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時刻表タイムトリップ紀行 〜昭和39年9月号復刻版から その2 パーラーカー編


「時刻表タイムトリップ紀行 その1」で紹介した東京発名古屋行き普通電車が始発した後、沼津行き普通電車や浜松行き普通電車などが続き、7時に大阪行き特急『第1こだま』が東京駅を出発する。

 新幹線のない当時、『第1こだま』は国鉄を代表する特急電車だった。


『第1こだま』は151系電車の十二両編成。151系は、昭和33年に登場した国鉄初の特急電車だ。一等車(今のグリーン車)が四両、二等車(今の普通車)が六両、ビュッフェと普通車の合造車が一両、食堂車が一両となっている。

 先頭の1号車はパーラーカー。時刻表の編成表には展望車を示す「展」のマークがついているが、小田急のロマンスカーや名鉄のパノラマカーのように前方を展望できるわけではなく、今の新幹線のグランクラスのような豪華なグリーン車といったところ。東海道本線の看板列車にふさわしい貴賓室が欲しいということで製作したようだ。

 パーラーカーの車内は開放室と区分室の二つに分かれていて、開放室は通路を挟んで一人掛けのシートが七つずつ並び、区分室は四人用の個室になっている。一両の定員は合計でたったの18名。ものすごく贅沢な空間だ。

 パーラーカーの一人掛けのシートは左右に動く、窓に対して斜めにして景色を眺めてもよいし、窓に対して直角にして背もたれを思いっきり倒してもいい。座席にはイヤフォンジャックがついていてNHKのFM放送が聞ける。電話線のジャックもあって、乗務員に頼めば電話機を持ってきてくれるので、その電話機の線をジャックに差し込めば、東京都区内、名古屋市内、大阪市内へ電話をかけることができた。携帯電話のなかった当時のことなので、電話をかけられるエリアが限られるとはいえ画期的なサービスだっただろう。今は電車の座席で電話で話してはいけないけど、当時はパーラーカーで電話を掛けるということが一種のステータスシンボルだったのかもしれない。

 ただし、電話代はべらぼうに高い。

 東京・熱海間を走行中に東京都区内へ電話を掛けると、その料金は三分百円もした。当時はかけそばが一杯五十円(立ち食いではなく、お店で坐って食べた場合)なので、三分電話をすればかけそば二杯分もかかることになる。同じく、東京・熱海間を走行中に大阪市内へ電話を掛けると、料金は三分四百円だ。三分話しただけでかけそば八杯分のお金を払わないといけない。よほど裕福な人しか電車から電話できなかっただろう。ちなみに、ビュッフェに電話室があり、パーラーカー以外の乗客は電話室から電話できたようだ。


『第1こだま』には食堂車もついている。

 メニューを見てみると、カレーライス(100円)、オムレツ(100円)、洋定食(200円、250円)、和定食(200円)、グリルチキン定食(400円)などが並び、一番高価なのは特別ビーフステーキ定食(750円)だ。さすがに特別なビーフステーキ定食だけあって、かけそば十五杯分の値段がする。どんな豪華なビーフステーキが出てきたのだろうか。


 それでは、東京駅7時発の『第1こだま』に乗ってみよう(まったくの想像で描くので当時の様子とはだいぶ違っているかもしれません)。

 東京駅の15番線へ行く。ホームの向こうには開業を待つばかりの新幹線ホームがすっかり出来上がっていて、試運転の新幹線電車が止まっていたりする。こちらのホームでは出張に出かけるビジネスマンや旅行客がホームで『第1こだま』を待っている。

 クリーム色の下地に赤い帯を巻いた『第1こだま』が入ってくる。先頭車は(当時としては)斬新なデザインのボンネット車だ。ボンネットの先頭についている表示板には「こだま」と文字だけがシンプルに書いてある。

 1号車のパーラーカーの一人掛けシートに坐る。座り心地がとてもいい。東京駅から大阪駅までの一等車運賃は2170円、特急料金は1760円、座席指定料金が200円、パーラーカーの特別座席料金が1650円で、片道合計5780円。当時の大卒公務員の初任給が約1万9000円だったから、パーラーカー片道に乗っただけで初任給の四分の一以上かかることになる。今の貨幣価値にすれば、片道5万数千円といったところだろうか。

 パーラーカーの車内は豪華だけど、乗客も豪華だ。新聞によく出てる有力な政治家もいれば、財閥企業の社長も乗っていて、大物女優も坐っている。区分室のほうは洒落たスーツで決め込んだ外国人の四人連れが乗った。どこかの国の大使館員たちのようだ。

 定刻の7時、『第1こだま』が東京駅のホームを出発する。さわやかに冷えた冬の日だ。『第1こだま』はゆっくりと走り、コートをきた勤め人でごった返す新橋駅のホームを通過する。僕は一人掛けの座席を斜めにして前方の車窓を楽しみ、備え付けのイヤフォンでNHKFMのクラシックを聴く。『第1こだま』は品川駅を過ぎたあたりから速度を上げ、東京行きの上り寝台急行や湘南電車、横須賀線の電車とすれ違い、7時21分、横浜駅に到着。ここでも出張客や旅行客が乗ってくる。

 横浜駅は一分間の停車で出発。横浜駅を出てすぐに乗務員がおしぼりを配り始めた。熱いおしぼりで手を拭き、顔を拭う。

 大船を過ぎるあたりで食堂車の用意ができましたとのアナウンスが流れる。朝早く家を出たので朝ご飯を食べていない。さっそく食堂車へ行き、和定食を注文する。出汁の効いた味噌汁が美味しい。鮭の塩焼きを平らげ、ご飯に海苔を巻いて食べる。

 食堂車を出てからビュフェへ行く。コーヒーを飲みながら富士山を眺める。雪をかぶった富士山はとても綺麗だ。富士山が見えなくなったのでパーラーカーの席へ戻る。客室アテンダントがやってきて昼食の予約を訊いてくる。もちろん、特別ビーフステーキ定食を注文する。焼き方はレアで頼んだ。

 東京行きブルートレイン『みずほ』とすれ違ったかと思うと、電車は静岡駅のホームに滑り込む。一分停車だ。少しばかり人が降りて、また少しばかり人が乗ってくる。隣のホームには東京駅5時20分発の名古屋駅普通電車が止まっている。ここでこの長距離鈍行を追い抜く。

『第1こだま』は東海道本線をひた走る。浜松駅を通過して、浜名湖の鉄橋を渡る。貨物列車とすれ違う。

 11時13分名古屋駅に到着。三分停車で出発。出発したところで客室アテンダントがやってきて食事の準備ができたという。本日二回目の食堂車へ。

 特別ビーフステーキ定食はとろける旨さだ。近江牛だろうか、それとも神戸牛だろうか。流れる景色を見ながらの食事は旅情があっていい。コンソメスープも美味しかった。

 雪を頂いた伊吹山が見える。優美な富士山もいいが、伊吹山のゴツゴツとした感じも好きだ。

 席へ戻って景色を眺める。関ヶ原から米原へ抜けるあたりは意外に茶畑が多い。山あいの田舎の景色だ。

 車内販売がきた。僕はお茶を頼んだ。陶器の入れ物に熱々の緑茶が入っている。お茶の味が濃い。陶器の蓋をひっくり返すとそのまま湯呑みになる。陶器には151系電車の姿を彫ってある。持って帰ればいい記念になる。

 さすがに眠くなってきた。ついうとうとしてしまう。電車は京都駅で止まってすぐに出発する。右手に梅小路蒸気機関車区が見えた。なかには蒸気機関車がずらりと並んでいる。山陰本線を走っている現役の元気なSLたちだ。梅小路貨物駅には何本もの貨物列車が止まっていた。

 淀川の鉄橋を渡り、13時30分、『第1こだま』は定刻通り大阪駅に着いた。六時間半の汽車旅が終わった。


 大阪駅発東京行きの上りの最終は、16時30分発の『第2こだま』になる。これを逃すと夜に出発する夜行列車まで東京行きはない。東京から大阪まで日帰りで出張しようとすると大阪での滞在時間は3時間となる。大阪の中心部での会議なら参加できるから、ぎりぎり日帰りが可能といったところだろう。ちなみに『第2こだま』は東京駅23時着となる。東京駅を朝7時に出発して夜の23時に帰ってくるというのはいささかハードだけど、『こだま』の往復で日帰り出張した人たちも大勢いたのだろう。


 なお、東京・大阪間の特急は『こだま』以外にも、『ひびき』、『富士』、『つばめ』、『はと』が走っていた。いずれも『こだま』と同じ151系だ。当時は、同じ区間の特急の名称を統一するという考え方がなくて、ばらばらに名称をつけていたようだ。食堂車とビュッフェがついているというのがいい。今の新幹線にもつけてくれるといいのだけどね。


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