中国政府が出した食糧節約指導
ずいぶん以前のことだけど、NHK教育チャンネルの中国語講座でこんなコントをやっていた。
中国で留学を始めたばかりの日本人の若い男性が中国人の家庭を訪問する。どこにでもあるごく普通の家庭だ。中国人のお父さんは外国からお客さんがきたと張り切って食事を用意して、テーブルには食べ切れないくらいの御馳走が並んだ。
日本人留学生は料理の多さにびっくりしたが、残しては失礼だと頑張って食べ切った。
中国人のお父さんは、
「えっ、全部食べてしまったの?」
と驚いた。中国の風習では、客は出された御馳走を皿に少しだけ残して、「食べ切れないほどいただきました」と感謝の意を示す。これは「主人は食べ切れないくらい料理を用意しました。すごいですね」と面子をあげるということでもある。逆にご馳走を食べ切ってしまったということは、客は「まだまだ足りないぞ。もっと歓待してくれ」と意思表示したことになる。料理が足りなくては失礼になる。中国人のお父さんは慌てて炒め物をもう一皿作って出した。
出された料理を見て、日本人の留学生はふうっとため息をつく。頑張って平らげたはずなのにまだ料理が出てくる。でも食べなければ失礼だ。日本人留学生はしゃにむに箸を動かして山盛りの一皿を食べ切った。
中国人のお父さんはまた吃驚した。さすがに足りるだろうと思っていたのだが、客はまだ足りないというのだ。お父さんはもう一皿作って出す。
日本人留学生は、
「ごめんなさい。もう食べきれません」
と皿を見てギブアップした。お父さんは、「客が満足した」とほっとした笑顔を浮かべた。お父さんは面子が立った。日本と中国の習慣の差をおもしろおかしく描いたコントだった。
中国人は食事にお金をかける。中国が今のように発展する前からそうだった。しかも量が多い。大皿には料理が山盛りになって運ばれてくる。大皿料理の賑やかな食卓が中国らしい風習だ。
だが近頃、中国共産党は人民に対して、レストランでは料理を頼みすぎないように、人数分の料理ではなく、人数マイナス1の品数にして料理を注文するようにと指導を始めた。中国科学院の研究では中国の大都市では年間1800万トンもの食べ残しがあるという。
ただ、中国人にはレストランで残した料理を持って帰るという風習もある。レストランには必ずプラスチックの箱が置いてあり、一元(約十五円)か二元(約三十円)で売ってくれる。このプラスチック容器に残った料理をつめて持って帰る。これを中国語では「打包」という。僕も中国で住んでいた頃はよく「打包」した。翌日、勤め先へ持っていく弁当には「打包」した料理を入れたものだった。たんに残すだけではなく、残った料理を持って帰ってきちんと始末するという習慣もあるのだ。料理を残してはもったいないというのは、日本人も中国人も変わらない。
今回、習近平国家主席の命令でレストランでの注文を減らすように指導が始まったのは、中国で食糧危機が始まりかけているということだ。
今年は長江が氾濫して多くの水田が水没した。東北部は干魃に見舞われ、バッタの被害も相次いでいる。今年の中国は食糧の輸入が大幅に増えているが、コロナ危機によって世界全体の収穫量は下がっているため、この先同じように世界中から食糧を調達できるとは限らない。現に、食糧の輸出規制を強めている国も数多くある。
公称十四億人弱、実際は十五六億人いるとみられる中国人民の胃袋を満たすのは簡単なことではない。今回の措置は、始まりかけている危機に備えて無駄遣いをやめさせようということだろう。すでに、中国政府は各地に対して農業の生産を増やすように指示を出している。
食糧危機は中国だけの話ではない。日本の食料自給率はカロリーベースで約37%ととても低い。外国に食糧を売ってもらわなければおしまいだ。そのうち、日本も食糧危機に襲われるのかもしれない。