肉といえば
関西で生まれ育ったので、肉といえば牛肉のことだとばかり思いこんでいた。
べつに贅沢をしているわけでもなく、豚肉を食べる習慣がなかっただけのことだ。どういうわけか、一昔前まで関西では豚肉をあまり食べなかった。豚の数が少なかったので、豚を食べる習慣がなかったのかもしれない。
家の食卓に豚肉がのぼるようになったのは、僕と弟が食べ盛りになってからだった。もちろん、安い値段で大量に食べさせるためにである。母親も、それまでほとんど豚肉を食したことがないらしく、豚肉は案外おいしいものだと感心していた。
一浪してから東京へ行って一人暮らしを始めたのだけど、食堂で牛肉と思って肉料理を注文したら豚肉ばかりが出てくるのでびっくりしてしまった。
関東では肉といえば豚肉のことを指す。習慣がまったく違うのだ。
居酒屋で肉じゃがを頼んだ時、豚肉の肉じゃがが出てきた。騙されたような気分になったのだけど、東京の友人たちは平気な顔で食べていた。誰も文句を言わないのが不思議だった。豚肉の肉じゃがははじめはなんだか食べにくかったけど、そのうち慣れてしまった。でも、やっぱり、肉じゃがは牛肉のほうがいい。豚肉の肉じゃがもそれはそれでおいしいのだけど、牛肉のほうが味がしまっている。
今住んでいる中国では、肉といえば豚肉のことをいう。たまに牛肉を食べたくなった時はイスラム教徒の店へ行くことにしている。鉄板牛肉は最高だ。じゅうじゅうと熱く焼けた鉄板に牛肉炒めが載っている。牛肉を食べるとなんだか元気になる。
幼い頃に培った味覚は大人になっても変わらないものだなあと思う。味覚も「食文化」の一つ。自分の基礎になる「文化」はあまり変わらないものらしい。