太陽の日の午後と、届いた手紙
太陽の日の午後は、少しだけ時間がゆるむ。
通りの喧騒が落ち着き、窓から差し込む光がゆっくり床を移動していく。
午前中に森へ入っていたせいか、体の奥にほどよい疲れが残っていた。
重くはない。ただ、よく動いた日の心地いいだるさ。
裏口を閉めると、店内はしんと静まり返る。
机の上に置かれた封筒へ、ふと視線を落とした。
深い藍色。厚みのある紙。
封蝋には、見慣れた商会の紋章。
指先でなぞる。
……懐かしい。
「きゅ?」
オモチが机に跳び乗り、封筒を覗き込む。
食べ物ではないと分かると、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「前に働いていた商会からだよ」
封を切る。
紙の擦れる音が、やけに大きい。
整った筆跡。
差出人は――
かつて商会でお世話になった女性、マーガレットだった。
——あの時はごめんなさい。あなたには酷なお願いをしたと、今でも後悔しています。
でも、あの時、彼の目を私に向けるにはそれしかないと思っていました。
まばたきをする。
マーガレットは、商会の若主人セオドアの婚約者だった。
そして私は、その婚約には少し都合の悪い立場にいた。
——彼がまた孤児を拾いました。
あなたの話をしていた時と、同じ顔で。今はその子を慈しんでいます。
本当に、私のことを何だと思っているのか。
ふ、と息が漏れる。
「相変わらずだなあ」
怒りは湧かない。
胸も痛まない。
彼――セオドアは、優しい人だ。
困っている誰かを放っておけない。
本物の善意だと思う。
けれど。
そのやさしさは、いつからか私には随分と窮屈なものになっていた。
「大丈夫か」
「無理をするな」
九歳の頃も。
十九になっても。
変わらない声で、同じ言葉をかけてくる。
私はずっと、守られる側のままだった。
紙をそっと畳む。
あのとき、商会を離れるよう言われたとき。
不思議と抵抗はなかった。
あの場所にいれば、きっとずっとそのままだと分かっていたから。
一生“かわいそうな娘”でいなくていい。
そう思えた。
封筒の中には、もう一通。
こちらは、力強い筆跡だった。
——元気にしているか。
——困ったら、いつでも戻ってこい。
——無理をするなよ。
「……無理なんて、してないけど」
今の私は、ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、ちゃんと店を回している。
誰かに守られなくても、生きていける。
もちろん、あの商会で過ごした日々を後悔しているわけではない。
あの場所があったから、私はここまで来られた。
ただ——
彼のやさしさは、ずいぶん前に必要なくなっていた。
それだけだ。
便箋を丁寧に重ね、封筒へ戻す。
紙が擦れる、かすかな音。
机の上では、オモチが森の木の実を前足でつついていた。
ころり、と転がる。
窓から差し込む光が、その丸い実を淡く照らしていた。
「きゅ」
見上げる青い瞳。
「あとでね」
小さく笑い、ペンを取る。
インク壺の蓋を開けると、かすかに鉄の匂いがした。
午後の静けさの中、ペン先が紙に触れる音だけが、やわらかく響いた。
——お元気そうで安心しました。
彼は、あなたが隣にいるのですから、きっと大丈夫なのだと思います。
少しだけ考えて、言葉を足す。
——私がお世話になっているご夫婦が、以前こんなことを話していました。
喧嘩も、ときには必要なものだと。
お互いの気持ちをすり合わせるための、大事な時間なのだと。
あなたなら、きっと上手に向き合えるのではないでしょうか。
私の近況も、ささやかに添え、ペンを止めた。
もう一通。
——私は元気です。
今は、自分の店を持っています。
最後に、短く。
——今まで、本当にありがとうございました。
封をして、机の端に置く。
引き出しを開けると、赤いリボン飾りのついた髪留めがある。
深い赤。金糸の縁取り。葉の形の金具。
逃げた夜、鞄に押し込んだまま、何となく捨てられずに持っている。
母が見れば、きっと分かるだろう。
そう思うのは、私の只の願望かもしれない。
でも、それを確かめる日は、来なくていい。
そっとしまい、窓を開ける。
夜の風が、店内を通り抜ける。
昨日焼いたパンの甘い匂いが、かすかに揺れた。




