まったく、男ってやつはよ
めっちゃかわいいバイトさんが僕の下に入ってくれた。
真面目だし、人当たりも柔らかい。いかにも亜熱帯育ちといったのんびりさがある。日本語もそこそこ上手だ。顔は典型的な美人というわけではないけど、華がある。たぶん、僕が働いているフロアのなかで一二を争う可愛さではないだろうか。
僕にとっては待望のバイトさんだった。
なにせ、今までなんでも一人でやっていた。
中国は不思議の国。
ここで仕事をしていると、想定外のハプニングの連続だ。
「うそー」
と、毎日、声が裏返る。「なんでそんなことまで確認しなくちゃいけないの?」というようなことまでいちいち確認しなくちゃいけない。おまけに、ネットの通信速度が遅いから、メールを開くのにかなり時間を食ったりもする。めちゃくちゃ忙しいのに、お客さんに出す資料のホッチキス止めさえも、国際宅配便の手配も、すべて自分独りでやっていた。
そんなところへ手伝ってくれる人ができたのだから、ほんとにほっとした。これですこしはカリカリしなくてもよさそうだ。カリカリするのは好きじゃない。でも、追われているとどうしてもそうなってしまう。
バイトといっても、普通のアルバイトとはちょっと違う。
彼女には「実習生」ということで入ってもらっている。
中国の大学では「実習生」という制度がある。インターンシップだ。
すべての大学生は、四年生の時、何か月間か企業で実習しなくてはいけない。そうしなければ卒業できないのだ。ほかの国でどうなっているのかは知らないけど、この制度は「労働」を重視した社会主義の時代の名残りだろうか。
実習生は、卒業後もそのままその企業で勤めてもいいし、別の会社に移ってもいい。僕としては、今のうちにビジネス日本語をみっちり習得してもらい、来年も続けて勤めてくれれば、なんて思っている。仕事の内容がわかっている人が社員になってくれれば、いろいろとはかどるから。もちろん、卒業してからどうするかは、彼女が決めることだけど。彼女自身の人生なのだから。
かわいい実習生がきたという噂はすぐに広まり、日本人の同僚が連れ立って僕の席へやってきた。二人とも物欲しそうな顔だ。
「新人さんはどこにいるんですかあ?」
と、僕に問いかける鼻の下がすでに伸びきっている。まぬけな犬面。
ちょっかいを出されたり、変なことをされてはかなわない。
やっとこさ入ってきてくれた実習生なのだ。大切に育てて一人前の日本語使いにしなくてはならない。僕は責任重大なのだ。
ちょうど彼女が席を外していたところだったので、
「今、総務へ行って手続きをしています。時間がかかると思いますわ」
とかなんとか適当なことを言って体よくお引取りいただいた。
帰りの通勤車のなかでは、別の日本人の同僚が、
「あの女の子の名前はなんていうんですか?」
と、にやけた顔で訊いてくる。
「聞いてどないすんねん?」
僕は思わず意地悪になる。年頃の娘を持ったお父さんのような心境だ。変な虫がついてはかなわないと心配になってしまう。
「名前くらいいいじゃないですか。ボクは結婚しているんですよ」
「そんなん関係あらへんやろ」
実際、関係ない。浮気する男のいかに多いことか。
「そんなじゃないっすよ。うちのチームの男の子に紹介してあげたいなって」
「あかんで。仕事しにきてもらってるんやから。まずは、みっちり仕事を覚えてもらわんと」
と、釘をさしておいた。
妙なことになって、彼女に辞めるだなんて言われた困ってしまう。日本語を勉強している学生はたくさんいるけど、まともな日会話のできる人はあんまりいない。辞められてしまえば、代わりの人を探すのにひと苦労もふた苦労もするのは目に見えている。
そんなこんなで、しばらくは「虫」を追い払うのに労力をさかれそうだけど、ともあれ、早くビジネス日本語を覚えて、すこしでも僕を手助けしてもらえれば非常に助かる。
ところで、折り入って読者諸子にお願いがある。
そんなめっちゃかわいい子を面接して、即採用を決めたのはいったいどこの馬の骨なのだという根本的な問題には、決して触れないでいただきたい。ここはひとつ、武士の情けということで、スルーしていただきたい。
まったく、男ってやつはよ。