悪童の更生プラン
「何なんだ! 偉そうに!」
トモオが魔法の詠唱を始めた。どうやら、私たちの記憶を改変しようとしているらしい。
私はすかさず火魔法を使って、彼の髪の先にちょん、と火をつけた。本当に、小さな火だよ。ちりちり、と髪が焼ける音が耳に心地悪く響く。
トモオは顔を歪ませ、痛みに耐えながらも詠唱を続ける。
……まずい、怪我させちゃう前に止めないと。
「どばぁん、どばぁん!」
今度は水魔法。頭の上から容赦なく水を浴びせる。これはかなり大きめの水量。屋敷中が水びたしになったけど、まあ、火事よりはマシでしょ?
「ぐあっ、はっ、はぁ……!」
口や鼻に水が入ったのか、トモオはむせながら詠唱を中断した。
でも、またすぐに私を睨みつけて、呪文の続きを唱え始める。
「なかなか根性あるじゃない」
私はくすりと笑い、大きな水玉を空中に作り出した。ゆらり、ゆらりと、彼の頭上に浮かぶ水の球。それに気づいたトモオは逃げながらも詠唱を続けるが、彼の動きに合わせて水玉もぴたりと追いかける。
そして――
トモオが私たちをすり抜けて孤児院の扉を飛び出した瞬間、水玉が落ちた。
「ざばぁん! ざばぁん!」
水しぶきがあがり、彼の悲鳴がこだまする。
「ごほっ、ごほっ、ごふっ!」
「あら、残念。また呪文が途切れちゃったわね」
「くそっ……リリカ様、魔術が使えたのか……!」
まあ、驚くのも無理はない。ゲームのリリカは莫大な魔力を持っていながら、なぜか魔法は使っていなかった。その理由も、今はもう関係ない。
「こんなことも、できるのよ!」
私は風魔法でトモオの体をふわりと持ち上げ、空へと吹き上げた。
「わ、わああぁぁ! や、やめろおぉ!」
落ちそうになる直前、もう一度空へ。さらに高く、さらに風を強めて、彼の足元をふわふわと浮かせてやる。
「ご、ごめんなさい! やめて! やめてください!」
「え? 何言ってるの? まだ呪文を唱えてる最中じゃないの?」
魔術って、大きなものほど詠唱が長くなるのよね。だけど――
私は、その詠唱体系をゲーム時代に完全に理解済み。たとえば、
《熾火に眠る古の王よ、烈火を纏いし灼熱の支配者よ! 血と魂を焼き尽くす、おぞましき災厄の炎よ……なんたらかんたら!》
なんて詠唱、実は全部、意味ないの。
必要なのは、「属性」「対象」「効果範囲」「発動」の四つだけ。それを言えば通る。魔術の教育は、暗記、詰め込み教育なのよね。
――でも、誰にも教えないけど。私も厨二ノリ、嫌いじゃないし。実戦以外じゃ、普通に詠唱しちゃう派だし。
「やばい、敵の呪文が完成しそう。でも、私の魔力もそろそろ切れそう」
なんて冗談を言いながら、私はトモオをさらに空へ。もう地面が小さく見えてる。
「ま、負けました! 言うこと聞きます、だから戻してえええ!」
「ふふ……じゃあ、呪文を解除して。今すぐ」
「は、はい……!」
その言葉を聞いて、私はようやく風を緩めた。落ちる前にキャッチしてあげるくらいの優しさは、まだ残ってるつもり。
セバスに彼を捕縛させ、私は司祭のもとへと向かった。
どうやら、司祭にも魔術がかかっていたようだけど――仕掛けたのは、やっぱり彼自身で間違いなさそう。
「司祭様。……私の目は、節穴ではありませんよ」
その言葉に、空気が一変する。司祭の顔がひきつり、必死に言い訳をしようとした瞬間、私はその動揺を見逃さなかった。
「あなたの企み、すべて見透かしていますから」
※
人の良さそうな顔をしてるけど、腹の底は真っ黒。そういうの、嫌いじゃないわ。
「トモオを誘導してたのよね?」
「さて、何のことやら」
「寄付されたお金、どこかしら? ネイサン司祭、あなたのことは調べてあるのよ」
セバスが私に合図を送る。すぐに気づいたネイサンが、ちっと舌打ちした。
目の前に、金貨の詰まった袋がどすんと置かれる。
トモオが目を見開いて、私を見つめている。
「西方聖教会の本部に行って、あなたの評判を聞いたわ。多額の寄付金をしてるってことと、他の教会への異動も、昇進も全部断ってるってことも!」
「当たり前のことをしてるだけだ。私は孤児たちから離れたくないんだ」
「でも、まだまだお金があるのに、教会を修繕もしない。人も雇わない。不思議ね。まるで、人を寄せつけないようにしてるみたい」
違和感しかない。誰のための聖職者なのか、ほんとに分からない。
「ネイサン様は、良い人なんだ!」
……精神操作してるつもりが、されてる側。困った子供。でも、子供だから仕方ないのかもね。
自分が魔術の天才だと思ってたらしいし。私にやられて現実を知っただけ、少しは学んだはず。
「孤児院には、警備とシスターを手配するわ。トモオ、あなたは私と一緒に来てもらう」
こんな危なっかしい子供を放置はできない。リリカ更生プラン、発動よ。
「何を馬鹿なことを!」
「あなたに拒否権はないわ。騎士団に突き出されるか、ギャングに殺されるか、どっちがいい?」
「……ふん、好きにしろ!」
トモオは大人しくセバスに首根っこを掴まれて連れていかれた。
あーあ、私の更生プランの前に、セバス更生プランを受けるのね。あの完璧星人の教育とか、同情しかない。
「ネイサン、あなたはその知恵を使ってもらうわ。いつまでも小銭稼ぎの悪党で終わるつもり?」
「……何をさせるつもりだ?」
「違うわ。私の命令がすべてじゃない。あなたの心の中にある、本当の願いを叶えたらって言ってるのよ。それは、私にとってもメリットがある。だから、協力しましょう。心の声を出して」
彼にもう選択肢はない。でも、自主性って大事。
私の敵――“あの聖女”を倒すには、彼女の所属しない別の宗派が育ってもらわないと困るのよ。
「……ああ、わしは西方聖教会の教えを広げたい」
「それでいいのよ」
ネイサンもまた、この教会で育てられた孤児だった。
本当は、もう静かに人生を終えるつもりだったのよね。おせっかいだけど、それは駄目よ。
私だって、ゲームの主人公軍団に敵対するつもりなんてなかった。
でも、バルト――父を殺したのが彼らなら、笑って済ませるつもりなんてない。その為には、全てを味方につける。
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