貧民街の顔役
王都に戻ると、貧民街の表通りにある「サクナ薬局」で騒ぎが起きていた。
「だからよ、風邪薬を十箱寄越せって言ってんだろが!」
「お売りしません」
毅然と応じるのは、店番のエマ。相手は明らかにごろつき――いや、薬の転売屋だ。彼女は一歩も引かず、冷静に睨み返している。
「なあ? ここに十人いるんだしよ。ひとり一箱ってことなら、問題ねぇだろ」
「昨日も、まったく同じ面子でお越しでしたよね。薬の購買記録、残ってます」
図星を突かれて、連中のひとりが舌打ちした。中でも一番ガタイのいい男が苛立ちを爆発させ、カウンターのテーブルを拳で――
どかんと叩き割った。
「お客様、破損物は弁償いただきます」
その瞬間、いつの間にか現れたセバスが、男の腕を軽く掴んで締め上げていた。顔は無表情。目は容赦がない。
「釣れたわね。ご苦労さま、エマ」
私が歩み寄ってそう声をかけると、エマはぱっと緊張を解いて、駆け寄ってきた。頑張った証に、そっと頭を撫でてやる。
「さて。ボスのところに、案内してもらおうかしら?」
「し、知らねぇ……俺はただ言われて来ただけで……」
締め上げられたごろつきの大男が、泣きそうな声を出す。
「じゃあ、知ってる奴のとこまで案内してくれませんか?」
セバスの声は相変わらず丁寧だが、背後で音を立てているのは、どうやら腕の関節らしい。近頃の彼はちょっと荒ぶり気味だ。私も静かについていくことにした。
店の外では、逃げようとした他のごろつきたちが、すでにガンツ隊に囲まれていた。
「逃げたり、剣を抜いたら――燃やすよ?」
警告が終わるより先に、ひとりが剣を抜いた。すかさず、その服に火魔法をぶつける。
「ああっ、熱っ、焼けるぅ!」
服に火が移り、地べたを転がって消そうとしている。あら、ちょっとやりすぎたわね。
水魔法でさっと鎮火。
……私も最近、ちょっと荒ぶってるかもしれない。
「はい、剣は捨てて、手は後ろ!」
ガンツ隊が手際よく、ちんぴらたちを拘束していく。魔法で燃えたのも含めて、皆おとなしくなった。
無駄な流血はなし。店も守った。悪党も捕縛。
結果だけ見れば平和的な解決だ。たぶん。
私たちは、この貧民街のギャング団のボスの居所を探していたのだが、見つけられずにいた。かなり用心深い男らしく、全く表にも出てこない。
なんとか芋づる式で、ボスのいる場所にやっと辿り着いた。
「本当に、こんなところにいるんだろうな?」
幹部になるほど口が固かったが、そこは平和的に解決した。
※
貧民街の外れ。
崩れかけた、古びた教会――まるで廃墟のように見える建物だ。だが、その裏口には僅かながら、人の出入りの痕跡が残っていた。
「……またも、西方聖教会、なのね」
ゲームでは通常ルートでは訪れない場所。私が“聖女闇堕ちルート”と呼んでいた、特殊なシナリオでのみ登場した教会。
「警戒して入るわよ」
内部からは、人の気配がする。私は小さく息を吐き、セバスとともに扉を押し開けた。
「ほらよ。信者様には先に道を開けてもらおうか」
セバスがギャングの幹部の背を軽く蹴り、強引に先導させる。堂々たる礼拝堂を横目に、私たちは脇の小部屋の前で立ち止まった。
――コンコン。
ノックに応じて、扉の奥から現れたのは、年配の司祭だった。
「……どうなされましたか?」
「この者たちが、司祭様にお話があるそうです」
「そうですか。どのようなご用件でしょう?」
――違和感。
柔和な表情。穏やかな声。だが、それはあまりにも自然すぎた。
(……この人が“首領”? 本当に?)
私は視線だけで合図を送る。ガンツたちが司祭を囲み、じわじわと間合いを詰める。だが――司祭は微塵も動じなかった。
(……変だ。まるで、何も知らないような……)
このままでは、ただの弱い者いじめだ。私は、慎重に声をかける。
「なあ、お前。本当にこの司祭が“首領”なんだろうな?」
「ああ、間違いない。ずっと俺たちを導いてくれている」
だが司祭は、「私は何も知りません」と繰り返すばかり。幹部のことを“多額の寄付をくれる信者”としか語らない。まるで――会話が、噛み合っていない。
(ギャングが、力もなさそうな老人に従う? それとも本当に……この幹部が、慈善家?)
脳裏に、嫌な予感が走る。
そのとき――窓の外に、ふと目を奪われた。
教会の裏手に、小さな建物があるのが見えた。
「司祭様、あの建物は?」
「あれは……孤児院でございます」
孤児院――その言葉に、記憶の底がざわついた。
闇堕ちルート。
あのとき、敵は精神干渉系の魔法を使う者だった。選択肢すら歪める、最悪の相手。
(……そう。あの子。私の一つ下――トモオ。あそこにいるのね)
私たちは司祭の案内で、孤児院へと足を踏み入れた。
「……孤児院とは思えないほど、立派ですね」
古びた外観とは裏腹に、中はまるで裕福な学生寮のようだ。ギャングから吸い上げた金で、こんな贅沢をしているというの?
「トモオ。いるんでしょ。出てきなさい!」
「……何の用だ、リリカ様。遊びに来たんですか?」
不貞腐れた顔。エマと同い年のはずだが、背丈はやや小さめ。記憶では――確か、平民クラスにいた子。カンクローの思い人、スミカちゃんと同じ魔術の素質で入学している。
「いいえ。今日は先輩として、指導しに来たのよ」
お仕置きの時間だ。
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