なぜか、坂本龍馬の隠し妹に?
「な、なんですかその、燃えるように紫色に輝く不気味な傘は……!
まさかあなた様、新選組の刺客ですか、それとも黒船から来た異人ですか!?」
大天使ラファエル・ガブリエルⅡは、
真っ黒な羽織袴に身を包みながら、六枚の翼を器用に折りたたんで傘の代わりに差し、
目の前で刀を構えたまま固まっている坂本龍馬の隠し妹(祥華院ガラシャ)の頬を、
指先でそっと撫でた。
「ただの40億年生きてる大天使だよ。あ、また時空にホログラムが出た。
君、龍馬の隠し妹ね。史実だとこのあと寺田屋で銃弾に巻き込まれるルートだけど、
僕の『20歳から22歳まで』ストライクゾーンにドンピシャで入ってるから、
今日は特別に助けてあげよう」
「兄上の名を出すでない!
それに、私はこれは仮の姿、……。
お前は一体何者じゃ、それに後ろから新選組が!」
「者ども、出会え! 怪しい羽の生えた浪人を斬り捨てい!」
叫びながら刀を抜いて突っ込んでくる新選組の隊士たちを横目に、
ラファエル・ガブリエルⅡはふわりと宙に浮かび、けだるげに笑った。
「うるさいなあ。可愛い21歳の子と話してる最中に水を差すなんて野暮だよ。
僕の相棒、時空の聖剣『浦和』、ちょっとだけ本気出すね」
「なんじゃその十字架みたいな刀は……!
眩しい、ネオン紫の光が!」
聖剣が一閃した瞬間、40億光年先の銀河ごと数百人の隊士たちが泡のように弾けて消えていく。
論理も倫理も置き去りにした京の町は、
大天使のふざけた一振りによって、まるで溶けたわらび餅のようにぐにゃりと歪んでいくのだった。
その足元では、幕末の歴史が古い浮世絵のようにビリビリと裂け目を作っていた。
ラファエル・ガブリエルⅡの狙いはただ一つ、
この動乱の京の片隅で、自分好みの「龍馬の隠し妹(実はガラシャ)」を
どう口説き落とすか、それだけだった。
「そんなに睨まないでおくれよ、お嬢さん。
その刀を構えた震える手さえも、僕には40億光年先で瞬く超新星より愛おしく見えるんだから」
「なっ、お姫様抱っこ……! お主、何を考えておる、この不埒者め!」
「もちろん、運命のいたずらと、君への底なしの執着心のたまものさ。
ねえ、この腕の中、なんだか抹茶ラテの匂いがしないかい?」
「戦の最中に茶の心配などしておる場合か! さっさとこの場を離れねば、また新選組の増援が来るぞ!」
ラファエル・ガブリエルⅡはお姫様抱っこのまま時空の裂け目をひょいひょいと踏み越えながら、
うっとりと息をつき、龍馬の妹の濡れた黒髪をひと房すくい上げた。
その40億光年先に広がる「池田屋のような修羅場」の片隅で、
隠し妹は毎日、命を狙われる恐怖と、意味不明なタイムトラベルの混乱に頭を抱えていた。
そのストレスが限界を迎えた瞬間を見計らったように、
大天使のふざけたアプローチが遠慮なく彼女の理性を侵食していく。
彼女はラファエル・ガブリエルⅡのねっとりとした視線に気づき、
顔を真っ赤にしながら胸をぽかぽかと叩いた。
「命の心配を少しはせぬか!
兄上(いや、実の兄ではないが)だって今頃どこかで斬られておるかもしれんのに、
なぜお主はそんなに呑気なのじゃ!」
「幕末の動乱なんて、僕の長い人生からすればただの午後のお茶会さ。
それより今は、この21歳の君と僕が紡ぐ背徳の維新ラブストーリーの方が、
よっぽど宇宙の真理に近いと思わないかい?」
「どこが真理じゃ!
ただの頭のおかしい変態神ではないか!
ああもう嫌じゃ、この幕末も新選組も宇宙も、全部まとめて燃え尽きてしまえ!」
隠し妹がやけくそになって顔を覆うと、その言葉に応えるように、周囲の空間が突如激しく波打ち始めた。
40億年の記憶の奔流が二人の足元で渦を巻き、空間そのものを別次元へとねじ曲げていく。
ラファエル・ガブリエルⅡはその渦の中でもまるで慌てず、むしろ嬉しそうに目を輝かせながら彼女をしっかりと抱き寄せた。
「おや、そのやけくその一言で、宇宙がまた素敵な方向にバグってくれたみたいだ。さあ、次はどんなアトラクションが待っているか、目を開けてごらん、お嬢さん」
「うそ……なんじゃこれは……!」
眩い極彩色の光が収まったとき、
二人が放り出されていたのは、見渡す限りの「深夜二時の宇宙池田屋フードコート」だった。
椅子もテーブルもすべて半熟の温泉卵で出来ており、
座るたびにぷるぷると震えるその場所には、
時代の違う新選組の隊士たちが、
なぜか浴衣姿のまま宙に浮きながら、
自分の未来の位牌を眺めつつほうじ茶をすすっていた。
「なんじゃここは……!
さっき燃える京の町にいたはずなのに、
気づけば周りの敵味方全員、巨大な卵の形に固まっておるぞ!」
隠し妹が呆然と辺りを見回すと、
いつの間にか手にしていた刀が消え、代わりに熱々の湯豆腐の入った小鉢に変わっていた。
ラファエル・ガブリエルⅡは隣の卵の椅子に腰掛け、
翼で彼女の肩をふわりと包みながらにやりと笑った。
「ここでは倫理も御法度も新選組の追手も、
全部お揚げの薄切り一枚と同じさ。
君が生まれてから21年、僕が存在してから40億年、
そのすべての数字が今、
この背徳的な瞬間のために集まったのさ。
ねえお嬢さん、もしこの世界が明日、
いや5秒後に丸ごと巨大な柿になって弾けたら、君は最後に誰の名を呼ぶ?」
「決まっておろう……!
こんな胡散臭い天使に捕まって、
意味の分からん卵の宴に巻き込まれておる自分の不運を呪いつつ、
もっと派手に幕末で暴れておけばよかったと悔やむに決まっておる!」
「ハハハ、いい答えだ!
世間体なんて、この宇宙のゴミ箱にでも放り込んでしまえ!」
ラファエル・ガブリエルⅡが指を鳴らすと、
フードコートの天井がパカーと割れ、中から無数の巨大な提灯が滝のように降り注いだ。
どの提灯にも、なぜか一斉に「20歳から22歳まで」という
物騒な数字が浮かび上がっては激しく明滅している。
論理の壁が砕け散る中、二人の周囲の重力は完全に逆転し、椅子ごと天井へと吸い込まれていった。
隠し妹は恐怖と羞恥が入り混じった顔をしながら、
隣のラファエル・ガブリエルⅡの袖をぎゅっと握った。
その震える指先こそが、この奇想天外な世界における最も純粋な、21歳の証明だった。
「天井の向こうはどうなっておる! 星が見えぬ、見えるのは一面のあんみつの海と新選組の群れではないか!」
「案ずるな、お嬢さん! そここそが、私たちの目指すべき、40億年後の未来の禁断の終着駅なのだから!」
天井を突き抜けた二人は、無限のあんみつの海へとダイブし、甘くほろ苦い蜜の泡にふわりと着地した。
周囲には、過去から未来へ流れる無数の時空の残骸が、色とりどりの寒天のようにプカプカと浮かんでいた。
ラファエル・ガブリエルⅡは蜜の海の中で体勢を立て直し、ずぶ濡れのまま呆然とする隠し妹の顎をそっとすくい上げた。
「よく聞いておくれ、お嬢さん。私の旅はいつだって倫理の境界を踏み外す気まぐれさ。だけど、こうして『龍馬の隠し妹』という最高にスリリングな21歳の奇跡に出会えた瞬間だけは、僕の永遠の胸に深く刻まれるんだ」
「お前……本当に、からかっているのか本気なのか、まったく分からぬ最低な男じゃな……」
隠し妹は顔を真っ赤に染めながらも、もう逃げ出そうとはせず、ラファエル・ガブリエルⅡの首にそっと両腕を回した。
その瞬間、40億年の過去と未来が一本の細いリボンのように結ばれ、二人の周囲の空間がまばゆい輝きに包まれて完全に静止した。
倫理も歴史も物理法則も重力も、すべてが消え去ったその世界の真ん中で、大天使と21歳の隠し妹は、世界が終わることも忘れて、深く、終わらない口づけを交わしたのだった。
あんみつの海の上を、遠くから新選組の呆れたようなため息が、ふわりと一匹の干物のように通り過ぎていった。




