クルミ・マリスフィアの結婚
特別編
共和国遠征から数ヶ月、季節は冬になった。
私は、ノクスフォード家の領地に戻り、ゆっくりと領地視察したり、ちょっとした探索に出かけたりしていた。
冬の空気は澄んでいて、遠くの山までよく見える。そんな穏やかな日々だった。
そんな時、クルミがやって来た。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
「何、何でも聞くわ」
私は気軽に答えたが、それがクルミの場合、いかに危険かを忘れていた。
「良かった。持つべきものは、親友ね」
そういうと私の腕を掴んだ。
「じゃ、行こう」
「え? 待って待って。どこ行くの? 準備は?」
「馬車の中で、話をするわ。貴女の体一つあれば、それで十分」
私は、マリスフィアの馬車に半ば誘拐されて乗せられた。
誰も止める者はいなかった。屋敷の者たちは、むしろ微笑んで私たちの様子を眺めている。
お前たちの主が、連れ去られようとしているのに、この緊張感のなさは何だ。
「痛いから、しがみつかないで」
彼女の馬鹿力は、恐ろしい暴力だ。
「ごめん、だってリリカがいないと……」
「わかったから。逃げないから話してくれる?」
クルミが珍しく、話し始めない。
「早く!」
「……結婚が、日取りが決まったの」
「何だ、そんなことか……時間の問題じゃなかったっけ」
試練を乗り越えた国王ハインリヒの本気の求婚だ。誰も阻止できない。
馬車は、あっという間に王都に着いた。
冬の王都はいつもより騒がしく、街は新年の飾りで華やいでいる。
雑然とした賑わいの中、民衆がこの馬車に向ける眼差しは、どこか暖かい。
新年の挨拶にあわせて、国王の結婚式が行われることは、もう王国中に知れ渡っているらしい。
「私のような人が幸せになるのは、許されないの思うの」
ぽつりとクルミが言った。
「……クルミが、幸せか不幸かなんて気にしてる人は少ないわよ。きっと一番気にしてるのは、天国のマリスフィア侯爵よ」
父の名前を出すと、クルミは少しだけ目を伏せた。
「ありがとう、リリカ」
私は、王都の邸宅に戻ることなく、マリスフィア侯爵邸へと連れて行かれた。
サクナ薬局にいるスミカちゃんたちを呼び出した。
「王妃様になられるクルミ様に、エステをお願いできるかしら?」
「もちろんです。お任せ下さい。ところで、料金の方ですが……」
こいつらが、大金を儲けてるのを私は知っている。何故なら、私が支払っているからだ。
だが、彼女たちは優秀で、薬局の中にエステサロンを開業しているほどだ。しかも、独立せず私から、薬やポーションを格安で仕入れている。
「私がボーナスを出すから!」
「さすが、リリカオーナー。大陸一になりつつある我々の腕前をご堪能下さい!」
「まずは香草蒸気浴です! リリカ様もご一緒に!」
サウナに入れられ、体を隅々まで洗われる。
「シシルナ島の美味しいレモン水をどうぞ!」
それから何故か私も並んで、エステベッドに寝かされる。そして、私の作った最高級クリームや美容液を贅沢に使う。
「私には使わなくても……」
だが腕を上げたスミカちゃんたちのマッサージに、私はあっさり眠りに落ちてしまった。
※
「元気になったわ! ありがとう!」
私が目を覚ますと、クルミが見違えたように元気な表情をしている。
「傷一つなくてよろしい!」
歴戦の戦士のような体が、引き締まった女神のようだ。
「うう、羨ましい」
私は、普段のただれた生活を反省する。
「お腹が減ったわね! 食事に行きましょう!」
クルミの誘いに、喜んで応える私。
だが、出口をスミカちゃんたちに塞がれる。
「何を言ってるんですか? 特別エステプランですよね、リリカ様? これから結婚式迄の間は、食事も私たちが準備致します」
やる気に満ちた彼女たちの勢いに負けて、私たちは頷くしかなかった。
「野菜ばかりじゃない?」
「いいえ、フルーツもヨーグルトもありますよ。たった数日です。我慢しなさい!」
スミカたちに変な知識を教えたことを、私は深く後悔した。
それから、式までの日は、目まぐるしい忙しさだった。
王都は、新年の挨拶にあわせて王国中の貴族たちが集結しつつあり、街には華やいだ雰囲気が広がっている。
結婚式のパレードを一目見ようと、大陸全土から観光客までやって来ていた。
マリスフィア侯爵家は、家臣団も総出で王都に来ていた。もちろん警備が目的だが、それでも家内の慶事に笑顔が溢れている。
「おめでとうございます!」
共和国からリラたち一行が、ナーシル砂海連邦からはナエル一行が使節団としてやってきた。
「元気にしてた?」
「はい。エマもすっかり溶け込んでますよ」
ナエルの後ろに、カグラとエマが民族衣装に身を包んで立っていたので、私は気がつかなかった。
「冷たいですぅ。しばらく一緒にいます」
エマはちゃっかり、第二王妃の地位を手に入れつつあるようだ。
それから、めったに王都に顔を出さないディナモスとソフィアもやって来た。
子守をしてる家政婦は、マリアだ。
「英才教育してるのよ。楽しみにしてて!」
澪が相手にしてくれないと拗ねてはノクスフォード家に遊びに来ていた彼女の、新しいおもちゃらしい。
「変な野望を持たれたら困るんだけど?」
「大丈夫よ、マリアが過保護だから野心は持たない子に育つわ」
ソフィアが言うと説得力がある。ディナモスは隣で苦笑している。
そんな知り合いたちとの語らいが、王妃の式の準備の間にあり、数日はあっという間に過ぎた。
私はクルミのお付きとして、彼女をサポートした。
そして式を迎える、新年を迎える大晦日の夜。
私たちは抜け出して、クルミの修道院へと向かった。
「忘れないでね。私たちの約束?」
「何だっけ?」
私はわざととぼけた。
「十年後、旅に出る」
「もちろん、その野望のためにも、頑張ろうね!」
私たちは夜食をケーキだけにとどめて、打ち寄せる波の音と月を眺めた。
クルミの横顔はとても美しかった。
※
結婚式は、王城の広間にて西方聖教会のルミナ大司教によって執り行われる。
クルミの控室。
「着替えましょう」
そこには、ウエディングドレスが二つ。
「は?」
「貴女のよ。早くしないと……」
やられた。
クルミは準備の間ずっと、「貴女ならどのデザインにする?」とか「貴女も着てみて!」とか勧めてきて、私は適当に付き合っていた。
「覚悟をお決め下さい。ニコラ・ヴァレンシア様も、シシルナ島から来ています」
執事のセバスチャンが告げる。
「ノクスフォードからも、領民が観に来てますぜ、お嬢」
ガンツが笑顔で訴える。
「ドノバンを一人待たせるつもり?」
ソフィアが言う。全員が言う。
「私を一人で入場させるつもり?」
クルミに手を取られて、いや、私も彼女の手を取って、私たちは入場した。
父に手を引かれるはずの道を、私たちは二人で歩いた。
新作 姉に全てを奪われた追放令嬢、辺境の執政官になったので村を発展させます 。 新作も一読下さい




