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リアル・ログイン -やり込んだゲームに本当に入ったら、気づけば家族が増えていたアラフォー社畜-  作者: ひろボ


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第34話:アポカリプス・リユイン

 光が収まる。

 目を開けた瞬間、鼻を突いたのは乾いた砂埃と、金属が腐食したような臭いだった。

 見渡す限り広がる荒野。

 崩れた高層建築物の残骸。

 地面に半分埋まった旧文明の機械。


 遠くには、かつて都市だった場所の成れの果てが黒い影となって残っている。

 ここは――。

 『アポカリプス・リユイン』。

 かつて俺が何百時間も遊んだゲームの世界だ。


 超科学文明によって発展した人類は、遺伝子操作、人工知能、ナノテクノロジー、あらゆる技術を手に入れた。

 だが、その繁栄は永遠には続かなかった。

 原因不明の大災害。

 文明は崩壊し、人類が残した技術だけが荒野に取り残された。


 そして現在。

 この世界には、人間以外の危険な存在が徘徊している。

 生物兵器の成れの果て。

 暴走した機械。

 旧文明の実験によって生み出された異形。

 人々はそれらを総称して――クリーチャーと呼んでいた。


 生き残った人間たちは、旧文明の遺跡を探索する。

 理由は単純だ。

 そこには、今では失われた技術や資源が眠っているからだ。


 浩之は荒れた大地に膝をつき、身に纏う防塵ジャケットの合わせを整えながら、周囲の気配に目を光らせる。

 この世界にやってきた目的は明確だ。

 セリアの身体を蝕む病気を治療するための生体技術を探すこと。


 ゲーム内でも、俺は何度も遺跡へ潜った。

 特に印象に残っているのは、各地に点在する巨大プラント施設だ。


 旧文明時代の生産設備。

 兵器プラント。

 防衛システム。

 研究施設。

 シナリオ上、何度も訪れることになる場所だった。


 ただし――。

 俺が探していたものは、戦うための技術ではない。


 この世界のゲームでは、食料プラントや医療プラントという施設名だけは存在していた。

 だが、実際に内部が描かれることはなかった。


 ゲームでは背景設定の一つ。

 プレイヤーにとっては、ただの名前だった場所。


 しかし、今の俺にとっては違う。

 もし旧文明が、現代地球を遥かに超えた生体技術を持っていたなら。

 もし、この世界に存在する医療プラントが本当に稼働しているなら。

 セリアを救うための手掛かりが残っている可能性がある。


「行く価値はあるな」


 浩之は荒野の先を見据え、乾いた大地を踏みしめた。


「ゲームでは意味のなかった場所が、現実では答えになるかもしれない」


 その時、乾いた風の向こうで唐突に金属がひしゃげるような破壊音が響いた。


「――っ」


 反射的に身を低くする。

 砂塵の向こうから、荒々しいエンジン音と、それをかき消すような悲鳴が聞こえてきた。


「いや、来るな――っ!」


 視界の端、黄砂のカーテンを切り裂くようにして一台のバギーが飛び出してきた。

 タイヤを白煙らせてドリフトしながら逃走するが、その背後を追う巨体が大地を揺るがす。


 砂煙の向こうから現れた巨大な影を見た瞬間、浩之は理解した。

 サンド・ワーム。


 ゲーム内では序盤から遭遇する大型クリーチャー。

 装備が整っていれば脅威ではない。

 だが――。


 目の前で逃げ惑う人間にとって、それは違う。

 十数メートルを超える巨体。

 装甲化した外殻。

 地面の下を高速で移動し、獲物を襲う捕食者。


 画面越しに何度も倒した存在が、今は現実の生物として目の前にいる。


 その牙から漂う腐臭。

 大地を揺らす振動。

 恐怖で動けなくなる人間。


 ゲームでは、ただの敵アイコンだった。

 しかし現実では――命を奪う怪物だ。


 バギーに乗った女性が必死にハンドルを切るが、荒れた地表の起伏に足を取られた。

 ガキン、と悪質な金属音が響く。

 車体が完全に横転し、放り出された女性が砂塵を巻き上げて地面を転がった。


「きゃああっ……!」


 血にまみれた腕を押さえ、女性が絶望的な表情で身を縮こまらせる。

 巨大なワームの頭部が鎌首をもたげ、開かれた口から無数の牙が露出した。

 逃げ場のない人間めがけて、丸ごとの巨体が容赦なく振り下ろされる。


 弱点は知っている。

 サンド・ワームの外殻は正面からの攻撃には強い。

 だが、頭部下側の節間部分だけは防御構造が薄い。

 ゲームで何百回も見た攻略情報。

 ただし、これはもうゲームではない。

 失敗すれば、人間が死ぬ。


「……なら、外す理由はない」


 浩之は踏み込む。

 一歩。

 二歩。

 ワームがこちらへ気づき、巨体を振り向ける。


 その瞬間、インベントリから空間収納を介して引き抜いた可変型バスターウェポンを変形させる。

 最短距離。

 最小動作。

 最大効率。

 刃が節間へ突き刺さる。

 圧縮エネルギーを帯びた先端が、硬質な外殻の隙間を的確にこじ開けた。


 絶叫すら上げる間もなく、ワームの巨体が痙攣し、砂塵の舞う大地へと崩れ落ちる。


 静寂が戻った荒野で、浩之は武器を収め、転がっている女性へと歩み寄った。

 血にまみれた衣服の人間が、震える目で浩之を見上げる。

 その視線は、助けられた安堵というよりも、目の前で起きた異常な事象に対する恐怖に満ちていた。


「……な、に……?」


 女性の唇がかすかに震える。


「あんた……旧文明の、強化兵……?」


「いや」


 浩之は短く答え、落ちていた荷物を拾い上げる。


「通りすがりの探索者だ」


 見慣れない戦闘服を纏い、一瞬で巨大な脅威を排除した異質な存在を前に、女性は言葉を失ったまま、ただ荒野の砂に手を突いていた。

 砂煙が収まり、崩れ落ちたワームの脇で、女性が砂まみれの体を起こした。


 荒れた息を整えながら、彼女は恐る恐る浩之を見上げる。


「助けてくれて、ありがとう……。私、シェラ。一応、これでも探索者やってる」


 浩之は短く息を吐いた。


「俺は浩之だ。このあたりの事情には疎いが、古い遺跡を探している」


 シェラはひっくり返ったバギーの残骸を横目に、先ほどまでの恐怖とは違う色の感情を瞳に浮かべた。


「それより、あんた何者だよ……。あのサンド・ワームを一撃で、しかもそんな軽装で……」


 彼女の追及を適当にいなしつつ、浩之の視線は足元の巨大な死体に向けられる。

 頭の中で、ゲーム時代の記憶と目の前の現実がリンクした。


 ――サンド・ワームの甲殻や牙は、ギルドの窓口に持ち込めば結構な額のクレジットになるはずだ。


 クレジット。この世界における通貨単位。

 ゲームであれば素材ウィンドウから即座に回収できたが、目の前のそれは生々しい肉塊であり、素手で触るだけでも億劫だった。


 それに、ゲームの設定上、クリーチャーの生体組織は人間の代謝系にとって劇薬、あるいは毒に等しい。


(インベントリに入れるか……いや、この大きさじゃ無理か。解体すれば収納できるかもしれない)


 容量制限のある空間収納に、十数メートルの巨体をそのまま収めるのは不可能。

 細切れに解体すればいけるか、と浩之が思考を巡らせていると、シェラが痛む腕を押さえながら立ち上がった。


「命拾いしたし、何かお礼をしたいんだけど……。あんた、ハンター端末持ってないの?」


「あいにく、持ち合わせがない」


「落としたの? まあ、この荒野じゃよくあるか。だったら、近くの街まで行ってハンター登録し直さないと端末も支給されないよ」


 文明が崩壊したポストアポカリプスでありながら、電子マネーやネットワークの端末管理機能だけはインフラとして生き残っているらしい。

 不合理なようで、旧時代の管理システムの名残としては辻褄が合う。


「じゃあ、これで勘弁して」


 シェラは手元のバッグから、無機質なパッケージに包まったブロック状の物質を取り出した。

 それを浩之へと差し出す。


「お世辞にも美味いとは言えないけど、これでも今日は運が良かったんだよ。食料プラントの配給もカツカツでさ、腹の足しにしてよ」


 受け取ったパッケージを眺める。

 ゲームでは「HPを少し回復する消耗品」としか表示されなかった、プラント合成レーション。

 画面越しではただのアイテムだったものが、今は一人の命を支える貴重な食料として手の中にある。


 包みを開けて口に運んでみる。

 ぼそぼそとした食感と、最低限の塩気。味気ないことこの上ないが、栄養価のバランスだけは完璧に調整されているらしい。


 ゲームの主人公は、こんな味気ないものを毎日のように胃に放り込んでいたのか。

 もっとも、この荒野の過酷な環境下において、カロリーを確実に摂取できる代物は命綱そのものなのだろうが。


「……助かる。この世界で食料を分け与える行為の重みは分かるつもりだ」


 浩之が礼を述べると、シェラは少し気まずそうに肩をすくめた。

 それを見た浩之は、インベントリの空間に意識を向け、探索用に買い込んでいた別の品を取り出した。


 手元に現れたのは、包みを開けた瞬間に熱を帯びた空気を放つ塊。

 ホーンラビットの肉を香ばしく焼き上げた串焼きだ。


「これ……」


 シェラの目が皿のように見開かれた。

 立ち込めるスパイスと肉汁の匂いに、彼女の喉が小さく鳴る。


「肉……? 合成レーションじゃなくて、本物の肉……?」


「そうだ」


「ウソでしょ……。缶詰だって滅多にお目にかからない幻の高級品なのに、本物の肉の串焼きだなんて……。これ、本当に私が食べていいの?」


 信じられないものを見るような目で、シェラは差し出された串を凝視したまま動かなくなった。


 シェラは震える手で串を受け取り、恐る恐る口元へと運んだ。

 香ばしく焼かれた肉を一口噛み締めた瞬間、彼女の動きがピタリと止まる。


「……っ!」


 閉じられた瞳の端から、思わず一筋の涙がこぼれ落ちた。


 合成レーションの味気なさに慣り切った舌にとって、本物の肉汁とスパイスの刺激はあまりにも強烈だった。


「おいし……なにこれ、脂が、旨味が……! 嘘でしょ、こんなの食べたことない……!」


 夢中になって肉を平らげ、串に残った最後の一片まで名残惜しそうに口に放り込むと、シェラは荒かった息をようやく落ち着かせた。


 わずかに赤みを帯びた顔で、彼女は浩之をまっすぐに見据える。


「……ごちそうさまでした。命を救ってもらった上に、こんな贅沢までさせてもらって……改めてよろしく、ヒロユキ」


「ああ」


 浩之は短く頷き、本題へと意識を切り替えた。


「先ほどの話の続きだが。この辺りで、古い遺跡、とりわけ旧文明の医療や生体研究に関わる施設に心当たりはないか」


 シェラは空になった串を見つめたまま、小首をかしげた。

 探索者としての記憶をたぐり寄せ、彼女はぽつりと言葉を紡ぐ。


「医療や生体研究……? 専門的なことは分からないけど。この荒野を一日北に進んだところにある『第4プラント跡』なら聞いたことがあるよ」


「第4プラント跡」


 浩之の脳裏で、ゲーム時代の記憶が鋭く反応する。

 第4プラント。ゲーム内での設定上、ここは純粋な兵器製造プラントだったはずだ。

 だが、現実の旧文明の施設であれば、主要な区画の裏に未公開の地下区画や医療施設が併設されていてもおかしくない。


 他に確実な手がかりがない現状、行ってみる価値はある。


「そこは、どういう状態だ」


「どうって……旧時代の工業用施設だったって古いデータに残ってるけど、今は完全に立ち入り禁止の危険地帯だよ。自動防衛システムは生きてるし、変異した厄介なクリーチャーが巣くってるって噂だしさ」


 シェラは自分の横転したバギーの残骸をちらりと見て、苦笑交じりに肩をすくめた。


「おまけに私の足もこの通りだ。あそこに行くにしても、まともな移動手段がないと途中で野垂れ死ぬのがオチだよ」


「そういえば、あんた。ワームの素材はいいの?」


 シェラが横たわる巨大なワームの死体を指さして尋ねた。


「外殻や牙は結構な値打ちものだよ。もったいないじゃないか」


「……そう……だな」


 浩之は眉をひそめ、横たわる巨大な死体を見据えた。


(触りたくはないが、捨てるには惜しいな)


 シェラは腰のポーチから拳ほどの透明な立方体を取り出した。


「見てて」


 キューブの表面に青白い光が走る。

 シェラがワームの死体から手際よく剥ぎ取った牙や外殻が、光の粒子となって立方体へ吸い込まれていく。


「私のはCUBE-IIだから、バイクくらいまでしか入らないけどね……探索者の必需品だよ」


 キューブストレージ。

 物質を分子レベルで圧縮し、立方体に収納する旧文明の超技術。


 この世界の人間であれば、あらゆる重武装や多脚戦車を小型の立方体に収めて携帯するのが常識だった。

 ゲームの主人公も、愛用の兵器をすべてキューブで持ち歩いていたはずだ。


 だが、浩之が使っているのは別ゲームシステムの『インベントリ(空間収納)』であり、物質を物理的な立方体へ変換しているわけではない。


(――キューブ無しの収納なんて見せたら面倒なことになるか。説明できるわけないだろ、これはゲームシステムなのだからな)


「え……ちょっと待って。そういえば、さっき串焼きを出した時……あんた、キューブ使ってなかったよね?」


「そんな小型のオーパーツなんて聞いたことないよ……」


 信じられないものを見るような目を向けられたが、浩之は適当に相槌を打ってごまかした。


「俺一人なら移動手段は何とかなる。まずは、シェラの言う街まで行ってハンター登録を済ませるべきだな」


「おっ、頼もしいね。じゃあ、街への道案内は私に任せてよ」


 荒野の風が吹き抜け、錆びた鉄骨の残骸を揺らす。

 セリアを救うための答えを探すため、二人は街を目指して歩き出した。

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