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リアル・ログイン -やり込んだゲームに本当に入ったら、気づけば家族が増えていたアラフォー社畜-  作者: ひろボ


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第36話:装備と価値

 アウトポストの中央部に位置する素材買取所は、いつ訪れても血と砂にまみれた探索者たちの殺気と熱気、そして一獲千金を夢見る者たちの荒々しい息遣いで満ちていた。


 天井から下がる無骨な白熱灯の下、カウンターの奥で鑑定士の男が、持ち込まれた無数の依頼品を機械的な手つきで次々と仕分けていく。その退屈そうな作業は、一つの巨大な荷物が無造作に放り出された瞬間、ピタリと止まった。


「……おい、これ……」


 鑑定士の男が目を剥き、手元の金属製ルーペを取り落としそうになりながら、カウンターの向こう側へと上半身を乗り出す。そこに転がっていたのは、常軌を逸した大きさの筋肉組織の塊と、青白く光沢を放つ分厚い外殻、そして異様なまでの密度を感じさせる硬質な牙だった。


 鑑定士が震える指でその表面に触れ、すぐに引っ込める。甲殻の異常な硬度、牙の純度、強靭な筋繊維の弾力、そして内臓から採取された特殊な体液に至るまで、信じられないほどの高次元で保存されていた。


「本物の……サンドワームだぞ。しかも、体表に致命的な外傷はなく、素材の劣化が微塵も見られない。……こんな完全な状態で持ち込まれた代物なんて、このアウトポストができて以来、何年ぶりだ……!」


 その叫び声に近い呟きに、買取所の空気が一瞬にして凍りついた。

 周囲のカウンターで他の査定を待っていた百戦錬磨のベテラン探索者たちが、一斉に振り返る。そこに立っていたのは、見慣れない軽装の男――浩之と、その隣で静かに佇むシェラだった。誰もが、目の前の信じられない光景と、それを持ち込んだ者たちの実力を測りかねて息を呑んだ。


 ざわめきが波紋のように広がる中、奥の個室から上位権限を持つ買取所の責任者が、慌てた様子で飛び出してきた。現物を一目見るなり、責任者は額の汗を拭うことも忘れ、即座に叫ぶように決裁を下す。


「買い取る! いや、買い取らせてくれ! これは通常の査定枠を超えている。並の探索者なら半年、いや、一年は遊んで暮らせる桁外れの査定額だ!」


 莫大な査定額が、その場で瞬く間に確定した。


 周囲の探索者たちが羨望と畏怖の入り混じった視線を向ける中、浩之は動じることなく、ただ静かに懐から小さなガラス瓶を数本取り出した。


「……それと、もう一つ。こちらの価値もついでに確認しておきたい」


 浩之がカウンターの上に並べたのは、空間収納から取り出した五本のポーションだった。

 鑑定士は怪訝そうな顔でそれを手に取る。


「……なんだこれ? 薬品の匂いもしないし、そこらの草を煮詰めただけの粗悪な回復液か? いや、変だな……成分分析機にかけると、妙な細胞活性の反応が出るが……データに合致しないぞ」


 この世界の傷薬は、探索者が自生する特殊な植物から適当に抽出して作る代物であり、どれも効果は微々たるものだった。目の前にある透明な液体は、それとは少し違う。かといって旧文明のハイテク医療品でもなさそうだ。鑑定士が首を傾げていると、浩之はふと視線を向けた。


「怪我人はいないか?」


「あ?」


「そこで腕を押さえている人がいるな」


 浩之は買取所の隅で応急処置を受けている探索者へ視線を向ける。


「これを使ってみてくれ。効果を証明する」


「……なんだよそれ。怪しい薬じゃねえだろうな」


「効かなければ代金はいらない」


 浩之は迷うことなくそちらへ近づき、瓶の蓋を開けてその男に差し出す。探索者は半信半疑のまま瓶を受け取り、一気に飲み干した。


 次の瞬間――。


「っ……!?」


 彼の肉体がビクリと跳ねた。裂けて血が滲んでいた腕の傷口が、目に見えるほどのスピードで塞がり、痛みが嘘のように消え去っていく。


「なっ……!」


「傷が……!」


「メディインジェクターに匹敵するぞ……!」


 本人だけでなく、周囲にいた職員たちも目を見開いた。鑑定士と責任者は青い顔をし、目の前で起きた異常な現象と、残された瓶を交互に凝視した。


 オーパーツ級の超高級消耗品として、そのポーションには、サンドワーム素材とは別格の価値が付けられることになった。


 しかし、周囲がその莫大な富の扱いにどよめくなか、浩之の思考は現実的だった。


(価格より情報の方が危険だ。大量に流せば必ず供給元を探られる)


 余計な詮索を避けるためにも、売るのは最低限の数にしておくのが無難だった。


「売るのは五本だけでいいよ。市場への影響もあるし、こっちの予備も残しておきたいからな」


 責任者は、これだけの富を目の前にして妙に落ち着いている浩之を見て、「変な奴だな」といった顔で首を傾げた。


「……たったの、五本、ですか。もっと持ち込めば、この街の商会の勢力図すら塗り替えられるほどの……」


「予備は自分でも持ってるから、これ以上はいい」


 横でそのやり取りを聞いていたシェラは、呆れたように小さく息を吐き、しかしどこか複雑な表情で首を振った。

 ――この男は本当になんというか、変なところで冷静だ。大金が手に入ったというのに、必要な分だけ換金したら、あとは一切執着しない。


 サンドワーム討伐という実績と、謎の回復薬の提示。それだけの稼ぎを目の前にして、買取所の責任者は額の汗を拭いながら、困ったような、しかし少し企むような笑みを浮かべた。


「正直に言う。この額を現金だけで払えば、今日の買取業務が止まる。だから提案なんだが……現金の代わりに、うちが裏で押さえている『非公開の在庫』を代わりの品として回すってのはどうだ?」


「非公開の在庫?」


「ああ。一般の探索者じゃコネがなければ絶対に手に入らない、旧文明の遺産の強力な武装さ。現金よりそっちの方が、これからの荒野じゃ絶対に役に立つはずだ」


 案内された地下の厳重なセキュリティに守られた保管庫は、ひんやりとした冷気とオイルの匂いに包まれていた。そこに並んでいたのは、ベテランでも滅多にお目にかかれない、旧文明の遺産である強力な武装の数々だった。

 軽量レールガン、高出力パルスライフル、対クリーチャー用ショックキャノン――。


 シェラは、並んだ銃器のスペックを一目見るなり、思わず息を呑んで後ろに下がった。


「ちょっと待って、これ、上級のベテラン探索者でもコネがなければ絶対に触れないような特級装備じゃないか……!」


 無言の緊張感が漂う空間のなか、浩之の指がピタリと止まったのは、無骨で重厚な銃身を持つ「対クリーチャー用ショックキャノン」だった。


「これにするよ」


 重みを確認するように、浩之は銃身を軽く持ち上げてみせる。シェラは目を丸くして、その選択に疑問を呈すように一歩近づいた。


「単発の破壊力なら、隣のパルスライフルの方が遥かに上だよ? なんでそっちの、動きを止めるための重いキャノンなんだい?」


「これは弾丸の代わりに、超高圧の電磁ショックを指向性ビームとして撃ち出す。生物なら神経系を強制的にショートさせて全身をマヒさせられるし、旧文明の機械相手なら電子回路を直接ハングアップさせられる」


 淡々と性能を告げながら、浩之は安全装置の感触を確かめる。シェラはなるほどと小さく頷いた。


「……ってことは、物理的に穴を空けて倒すんじゃなくて、相手の動きを無理やり止めに行くための特化型ってこと?」


「第4プラントの内部は、構造的に何が飛び出してくるか分からない。それに、未知の巨大生命体と遭遇したとき、一番危険なのは『倒し損ねること』だ。撃破するより先に、まず『確実に足を止める、動きを縛る』手段がなければ、こちらの被害が跳ね上がる」


 尤もだと言いたげに、シェラは小さく息を吐く。


「普通の探索者は火力ばかり欲しがる。動きを止めるためだけに貴重な一枠を使う奴なんて初めて見たよ」


「敵は動くから厄介なんだ。止まれば倒す方法はいくらでもある」


 肩をすくめる浩之を見て、シェラはそれ以上ツッコミを入れるのをやめた。この男の現実的な思考回路の前では、どんな反論も意味がないことを彼女はすでに理解していた。


「……ちなみに、これだけの旧文明の遺産があるなら、『空キューブ』の在庫はないか?」


 浩之の問いかけに、責任者は「空キューブか……あれは高値で取引されるが……」と少し思案顔になり、奥から小さな金属製の立方体をいくつか取り出した。各面の幾何学的なラインが青く淡い光を放っている。


「今ここに回せるのは、状態の良い奴が三つだけだ。CUBE-Iが二つに、CUBE-IIが一応一つある。上のCUBE-IIIはうちの重要な戦略物資が詰まっているから、どんな積荷を積まれても売るわけにはいかないがね」


 提示されたのは、拳銃やバイク程度の収納に特化した希少な空間圧縮ストレージだった。浩之は迷うことなく、その滅多に入手できない限定された在庫のすべてを引き取ることに決めた。


「それも全部もらうよ」


 武装とキューブの目処が立ったところで、次に向かったのはアウトポストの外れにある車両整備所だった。

 徒歩や生身での過酷な砂漠移動には、どうしても限界がある。第4プラント跡地という遠隔地へ安全に到達するためには、相応の機動力が必要不可欠だった。


 広い敷地に無造作に並ぶ中古車両のなかで、浩之の目は一台の無骨なバギーで止まった。旧文明製の頑丈なフレームをベースにし、外装こそあちこちが錆びて傷だらけだが、心臓部であるエンジンはまだ力強い鼓動を宿している。


 シェラがすかさずボンネットを跳ね上げ、内部の配線や機関部を覗き込み、そして低い口笛を吹いた。


「へえ……これ、骨組みは完全に旧文明製の超硬合金だ。外見はポンコツだけど、砂漠の過酷な環境を走破するためには、むしろこういう余計な電子制御がないシンプルな方が壊れなくていい。……きちんと整備し直せば、プラント跡まで余裕で届くよ」


 浩之はそのバギーの購入を即決すると、整備所の責任者である老練のメカニックを呼び寄せた。


「この車両のオーバーホールを頼みたい」


「へえ、このボロを引っ張り出すとはね。まあ、こういう旧文明の頑固な代物をいじるのは嫌いじゃないが……」


 作業着の男は代用タバコをくわえたまま苦笑いしつつも、手際よくボルトを締め直し、目詰まりしたエアフィルターを新品に交換し、エンジンの調子を確認するための燃料噴射系の調整を繰り返していく。さすがは専門の職人といった手際で、半日がかりの泥臭い作業を終える頃には、そのバギーは砂漠を走破するための実用車両として見違えるほどの変貌を遂げていた。


「これなら……プラント跡まで、どんな悪路でも走れるよ!」


 シェラの瞳に、過酷な荒野を生き抜くための確かな自信と、希望の色が灯っていた。


 すべての買い出しと整備を終え、アウトポストの専用パドック。

 荷台には予備バッテリーと探索用スキャナー、交換用フィルター、工具箱、数日分の非常食と飲料水が隙間なく固定されている。その脇には新たに入手した空キューブが並び、ショックキャノンはすぐ手が届く位置へ固定されていた。


「……よし」


 一獲千金を狙って無茶な装備で挑む者が多いこの荒野で、ここまで手堅くリスクを潰していく浩之のやり方を目の当たりにし、シェラはただ感心するしかなかった。


 出発を翌日に控え、静まり返った夜のパドック。

 整備されたバギーの無骨なボディの前に立ち、砂漠の乾いた夜風に吹かれながら、シェラはぽつりと胸の内を吐き出した。


「……本当に、行くんだね。第4プラント跡地へ」


「ああ」


「昔から、あそこに入った探索者は誰一人としてまともに帰ってこなかった。生きて戻ったとしても、みんな頭がおかしくなるか、別の何かに変異して……」


「だから、こうして準備してきたんだ」


「……怖いって、思わないのかい?」


 シェラが少しだけ声を震わせ、真剣な眼差しで浩之を見上げる。

 浩之は肩をすくめ、率直に息を吐き出した。


「そりゃ怖いし、行きたくないさ。だから、やれるだけの準備はしたつもりだけどな」


「……危険の大きさをちゃんと分かってるから、ビビって何もしないんじゃなくて、勝てるだけの確率を自らの手で積み上げるってことかい?」


「まあ、そんなところだ」


 シェラはその答えを聞いて、ふっと肩の力を抜いた。気負った様子がないその返答に、どこか現実味があって、かえって妙な安心感を覚える。彼女はバギーの冷たい鉄板にそっと手を置く。


「あんたは本当に、他の奴らとはちょっと頭の作りが違ってるよ。でも――」


 彼女は顔を上げ、夜の闇の向こうに広がる果てしない荒野へと目を向けた。その視線の先には、未知の脅威と、自分自身の過去や未来が眠っている。


「――ヒロユキと一緒なら、私、この荒野の先にある本当の景色が見られるような気がするんだ」


 浩之は彼女の言葉を大げさに受け止めることもせず、ただ静かに頷いた。


「準備は終わった。あとは、生きて帰るだけだ」


 翌朝。

 乾いた荒野の地平線から昇る朝日を背にして、バギーのエンジンが地を揺るがすような重低音を響かせた。

 砂煙を盛大に巻き上げながら、二人はかつて誰も生還しなかった「第4プラント跡地」へ向けて、力強く走り出したのだった。

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