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触れ合ってみれば――日本研修へ行って


 勤め先の中国人スタッフ三人を連れて日本出張に行った。

 三十前後の男の子たちに日本の技術を教えるための研修旅行だ。

 三人とも海外はもちろん、飛行機に乗るのも初めてなので、かなり興奮している。窓の外から真剣なまなざしでじっと雲を見たり、機内サービスのビールやワインを嬉しそうに飲んだりしていた。日本への入国カードを記入する時は、不安そうな顔でこれでいいのかと何度も僕に尋ねたりした。

 日本の本社の方が成田空港まで迎えにきて、車で都心まで送ってくれた。三人とも顔がこわばっている。気心の知れたスタッフなのだけど、あそこを見てごらんよと話しかけても、緊張した面持ちのまま頷くだけだ。初めて海外へ行く時は誰しも緊張するものだけど、日本人ならあれほど硬くなったりしないだろう。日本人と比べると、中国人にとって外国はまだまだ遠い異世界だ。

 なんとか無事に本社への表敬訪問を終え、翌日、研修センターへ向かった。

 中国人も緊張しているが、受け入れる側の研修センターのおじさんたちも緊張していた。外国人に技術指導するのは初めてなのだそうだ。

 中国人スタッフは、学びたいという意欲が前面に出ていて、実に熱心に指導を受けた。質問があれば、すぐさま尋ねる。納得がいかないととことんまで訊く。日本人指導員はその業界の技術コンテストでチャンピオンを取ったことのある選りすぐりの精鋭の方たちだったのだけど、相手が中国人とあって、初めはおっかなびっくりだった。どうなることだろうと不安だったと思う。だけど、中国人のやる気に刺激を受けて、熱をこめて指導してくださった。僕は技術には疎いけど、素人目に見ても指導員の技術は美しい。中国人スタッフは「これは本物だ」と感じて、真剣に技術を学ぼうとしてくれたのだと思う。おなじ勉強するなら、やっぱりいいものに触れなくてはいけないなとあらためて感じた。

 研修を終えた後、中国人スタッフにどうだったと訊いたところ、

「中国で仕事をしている時は、自分は完璧にできていると思ってた。自分に間違いはないってね。でも、ここで研修を受けて、いろいろ足りない部分があるんだとよくわかったよ。まだまだ勉強しなくちゃいけないね」

 と言っていた。

 日頃、目の前の日常業務の対応に追われてほとんど休みなしで働いている彼らだけど、ステップアップのいい機会になったと思う。日本という環境に放り込んだのもよかった。実際に日本という国を見たことで、日本の技術をすんなり受け入れる気になってくれたのだと思う。彼らは日本の景色を見ながら、しきりに「清潔だ」と感心していた。清潔ということはいろんな面で整備が行き届いているということだ。整備された国だからこそ、こんな高い技術があると実感してくれたのだろう。

 もちろん、日本で学んだものを中国で応用しようとすれば、いろんな障碍があって簡単にはいかない。研修を受けたスタッフは本物に触れて、いいものだと腹に落ちたわけだけど、中国にいる同僚たちに伝えるとなれば、いろんなハードルをクリアーしなくてはいけない。だけど、真面目な彼らのことだから、自分たちで工夫して乗り越えてくれると思う。

 日本人指導員も、中国人スタッフを気に入ってくれたようだ。今度は日本人指導員が中国へ来て、中国での指導がどうなっているのかをチェックすることになっているのだけど、四人の指導員が四人とも、中国へ行きたいと言ってくださった。

「『再見』と言ってくれたから」

 というのがその理由だ。「再見」はさよならという意味だけではなく、「再びまみゆ」――つまり、また会いましょうという意味がこめられている。それを感じてくれたのだ。

 中国人スタッフも日本人指導員もお互いに不安でおっかなびっくりな出会いだったけど、触れ合ってみれば、同じ人間だということが案外あっさりわかるものだったりする。なんてことはないのだと。

 日本語を話せず、日本へ行くのも初めてという彼らを引率するのは結構な重労働でくたびれたけど、苦労しただけの甲斐があった。



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