止まらない香港デモ
二〇一九年春から始まった香港のデモは二〇二〇年も続きそうだ。香港では毎日のようにどこかで抗議活動が行われている。大晦日の夜には人間の鎖による抗議活動が行われ、元旦も約百万人規模のデモがあった。
二〇一九年十一月、香港の行政長官(香港政府のトップ)は、一連のデモの発端となった逃亡犯引渡し条例(香港で逮捕した大陸中国の犯罪者を大陸へ引き渡すという条例)を撤回すると声明を出したのだが、デモ隊は香港の民主化などを要求するとして、行政長官の声明後もデモを続けている。香港警察は容赦なくデモを弾圧し、デモ隊の一部は先鋭化して破壊活動を行う。香港警察がデモ隊を装って破壊活動を行うこともある。
香港以外の地域でこのデモの影響を一番に受けたのは台湾だ。
中国共産党はかねてより、香港モデルの一国二制度で統一しないかと話を持ちかけていた。しかし、香港デモの報道を見た台湾人は、一国二制度になれば中国共産党よってじわじわと自由を奪い取られるのだなと再認識して、大陸中国との統一に後ろ向きになった。そして、独立志向の強い民進党の支持が急増した。今年(二〇二〇年)一月十一日に予定されている台湾総統選挙では、現職で民進党の蔡英文が当選する見通しだ。蔡英文は人気が低くて、香港デモが起きるまでは、二〇二〇年の選挙では当選しないと思われていた。大陸中国は独立志向の強い民進党を快く思っておらず、様々な締め付けを行って台湾経済に打撃を与えて蔡英文を追い落とそうと図り、それがかなり効いていた。だが、香港デモによってすっかり風向きが変わってしまった。今では、民進党の蔡英文がライバルである国民党の候補者に大きく差をつけてリードしている。
このため、香港デモは香港のためにではなく、この台湾総統選に焦点を当ててアメリカが起こした謀略だとする見方もある。香港デモが台湾総統選をターゲットに仕掛けられたのかどうかはともかく、香港デモを裏で操っているのはアメリカの出先機関であるのは間違いないところだろう。大規模なデモを市民の力だけで続けられるものではない。
香港デモをめぐる騒動で個人的に最も気になったのは、大陸中国の人民の反応だった。
このエッセイの第四五一回で書いたように、
「香港は中国だ。中国が気に入らないのなら、香港から出ていけばいい。中国から出ていけ」
というのが、大方の中国人の反応だ。つまり、香港人を同胞とは思っていない(また逆に言えば、香港人は大陸の中国人を同胞とは思ってはいない)。香港はイギリスの植民地から大陸に本土復帰したのではなく、イギリスの植民地から大陸中国の植民地になったということだ。香港はどこまでいっても植民地なのである。
香港に対する大方の中国人の反応は、民主と自由を抑圧する独裁国家を賛美するものだ。つまり、日本の隣には、民主と自由を理解しない十三億人の人々がいるということだ。彼らは投票に行ったこともなければ、自由に発言するということがどういうことなのかも知らないのだから、自由の大切さがわからないのは無理もない。独裁国家で育った人たちはそういうものだ。もし大陸の中国人たちが民主や自由が大切だと理解していれば香港を応援して、自分たちも民主や自由を手にしたいと思うだろうが、そんな反応はごく一部を除いてほとんどない。これは恐ろしいことかもしれない。
まがりなりにも香港からデモに関する情報が入ってくるのは、香港が不完全とはいえ自由主義体制を取っていて報道や発言の自由があるからだ。もし香港から自由がなくなってしまえば、デモ情報といったものは断片的にしか広がらない。そうなれば、権力者は好き勝手に人々を弾圧できる。自由は、人々が不当な弾圧から身を守るためには不可欠なものだ。もともと大陸から逃れてきた人が多い香港人は、それを肌身でわかっているからデモに繰り出して抗議を続けるのだ。
香港デモがいつまで続くのかはわからない。デモは民主化を要求しているが、中国共産党が香港を民主化させることはまずあり得ない。いったん、香港が民主化してしまえば、それが大陸にも飛び火する可能性がある。中国共産党はそれを一番警戒している。独裁国家はほんの一部の権力を手放しただけで、全体が大きく崩壊してしまうものだからだ。
とはいえ、中国共産党は強硬手段に訴えてデモを完全に潰すこともできない。そんなことをすれば天安門事件の時のように各国から経済制裁を受けてしまい、外資の投資を呼び込めなくなり、貿易に大幅な制限がかかる。中国経済は完全に失速してしまうだろう。中国経済は借金に借金を重ねることで成り立っている。言われているほど強くはなく、その構造はむしろ脆弱といっていい。象が自転車を漕いでいるようなもので、いったんこけてしまえば、立ち直れなくなってしまう危うさをはらんでいる。
止まらないデモ。潰せない政府。まだまだデモ隊と香港政府のぶつかり合いが続くことになるのだろう。