたる攻防の上、私は師匠の剣を落とすことに成功した。
「お強くなられましたね。確かもう七年にもなりますか、お嬢様がこの家に来て」
「そうですね。あっという間に身長も伸びました。それとお嬢様と呼ぶのはやめてください。師匠なのですから私のことはちゃんと名前で呼んでください」
私は師匠に手を差し出しながら言った。師匠が私の手を掴み立ち上がる。
「いやです。私にとってお嬢様はお嬢様ですから」
もう何年もこういうやりとりをしている気がするよ。私たちは手合わせが終わったということで一度休憩をすることにした。
「ルリ、紅茶をお願いできるってもうできてるのね」
「もちろんです、リュシエンヌ様」
流石私の侍女だ。頼もうと思ったら、もうすでに紅茶は出てきた。私は紅茶を一口飲む。うん、とても美味しい。年々ルリの入れる紅茶が美味しくなっているのだけど、数年後にはどうなってしまうのだろうか。
「そういえば、お嬢様。先程は何を悩んでおられたのですか」
そう言いながら紅茶を飲む師匠はとても綺麗だった。女性であるにも関わらず、男性に負けをとらない剣の腕の持ち主。剣を振う姿は男女ともに魅了する。師匠は、剣を振っても綺麗だし、紅茶を飲むだけでも絵になるなんて。
「お嬢様?」
師匠に見惚れていれば、心配されてしまった。
「あ、ごめんなさい。少しぼーっとしていました。それで何の話でしたっけ」
そう聞けば少し心配そうな表情をされてしまった。
「今もそうですけれど、お嬢様が何を悩んでいられるのかが気になりまして。差し支えなければ教えていただきたいのですが」
別に悩みを隠しているわけではないし、師匠に話してみてもいいかな。それに、師匠に話せばスッキリできるかもだし。
「えっとですね。私は今14ですよね」
「えぇ、本当に立派になられました」
そうなのだ。私がここに来てからあっという間に七年という年月が経ってしまった。そして十五歳になる年でもあり、二ヶ月後、二ヶ月後に学園の入学が控えている。すなわち、ここを離れなければいけないということなのだ。
「もう来月には王都に戻らないといけないんです。あの家に帰りたくないんです……まぁ実際には学園の寮に入ってしまうので問題はないのですが」
学園には、家が王都から遠い貴族のための寮というものがある。少しばかりお金を払わなくてはいけないけれど、貴族にとってはささやかな額だ。時戻り前は学園から家が近かったこともあり、毎日公爵邸から通っていた。だけれど今回は誓いの内容のこともあるし、そもそもあの家で暮らしたくない。寮で三年間暮らしても私の貯蓄の三分の一にも満たないぐらいだし、公爵家に助けを求めなくても済むだろう。私の魔法を生かして冒険者業をしていて良かった。
「それに、ダリア様にダグラス様、それとこの子爵邸の方々と離れたくないのです」
「それには私も含まれているのでしょうか?」
「もちろんですよ。師匠はずっと私に剣を教えてくださった方なので」
離れたくない、実に子供じみた悩み事。そうだとわかっていたとしても、駄々を捏ねたくなってしまうのは、私がこの環境に慣れすぎてしまったからなのだろうか。公爵邸であれば絶対にそうはしなかっただろうし、そうすることを許されていなかっただろうな。
「離れたくないと言っていただけてとても嬉しいですよ……そうですねぇ。別にもう会えないというわけではないのですからいいと思うのですがお嬢様はそうはいかないのですよね」
師匠は時々私と違った考え方をする。今だって、そうだ。師匠は元は冒険者だったと聞いている。だから、多くの仲間と共に旅をしていただろうし、その中にいくつもの別れがあったはずだ。もう二度と会えなくなってしまった人だって。常に死と隣り合わせの冒険者が一つの別れを気にしている暇などないのだから。
「それでしたら何か贈り物をしてはいかがですか?」
「贈り物、ですかぁ。確かに今までずっと貰ってばかりでしたからいいかもしれません。ありがとうございます!」
そっか、贈り物か。どうしようかな。折角なら二人が身につけられるものがいいよね。あまり時間はないけれど、頑張って準備しよう!




