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冒険者の街で、今日もパンを焼いています  作者: 白波 いつき


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8/13

太陽の日の、昼ごはん

店の中には、窓から差し込む光がやわらかく広がっていた。


 朝の光は強すぎず、床やカウンターの上に、淡い輪郭を落としている。

 営業日ではないせいか、空気も少しゆったりしている気がした。


「そこに座ってください。冒険者さんは……えっと」


 声をかけると、冒険者さんは一瞬だけ迷うように立ち止まり、それから奥の席へと腰を下ろした。


 椅子を引く音も、どこか控えめだ。


「自己紹介、してなかったね」


 そう言って、彼は少しだけ背筋を伸ばした。


「ユリウスです。一月ほど前から、この街にお世話になっています」


「ユリウスさん。私はリラ。こっちはオモチです」


 紹介すると、オモチは「よっ」という感じで、片手を上げた。

 いつもの軽い仕草だ。


 ユリウスさんは、いつも窓販売の時間に来る。

 こうして店内にいる姿を見るのは、たぶん初めてだと思う。


 私はカウンターに戻り、紙袋をいくつか用意して、机の上に並べた。


「昨日の売れ残りなんですけど」


 袋をひとつずつ開いて見せる。


 ガーリックバケットと、クリームパン。

 それから、ベーコンエピ。


「晩ごはん用に、どうぞ」


 そう言うと、ユリウスさんは少し驚いたように目を瞬かせた。


「そんなにいいの? リラさんの分は、ちゃんとある?」


「ええ。売れ残りで申し訳ないですが……宿には、オーブンとかあります?」


 問いかけると、彼はほっとしたように表情をゆるめた。


「ある!それなら……ありがたく購入させてもらうね。本当に助かります」


 少し間を置いて、気まずそうに続ける。


「晩ごはんこそ、携帯食になると思ってたから」


 その言葉に、胸の奥が少しだけゆるむ。


 嬉しそうな顔を見て、ほっとした。

 休日に声をかけてしまったから、迷惑だったらどうしようと、少し気になっていたのだ。


 私は作業台に戻り、朝に仕込んでおいた生地を取り出した。


「私も、お昼はこれからなんですよ」


 そう言いながら、生地を台に置く。

 めん棒で伸ばすと、ひんやりとした感触が手に伝わった。


 魔導保冷庫を開け、切っておいた野菜とベーコンを取り出す。


「せっかくだから、一緒にどうですか」


「……いいのか?」


「はい。お急ぎでなければ」


 少し考えてから、続ける。


「カルツォーネっていう、野菜とベーコンの包み焼きみたいなものです。パン生地ごと食べます。今から焼くので、少し時間はかかりますけど」


 そう言って、生地の上にトマトと玉ねぎとベーコンをのせた。

 仕上げに、特製のジェノベーゼソースを回しかける。


 折りたたんで、オーブンへ。


 扉を閉めると、ほどなくして火が入る音がした。

 その音を確かめてから、鍋のほうへ向き直る。


「スープもありますよ。アサリの。苦手じゃなければ」


「スープ……」


 少しだけ、意外そうな顔。


 そうだよね。

 いつも、パンに一直線ですもんね。


「この店のスープ、飲んだことないですよね」


「すみません。今まで、パンしか見てませんでした」


 うん。

 知ってる。


「きゅうぅー」


 ばつが悪そうな表情に、思わず笑ってしまう。

 オモチは「はあ」と言いたげに、両手を上げていた。


 鍋を軽く揺らす。

 貝殻が、かちりと鳴って、湯気がふわりと立ちのぼる。

 アサリと、少しだけ根菜を入れた、身体にやさしいスープだ。


「昨日、市場で仕入れたんです。身は小さいですけど、出汁がよく出る種類で」


 器に注ぐと、透明感のあるスープの中で、アサリが静かに沈んだ。

 立ちのぼる匂いは、海そのものというより、どこか甘い。


 オモチが椅子の背からテーブルへ移動して、鍋を覗き込む。


「きゅ」


「熱いから、気をつけてね」


 タイミングを見て、オーブンを開けた。

 カルツォーネは、表面がきれいに色づいている。


 取り出した瞬間、香ばしい匂いが店内に広がった。


「どうぞ」


 机の上には、焼きたてのカルツォーネと、アサリのスープ。

 昨日の晩ごはんで切った野菜が残っていたので、簡単にサラダも添えた。

 ニンジンのドレッシングをかけて。


 うん。我ながら、美味しそうだ。


 オモチには、りんごとナッツを数種類。

 それから、ブルーベリーベーグルを小さく切って皿にのせる。


 すると、お行儀よく皿の前に腰を下ろした。


「きゅっきゅうー」


 オモチの声を合図に、一緒に食べ始める。


 ユリウスさんは、まずスープを口に運んだ。

 ひと口。

 それから、もうひと口。


 動きが止まる。


「……」


 ゆっくりと息を吐いてから、ぽつりと言った。


「……美味しい」


「よかったです」


 ほっとして、自然と声がやわらぐ。


「正直、スープってどこも似たようなものだと思ってた」


 そう前置きして、もう一度スプーンを入れる。


「でも、これは違う。貝の味がちゃんとあって、すごく飲みやすい」


「アサリは、出汁がしっかり出ますから。飲み応えありますよね」


「……これ、すごいな」


 思わず、笑ってしまった。


「……ああ。これ、ワイン飲みたくなるやつだ」


 心の底から悔やむような声に、私も神妙に頷く。


「わかります。私も、今そう思いました」


 でも、と続けて笑う。


「さすがに今日は準備がなくて。代わりに、こちらなんてどうでしょう。最近、流行ってるんですよ」


 棚から瓶を取り出す。


「ソーダです」


「へえ」


 グラスに注ぐと、細かい泡が静かに立ち上った。


「エルディア商業都市から流行った飲み物なんです」


「エルディア?」


「はい。向こうにいたとき、よく飲んでて」


「そうなんだ」


「最初は、このパチパチ感が苦手な人もいるみたいなんですけど」


 グラスを差し出す。


「慣れると、クセになりますよ」


 ユリウスさんは受け取って、一口飲んだ。


「……ああ、これは」


「さっぱりしますよね」


「確かに。料理のあとにいいな」


 オモチが興味深そうに、グラスを覗き込む。


「きゅ」


「ふふっ。これは飲めないよ」


 そう言うと、少し不満そうにしっぽを揺らした。


 そんな姿を横目にカルツォーネを割ると、中から、ふわりと湯気が立ち上る。

 生地の香ばしさが、さっきのスープの余韻と混ざった。


「……これも、美味しい」


「ありがとうございます」


 短いやり取りだけれど、不思議と落ち着く。


 ゆっくり食べて、

 ゆっくり飲んで。


 言葉がなくても、気まずさはない。

 気づけば、時計の針が、思っていたよりも進んでいた。


「そういえば」


 ユリウスさんが、思い出したように言う。


「エルディアの話、さっきしてたよね」


「あ。はい」


「俺も行ったことあるんだ。でも、その時はソーダは見当たらなかったな」


「え?」


「以前は、別の仕事をしていて。その頃に少しだけ」


「そうなんですか。え、じゃあ、市場の三番通りとかにも行ったりしました?」


「行った行った。昼過ぎになると、急に人が増えるところだよね」


「そう。それです。あそこに行くの好きだったんですよ。宝探しするみたいで」


 思わず、笑った。


「川沿いの道とかは?ベンチとかもあった覚えがある」


「あそこ、風が気持ちいいですよね。休みの日にオモチとノンビリしに行きました」


「きゅきゅいっ」


「いいね。それ」


 同じ街を、違う立場で歩いていた。

 それだけで、話が自然と続いた。


「私、商会の仕事をしていた頃に、色々回ったんですけど」


「うん」


「結局、ここに落ち着きました」


「へぇ。この街が一番気に入ったってことだよね?」


「はい。なんだか、ちょうどよくて」


 ユリウスさんは、少し考えてから言った。


「それは、なんかわかる」


「本当ですか」


「騒がしすぎないし、静かすぎもしない。街のつくりも独特で、他では見ないよね。街と森が、うまく混ざってる感じで」


「そう。それです。街にいても、何とも言えない安心感と癒やしを感じるんです」


 オモチが、間に入るみたいに鳴く。


「きゅ」


「君も、ここが好き?」


「きゅう」


「ははっ」


 ユリウスさんは、小さく笑った。


 話題は、また別のことへ移っていく。

 気づけば、ひとつ、またひとつと増えていた。


 外の光が、少し傾いている。


「……長居しちゃったね」


「私は暇だからいいんですけど、ユリウスさんは大丈夫でした?引っ越しで忙しかったんじゃ?」


 そう言って、立ち上がる。


「うん。大丈夫。久しぶりに休日を満喫したよ」


 ユリウスさんも立ち上がり、紙袋を抱えた。

 パン代と、ランチ代を支払ってくれる。


「多いですよ」


「お店、開けさせちゃったから。本当に楽しかったし、貰っといて」


 そう言われて、断るのも悪いので、ありがたく受け取った。


「今度からは、絶対スープも買うよ」


「ありがとうございます」


 笑いながら、扉まで見送る。


「じゃあ、また」


「はい。また」


 扉が閉まる。

 店の中に、ゆっくりと静けさが戻った。


 オモチが、こちらを見上げて小さく鳴く。


「きゅ」


「今日は、いい太陽の日だったね」


 そう言って、空いた器を片付け始めた。


 木陰のベーカリーには、今日も、

 穏やかな時間が流れていた。

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