ソドムの住人『嘘の受肉』
子ども時代のちょっとした嘘から人生が変わってしまうことってあるのではないでしょうか?
とある少年「私」はなんてことない事件から嘘つきの本性を自覚してしまうのであった。
『嘘の受肉』
あれは中学1年生の時であった。私は部活動に所属していなった。だからというわけでもないが苦楽を共有する仲間が少なかった。クラスには接触時間の長さに裏打ちされたいくつかのグループが形成されていた。野球部やサッカー部、バスケ部、ソフトテニス部は学年の中でも人数の多さと集団形成のしやすさからヒエラルキーの上部に君臨していた。その他ピアノをやるもの、外部のクラブに参加している器械体操や美術部、合唱部などはあぶれがちなポジションであった。例外なく私もそのポジションに所属していた。私の場合はもっと特殊で個人でスキーをやっていた。アルペンスキーなどのメジャー種目であればどれほど仲間がいたかと思うが、私は地方の、それも競技者人口がその町に3名しかいないいわゆる個人種目の競技をやっていた。つまり休み時間に隣のクラスに行けば仲間に出会えるというわけではない。授業が終われば帰宅部のように帰宅し、夏は体幹や筋力トレーニングをこなし、冬はスキー場に向かうのであった。
私は学校に拘束される時間以外、土日も含め他者と遊ぶという概念をすっかり忘れてしまっていた。交友関係で頑張る必要性が無くなったと肩の力を抜き、教室の中で気ままに1匹オオカミとして身を潜めていた。
クラスメイトの1人に村田トムという男子がいた。彼は名前から察せるように外国人のハーフで、学年で唯一淡い栗色の頭髪を生来許されたオオカミの1匹であった。私の中学校の出身構成は私の卒業した小学校と隣の小学校だけである。村田君のように町はずれの小学校から来た人間は彼だけだった。ゆえに彼は不安に感じていたのだろう。私に近づいてきた。私は来るもの拒まずの態度で彼と話していたが、彼からすると初めての中学の友人に歓喜している様だった。彼は私と話す時、下の名前に「さん」を付けてくる。これは彼なりの私に対する敬意と遠慮であった。彼にはおそらく自覚している癖があった。とにかく自分の趣味嗜好を話しつづけるのである。彼は休み時間になると私の机まで飛んできて「テレビで特集を組んでいた飛行機パイロットの話」や「ソプラノ歌手の発声がいかに艶やかで美しいか」「航空無線を聞くために英語を熱心に勉強している」だとかそんな話をしていた。私にとっては大した苦痛ではなかった。
大概の女子は自分の話を聞いてほしいものであり、蜂の巣になることを許せば話題をとっかえひっかえしながら延々と何ら面白みのない話を展開するのである。これは後に気づくことであるが女子が女性になった時、彼女らは場の空気を感じ取りながら自分の話を織り交ぜる慎ましさを学ぶのである。要するに村田君は女子の精神性とオタク基質が融合したような、私の耳を彼のそばに置いておけば勝手に話を続けるラジオなのであった。
私にとっては人間関係に対して受動的な立場を守っていられるメリットの方が大きいように思われた。しかし、彼は一線を踏み越えてしまった。男子ではありがちなことではあるが、彼は学校に関係のないものを持ってきてしまう。彼は男子トイレの個室にリュックを持って呼び、宝物を見せるような純粋なまなざしで無線機を取り出した。昭和の武骨で大きい携帯電話の様なそれを大事に抱えながら私にダイヤルを触らせた。この時点で私たちは秘密を抱えた共犯者になってしまった。この進展は私にとって心躍るようなものでない。秘密を守らせるための嘘をまた私につかせるのかという具合であった。クラスのチクリ魔だった加藤がその秘密に気づいた。個室から2人で出てきたところに鉢合わせた加藤は持ち前の嗅覚の鋭さを発揮しながら私たちに迫る。
「2人で個室に入って何イケナイことしてるんですかね」
「お前には関係ないだろ」
「先生に言うよ?」
私は彼の持ち込みに対して不思議なほど量刑を軽く見積もっていた。たまたまリュックに入れて来てしまったとか、平謝りで済むくらいの軽微なものと考えていた。しかし村田君はその罪を重く受け止めている様であった。
「内緒だよ、無線機を持ってきたんだ」
悪手である。村田君は加藤を秘密の共有者として抱き込もうとしたのである。秘密の共有という言葉が当人にとって甘美な響きになるには当然親しい仲であるという条件が必要条件であるのに!
加藤は「特ダネ」を発見した記者の様に意気揚々と教室へ戻った。
放課後、私と村田君は呼び出された。
「なんでこんなものを持ってきたんだ。」
「すみません。」「すみませんでした。」
担任は異様に大きいオーラを発しており、その空気に私もすっかり呑まれてしまった。
「これは先生が預かっておく。親御さんにも連絡をいれて説明しなければならない。」
今考えると担任という職業は生徒をどうすれば御せるのか常に考えているのだろう。村田君は母子家庭であった。私も親にはいい顔をして優秀なフリをしたいと思っている。しかしその言葉の重みは私以上に彼に響いた。
「僕が悪いんです。僕が勝手に持ってきて見せたんです。」
彼はすべてを白状した。同時に私はここまで大ごとになるとは思っておらず俯いたままだった。
担任は先に村田君を家に帰し、私と担任のマンツーマン指導が始まった。
罪を唆した悪魔がいるならば、お前はなぜその悪魔から彼を救わなかったのか。
共犯者の清算はこの点に集約される。私は垂れ落ちる雫を膝に落としながら次のようなことを考えていた。
「そんなに悪いことだとは思わなかった。」
白状するするには一定の勇気が必要である。悪魔が嘘をつけと囁くのだ。それを振り払う勇気である。白状した先に待ち構えているのは「校則を何だと思っているのだ!」から始まる長い説教と、今まで人畜無害だった生徒像の崩壊である。担任の無言の圧力で私は大いに悩み、脳みそは煮え立っていた。沸騰した脳脊髄液が目から大量に流れているような気がした。私はもはや何も考えられずに、白紙のまま言葉を発した。
「先生に言ってしまえば、友達が終わってしまうと思ったんです。」
担任はハッとした表情で私の顔を覗き込んだ。
「そうか、わかった。もう帰っていいよ。」
突然の釈放にしばらく何が起きたのかわからなかった。いったい私の何が清算されたというのか。ただただ不思議だった。ジャージにしみついた鼻水の跡を爪で剥がしながらとぼとぼ帰った。家まで続く一本道の光景を見て気持ちを落ち着かせることが出来た。と同時に私は内面に巣食う詐欺師の存在に気づいた。
「私は友達のために秘密を守る哀れな生徒を演じていたのか。」
中学に上がってからも友達というものを知らない私は友達の定義を考えるくらいにはこじらせていた。そんな私が友達と言う言葉を使って、守りたい関係のために、彼と仲良くあり続けたいために、私は黙って共犯者であることを選んだ!という健気で義理堅い生徒であるように演出し、担任を騙したのだ。
私はそこまで気づくと口角が上がっていることに気が付いた。我ながら天才であるように感じた。私の一言で大人を騙せてしまった。この瞬間、私の体に嘘が受肉した。
なんかよくわからないけどその場を上手く乗り切ってしまう経験ってありますよね!その偶然性を過大評価して必然性へと認知を歪めてしまうのは子どもの浅はかな欲望でしょう。
そんな些細なことで一喜一憂してしまうこともまた人生かもしれないですね。




