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冒険者の街で、今日もパンを焼いています 〜小さな魔獣との静かな暮らし〜  作者: 白波 いつき


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帰る場所を、選んだ日

 お店は、思っていたよりも静かだった。

 灯りはやわらかく、客の声も落ち着いている。

 騒がしさはなく、料理の香りと、ゆるやかな会話が空間に溶けていた。


 席に案内され、向かいに座る。


 オモチのことも事前に伝えてくれていたらしく、驚くことにオモチ用の席も用意されていた。

 オモチは嬉々として席に着き、満足そうに周囲を見回している。


 ユリウスはいつも通りの様子で、メニューに軽く目を通していた。

 ただ、たまに見る休日の格好よりもどこか整っていて、ふと、視線が止まる。


 ――ああ、この人、顔が良かったんだ。


 今さらのように思い出す。


 商会にいたころ、セオドアを筆頭に、奥様キラーと呼ばれる面々は嫌というほど見てきたはずなのに。

 なぜか、少しだけ落ち着かない。


 胸の奥が、くすぐったいような、むずがゆいような感覚になる。


 ――もっとましな洋服を着てくればよかった。


「どうかした?」


 顔を上げたユリウスと、視線が合う。

 どうやら気づかれていたらしい。


「いえ、何でも」


 軽く首を振ると、柔らかい笑みが返ってきた。


 うん。

 商会にいたら、きっと奥様方に人気が出ただろう。


「食べたいものはある? ここは特に川魚の香草焼きが美味しいって聞いたんだ」


「そうなんですね。ぜひそれを。私は特に苦手なものもないので、お任せしてもいいですか?」


 ユリウスは小さく頷き、それから店員に注文を伝える。

 ダルクが話していた、柚子を使ったお酒もあるようで、それも一緒に頼んでくれた。


「今日は栗拾いを手伝ってくれてありがとうございました」


「こちらこそ、急に誘ったのに来てくれてありがとう。オモチもありがとう」


「きゅう」


 柚子酒の入ったグラスを合わせる。

 オモチもリンゴ果汁の入った小さなコップを持ち上げ、こつんと音を立てた。


 お酒をひと口含むと、やわらかな柑橘の香りが広がる。

 そうしているうちに、次々と料理が運ばれてきた。


 焼きたてのパン。

 香草の効いた川魚のグリル。

 川エビのアヒージョ。


 この地域でとれる野菜と軽く炙った魚のピンチョスは、ひと口ごとに味がほどける。

 ナッツをふんだんに使ったソースがかかったオムレツに、オモチは大感激で、顔からぶつかるようにして食べていた。


「ちょっと、落ち着いて」


「きゅ」


 うん。まったく落ち着く気配がない。


 諦めて川魚のグリルを口に運ぶ。香ばしさと、やわらかさと、油のコク。それらが重なり合い、体の奥へじんわりと染みていく。


「美味しい」


「良かった。聞いた甲斐があったよ」


 ほっとしたように息をつくユリウスを見て、わざわざ店を調べてくれたのかと、少しむずがゆい気持ちが浮かぶ。


 話題は自然と、今日のことや、店のこと、街のことへと流れていった。


「栗、思ったより取れたな」


「ですね。しばらくはお店が栗尽くしになりそうです」


「いいね。楽しみだ」


 そう言って笑うユリウスを見て、リラもつられて笑った。


 特別な話をしたわけではない。

 それでも、時間はあっという間に過ぎていった。


 ふと、会話が途切れる。

 けれど、それは気まずさにはならなかった。


 食器の触れ合う小さな音。

 遠くの席から聞こえる笑い声。


 その中で、ただ同じ時間を過ごしているだけで、何故か気持ちが落ち着いていく。


(……不思議)


 こんなふうに、何も起きていない時間が心地いいと思うことは、これまであまりなかった気がする。


 店を出る頃には、夜もすっかり深まっていた。

 外に出ると、ひんやりとした空気が頬を撫でる。


「送ろうか?」


「いえ、大丈夫です。ユリウスさんは明日出発なんですから、早く戻って休んでください」


「うきゅぅ」


「ははっ、ありがとう。そうするよ」


「明日、お見送りに行きますね」


 そう言うと、ユリウスは笑顔を浮かべて頷いた。


「じゃあ、また明日」


「はい」


 それだけで、自然と別れた。

 振り返ることもなく、それぞれの方向へ歩き出す。


 夜の街は静かで、足音だけがやけに大きく響いた。


 少しだけ、胸の奥が落ち着かない。

 けれど、その理由は、まだ言葉にできないでいた。


---


 翌朝。

 空気はまだ冷たく、街は起きたばかりのように静かだった。

 南門へ向かうと、すでに数人の姿が見える。


 ダルクとロイが、大きな荷物を背負って立っていた。


「あれ?」


 こちらを振り向いたダルクが、目を丸くする。


「リラ来てたのか!?」


 思わず足を止める。


「言ってくれよ! 何だよ、ユリウスには会ったのか!?」


「え?」


 思わず瞬きをする。


 ユリウスさんから、聞いていない?


 ロイも横から顔を出す。

 その口元は、にやにやと緩んでいた。


「聞いてないぞ、俺ら」


「……え?」


 一瞬だけ、言葉が止まる。

 これは、あまり正直に言わないほうがいいやつかな。


「昨日、たまたま会って……」


「たまたまって顔じゃねぇだろ」


「うるさいですよ」


 軽く返すと、ダルクが楽しそうに笑い、ロイのにやにやはさらに深くなった。


 セインはあきれた顔をしつつ、荷物を馬車へと積んでいる。

 いつも通りのやり取りだ。

 それなのに、どこか落ち着かない。


 なんだろう。

 少しだけ、こっぱずかしい。


 深く考えるほどのことでもないはずなのに、妙に気になる。


 そのとき、ユリウスがこちらに歩いてきた。


 視線が合う。

 ほんの少しだけ、困ったように笑った。


「ごめん」


「え?」


「リラに会えるのが嬉しくて、ダルク達に言うの忘れてた」


 あまりにもあっさりとした言葉に、一瞬、意味がうまく飲み込めない。


「……へ?」


 間の抜けた声が出る。

 ユリウスはそれ以上は何も言わなかった。


 代わりにロイが、横から声を上げる。


「本当に忘れてただけですか~?」


 からかうような声音だった。

 ユリウスはそれを聞こえないかのように受け流し、ただ、少しだけ目を細めてこちらを見る。


「また、フォルネアで。オモチもまたな」


「うきゅ」


 それだけを残して、背を向ける。

 騒ぐダルク達と合流し、そのまま門の外へと振り返ることなく、歩いていく。

 やがて距離が開き、それでもダルクたちが、大きく手を振っていた。


 その姿が、少しずつ小さくなっていく。


 やがて完全に見えなくなってから、リラは小さく息を吐いた。


 胸の奥が、ほんの少しだけ落ち着かない。


(……何だろう)


 嫌な感じではない。


 むしろ、なんというか――


 どうしようもなく、騒ぎたくなる。


「うきゅ」


 肩をポンポンとオモチが叩いた。



 そのあとは、トヨに頼まれていた買い物を済ませる。


 パンに合いそうな干し肉と、香草。

 それから、少しだけ珍しいチーズも見つけた。


 袋を抱えて、通りを歩く。


 ふと、足が止まり、南門の方を見る。

 さっきまで、あそこにいた。

 それだけなのに、もう少し、遠くに感じる。


「きゅ」


 肩の上で、オモチが鳴く。


 リラは小さく笑った。


「……帰ろうか」


 自然と、言葉がこぼれる。

 視線を前に戻し、歩き出す。


 足取りは、ほんの少しだけ早くなっていた。


「フォルネアに」


 パンの匂いがする場所へ。


 待っていてくれる人がいる場所へ。


 自分が選んだ場所へ。


 そう思えたことが、少しだけ嬉しかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

本作はここで一度、更新を区切らせていただきます。


現在、全体の構成や流れを見直しながら、最終話まで書き上げた上で、改めて投稿していく予定です。


少しお時間をいただく形になりますが、より良い形でお届けできるよう整えてまいります。


また再開した際に、改めてお読みいただけましたら嬉しいです。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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