あるようで、ない選択肢
2020/05/26 誤字修正
検査の日々は、怒涛のように過ぎ去った。
まずは身体性能について。
筋力、柔軟性、瞬発力と持久力。あとは総合的な力として、走る、跳ぶ、持ち上げ投げるなどの動作。
そして武器を使った力。剣、槍、弓が必須検査項目。あとは希望があれば別の武器種も行う。
これについてはわかっていたが、すべて駄目だった。
というか、この世界の人間のスペックが高いのである。さすが肉体労働の多い時代、というべきか。
これは笑い話なのだが、組合で洗濯物を担当してくれているおばちゃんのほうが、俺よりよっぽど足腰が強い。あの量は俺には担げん。……と、試験担当の戦士が言っていた。俺も同意見だ。
結局、異能持ちでもない限り、この差はそうそう埋められるものでもない。訓練をすれば良くはなるだろうが、それには長い期間が必要だ。
先の戦士だって、数日洗濯を手伝えば、山盛りの洗濯かごを担げるだろう。ああいうのはコツもある。俺は……、何か月かかるだろうか。
次に知力や精神について。
これは読み書き計算という一般的なものの他、どちらかというと道徳的な設問や、意識を問うようなものも多かった。
魔法を学問として捉えた問題もあり、そちらはさすがにまったくわからない。
これはそこそこ回答できた。もちろんわからない部分は山ほどあったが、基礎的なものはとても簡単だった。
道徳問題も、本を読んだり、ソラやセワと話したりして知ったことも多かった。語学で寓話などを読んでいたこともあり、設問として出てくると、思わず笑ってしまった。
最後に、異能や魔法について。
異界の術については、実演というよりも聞き取りをベースとするらしい。そのため、ここでは異能のみの検査だ。
そしてどうやら魔法とは、魔術と法術を合わせた総称らしい。簡単なレクチャーを受けたあと、魔術と法術を行使する。
ちょっと楽しみだった魔法だが、案の定というか、あまり良い結果ではなかった。
この世界の『魔法』とは、魔力を糧に世界を改変する術、と言われている。
魔術は摂理を、法術は祈りを、と元となるものは違うらしい。だが、2つは同じような過程を経て行使する。そしてその時必要なのが『魔力』だ。
魔力は『願いを叶える力』で、空気中に漂っている。むかしむかし、神様たちが戦争したときの名残りだそうだ。それを吸って、自分のものとする。
大抵の訪問者はここでつまづく。そんなふうに体ができていないのだ。いわば空気における肺活量のようなものが少ない。そしてこれは、じっくり訓練する他ない。
無理に取り込むと魔力酔いにかかる。……なんと俺が初日、馬車に酔ったと思った理由の1つだ。大気中の魔力すら、来たばかりの訪問者には酔うほどの濃さがある。
とまあ、こんな具合なので、本当の初歩だけ。
魔術は火花を出して、法術は針で刺した指先の血を止めた。それでもちょっとくらくらした。
そして異能の方も、望まれたようなものはなかった。
過去に訪問者が所有していた実績があり、それを四方国のいずれかが有用と思ったもの。そういった異能に関してはリストアップされ、徹底的に調べられた。
それらが終わると、俺の一挙手一投足に至るまで、さまざまな点に確認を受けた。何がどう転ぶかわからないのだから、当然だとは思う。が……。正直、すごくうっとうしい。
そして、そこまでして"なかった"のである。
……見つからなかっただけ、とも言える。とある漫画では、ゴミを木に変える力、なんて力もあった。わかりにくい、見つからない能力もあるのだろう。
「と、言ってもな」
なぐさめが力になるのは心に対してだけだ。現実とは、得てして目の前にあるものである。
そして俺の場合、今のそれは、まさしく目前の検査結果なのであった。
身体、不可。知力、可。魔法、可。異能、空欄。
ちなみに評価は優・良・可・不可の4段階だ。笑えない。
身体は文句ない。これは無理だ。
知力も、まあこんなものだろう。一般的な生活に不自由はない、というレベルらしい。
魔法は、本当にギリギリで可、というところか。行使はできました、というだけだ。
異能の空欄は、ここは不可という選択肢がないからだ。一応、翻訳はあるから不可ではない。でも他にないから何とも書けない。よって空欄。
「この評価は、初体験だな……」
割とショックだが、小さい頃から実技系の種目は駄目な子であった。体育や、美術、あと音楽。
そう考えれば、ひどい結果というわけでも……、なくはないな。ひどい結果である。
検査結果が出たあとは、面談だ。
それぞれの国の担当者が、俺に面会の申し入れを試みたのだ。そして俺は、それにすべて応じた。
まず、期待できないパターンから。
西の天魔の国は完全に駄目だった。ただ、話を聞く限りこれは仕方ない。
どうやら、西方は比較的魔力濃度が高いらしく、それに伴い『魔獣』とかいう化け物がポンポン湧いて出る土地らしい。さっき言っていた神様たちの戦争の舞台、と聞けば、さもありなん。
そのため、身体性能か魔法、もしくは戦闘系の異能を欲しているのだ。
ヒョウが「西王は訪問者に興味が薄い」と言っていた意味がわかる。訪問者が戦士だったケースなんて、かなりレアなのだろう。
俺には力すらないが、力があっても気概がないパターンも多そうだ。
ま、門前払いですよね。俺も願い下げだ。死にたくはない。
次に駄目だったのが東方。
東の大樹の国、というらしいのだが、こちらは法術が使えないと足切りだ。おまじない程度ではお話にならない。逆にお祈りされてしまった。
一応、担当者には会った。会話をしてはみたが、ピンとくるものはなかったようだ。
別に、一般で就職するなら法術なしでも行けるそうだが、その選択は後である。
微妙だったのが南方だ。
南の砂漠の国、と呼ばれるそこは、世界最大の図書館『賢者の塔』を有する。魔法を除けば、学術の中枢として挙げられる国だ。そも、南王の異名として"賢王"という呼び名すらある。
翻訳の異能しか持っていない俺だが、この国ならば使い勝手も良いのではないか。就職先として、割と期待が持てるはずだった。
が。
どうやら北王が俺を欲しがっている、という情報をキャッチして、身を引く方針のようだ。まさかヒョウが匂わせてるのか? とも思ったが、そうではないらしい。
平たく言えば、諜報能力が高すぎたのである。南方は環境的にかなり厳しい土地らしく、交易に力を入れている。他国の動向などへの耳も早い。北王が交差点入りしている、と知って理由を調べたのだろう。
結果、今回は北方に優先権もあるし、争うほどではない。という判断をしたのである。
というわけで、就職先はほぼ決定した。
検査にひと月かかる、という話は、交渉や再検査も含まれた期間らしい。
交渉についてはさっくり終了し、再検査を要するような項目もなかった。異界の術についての聞き取りが少し残っているが、それも微々たるものだ。
つまり、月半ばを過ぎて、大きく残すは北方の面会のみ、という状況なのである。
組合には応接間がある。仕組み上、四方国の王や重鎮が集うこともあるためだ。北方以外の三国との面会もここで行った。
そして今、俺の目の前には北王……、ヒョウが座っている。後ろに控えているのはお供の女性だ。
「おはようございます。ヒョウ」
「おはよう」
一応、名前で呼ぶと、ヒョウは満足そうに微笑んだ。お供の女性が少し驚いたような顔をしたが、その感情はすぐに消えた。アルカイックスマイルというやつか。
「北王自らお越しいただき、ありがとうございます。確認されたいことがあれば……、」
「なあ、コトバよ」
「はい?」
「また、固いぞ。セワとはかなりくだけたやり取りをしているそうじゃないか。もっと親しくして良いのだよ?」
「えぇ……」
ぷっ、とお供の女性が吹き出した。「失礼しました」と言っているが、無理もないだろう。
どんな判断だ。もしかして、他の皆に対してもこういう対応なのだろうか。
いや、でもセワは北王、と呼んでいたし、親しげではあったが別に口調はくだけていなかった。お供の女性が吹き出したことも踏まえれば、特別待遇だろう。……嬉しいかどうかは別として。
「いや、ほら王様ですよ? しかも主君になるかもしれない方ですし……」
「ふむ。しかし……、君は素の姿を見ていたほうが、ぐっと伸びそうな気がするのだ。君が私を主君、というのなら、これは命令と受け取ってくれて良い」
「……」
一応、言ってはみたが、こう返されては仕方がない。さっきから言っている通り、あちらが上、こちらが下だ。飲み込めるものは飲み込むとしよう。
「わかった……。やってみるよ」
「うむ。大変よろしい」
ヒョウはうなずいて、再び満足げに微笑んだ。
再度確認してみたが、北方は俺を雇用する方針で変更はないそうだ。
心配していた検査結果への印象も、肝心のヒョウは、
「君が育ったら、この内容も改修せねばな。……まあ、どうやって判別したものか、今から頭が痛いんだが」
この調子である。まったくもってトントン拍子だ。気味が悪い。
「どうした、身の振り方が決まったというのに。北では不服かな?」
「いや、全然。具体的な仕事も決まってないし、不服も何もないよ」
具体的な仕事が決まっていないからこその不安、とも言えるのだが。それは言葉遊びだろう。本質はそこではない。
「ただ……、ヒョウは俺に、何を見ているんだろうって思っただけだ」
「ふむ。なるほどね」
この人には一体、何が見えているのだろうか。右目は眼帯で隠れているが、左目は見える。青い、きれいな瞳だ。
「検査結果を引きずっているのか、それとももっと以前からなのか……。まあ、良い。言っておくが、結果にがっかりしたのは君だけではないよ。私もだ」
そう言って、資料として提出した羊皮紙をつまみ上げる。ひらひらと揺らしながら、
「何がって、君を見つけられないこの検査にね。さっきも言っただろう? 今から改修に頭が痛いと」
そこまで言うと、つまんでいた指を離す。検査結果が机の上に落ちた。それに構いもせず、彼女は応接間を見渡す。
「これだけの施設を整え、これだけの人を集め、だが未だ完璧には程遠い。……もっとも、それは幻想かもしれないね。未知を解明するたびに、景色は開けて、新たな道が顔を出す。そこを歩けばまた次だ」
まるで詩人だな。でも言わんとしていることはわかる。
俺も、まあ、当てのない完璧を求め続ける仕事をしていた。だからその感覚はよく知っている。本当にキリがないんだよな、100%を目指すって。
「この国は……、この街はどうだった?」
「はい?」
「交差点だよ。良い街だろう? 組合をここに建てたのはね、ここが一番新鮮な国だったからだ。人が行き交う地だ、未知の余地がある。君にはすべて未知だろうが、この世界の者にも、まだまだ未知は存在する。それを互いに見ることができるはずだ、と思ってね」
……前々から感じていたことだが、ヒョウはかなり先進的な王だ。
ソラは「この世界を気に入ってもらえると、俺も嬉しい」と言っていた。多分それは、ヒョウの思想から影響を受けているのだろう。洗脳されているというわけではなく、そういう雰囲気になるよう組織をつくっている。
さまざまな人を集めながら、この街への、この世界への好意、という根を共有する。……多分、その力はとても大きい。
……というか、その点、彼女は王にふさわしくないのではなかろうか。王政という仕組みと相性が良くない。
王の権力が相対的にどんどん落ちるぞ、その流れ。うっかり組合が傘下から外れたらどうするのだろう。危なっかしすぎる。
そんなことを考える俺を前に、彼女は言葉を続ける。
「彼方の先に、君の求めているものがあるかもしれない。それを知っている、なんて言うつもりはないよ。私はそこまで万能ではない。……だが、君の目はそれを捉えるだろう」
「そんなもの、あるのかな」
「何、今は不安だ、と言うならついて来たまえ。新しい景色くらいは見せてやろう。……いずれ君は、しらずしらずのうちに私を追い抜くことになる。足を止められる性分ではないよ、君は」
「……」
なら、ついて行ってみようか。
ペテンにかけられている気もするが、まあ、悪くない。
「わかった。やってみるよ。よろしく、ヒョウ」
「よろしい。存分に奮いたまえ。期待しているよ、コトバ」
# おまじない
木属性・法術
対象におまじないをかける。近距離の対象の体力をわずかに回復し、裂傷状態を解消する。
生命の善意が生んだ、原始の法術のひとつ。
相手を思いやりいたわる気持ちが、魔力と共鳴し傷を癒やす。