小さなスキャンダル
上海人の家内が友人と服のバーゲンセールに行ってきた。
セールから帰ってくると、家内は戦利品を僕に見せびらかす。札にはどれも「ONWARD 23区」と書いてある。
「オンワードのバーゲンだったんだ。そんなのが上海にあるんだね」
僕は言った。
「毎年やっているわよ。だいたい一着二十元(約三百円)でバーゲンするのよ」
「えらく安いね。処分品なんだ」
元の値札には「一九八〇元(約三万円)」などと書いてあるものもある。処分品とはいえ、二十元で買えるのならかなりお得だ。オンワードだけあっていい生地を使っている。
「日本人の女性もたくさんいたわよ。上海に住んでいる人がくるのね」
それから家内は、友人から聞いたあるスキャンダルを興奮気味に話し始めた。
友人は小さな同族会社に勤めている。旦那が社長で、奥さんが副社長、従業員は五人ほどだ。
ある朝、副社長の奥さんがある女性従業員へ向かって、
「あなたは今日で馘よ。もう会社に来なくていいわ。私の夫と不倫したでしょ」
と怒鳴った。ウィチャット(中国版LINE)でその女性従業員と社長の旦那が不倫のやりとりをしているのを見つけたのだとか。女性従業員は三十歳くらいで結婚していて子供もいるそうだ。どちらも家庭があって子供もいて、不倫していた。事務所の空気は一瞬にして凍りついた。
社長の旦那は、副社長の奥さんを会議室へ連れ込んで口論を始める。会社のなかでそんなことを言われたのでは、社長の面目は丸潰れだ。副社長の奥さんは「離婚よ」と喚き散らし、旦那は奥さんを殴り始めた。修羅場である。男性従業員が慌てて会議室へ入り、二人を止めた。
会社の出資比率は、旦那と奥さんが半々となっている。旦那が会社を取り、奥さんが子供を取り、旦那が会社の資本の半額と相応の慰謝料を払う方向で離婚協議が進んでいるそうだ。僕の家内は友人にこの会社を辞めて別の会社を探したほうがいいと勧めた。
夫婦が共同で会社を経営していて、旦那の浮気が原因で離婚となった場合、復讐に燃える元妻が元旦那の会社を潰しにかかることがよくあるそうだ。会社の顧客のことはよくわかっている。顧客企業の担当者にいくらキックバックを払っているのかも把握している。そこで、顧客企業の担当者にキックバックを多く払うからともちかけて顧客を奪い、旦那の会社が立ち行かなくなるようにするのだとか。安っぽいテレビドラマのようだけど、よくある話なのだそうだ。
社長の旦那の浮気相手だった女性従業員は、実は、前の会社でも不倫騒動を起こしていたという。女性従業員は前の会社のオーナー社長と不倫して、しかも取引先の営業部長とも不倫していた。取引先の営業部長がオーナー社長に女性従業員の給料を上げてやってほしいと持ちかけたことから、オーナー社長がどうしてそんな話をするのだと訝り、ダブル不倫が発覚した。二人の男は「俺の女になにをするんだ」と憤ったが、二人とも彼女に掌で転がされていたといったところだろう。ここもたいそうな修羅場になったようだ。
「社長の旦那は誘惑されてころりと参っちゃたのよ。こんな話はごろごろ転がっているわ。男なんて信じちゃいけないのよ」
家内はなぜか勝ち誇ったように言い、戦利品のバーゲンの服を畳んだ。