(9-10)
「俺の部屋は隣か?」
キージェが動揺を隠しながら無精ひげを撫でると、クレアは口に手を当てくすりと笑った。
「あら、ご夫婦なんでしょ?」
本当にそう思っているのか、からかっているのか、赤くなるキージェの腕をクレアが軽く揺する。
「こんな可愛い奥さんと一緒ですもの、遠慮しなくていいのよ」
「やだぁ、そう見えます?」
目をキラキラさせたクローレがまとめた銀髪のピンを外してベッドから立ち上がる。
「え、ご夫婦だったんですか!?」と、後ろからついてきていたミーナまでもが本気にしてしまう。「全然そんな風に思わなかった」
――いや、あんたが正常だから。
クローレは頬を赤らめ、身をよじりながらキージェの胸をつつく。
「ねえ、キージェ、夫婦だってよ!」
「冗談に決まってんだろ。真に受けんな」
「なによ、照れちゃって」と、唇をとがらせつつ、指ツンツンが止まらない。
「いくつになってもかわいい殿方ね」
相変わらずクレアは本気なのか冗談なのか区別がつかない。
――ふーふ、うふふ。
ミュリアの心の笑いまでがキージェを動揺させる。
クローレが腰に手を当て胸を張った。
「でもさ、リーダーの私が一緒の部屋でもいいって言ってるんだから、いいよね?」
「おまえ……あ、ええと、リーダーはミュリアと一緒に寝ればいいだろ。俺は隣にいくぞ」
言葉づかいを気にする余裕もなく、もはや従者という設定など吹っ飛んでいた。
「つまんないの」と、クローレは頬を膨らませつつ、ミュリアを呼び寄せ、もう一度ベッドにドスンと腰掛ける。「ま、いっか。野営とは大違いだね、ミュリア」
雪狼は、犬のふりをして尻尾をしきりに振り、ご機嫌な姿をクレアに印象づけている。
「じゃあ、ご夫婦、二部屋ってことでいいのね」
「あ、そうしてくれ」と、キージェは自分から隣の部屋をのぞきに行った。「夫婦じゃねえけどな」
部屋の入り口に並んだ瞬間、クレアが耳打ちした。
「あなた、兵士だったでしょ」
キージェの心臓が跳ねた。
「しかも、腕はかなりのようね」
クレアの目は、柔和な笑顔とは裏腹に、鋭く刺さってくる。
キージェは腹を据えた。
「あんたもただの宿屋のかみさんじゃないな。あの弓は今でも手入れされている」
「さすが、よく見てること」
「しかも、あの矢についてるのは対人殺傷用の鏃だ。冒険者にしては、ずいぶんと物騒じゃないか」
「防犯用……と言っても、納得しないでしょうね」
うふふと、余裕の笑みをこぼす仮面の下には、何を隠しているのか読めない。
こちらの手の内をすべてさらしたところで出方を探ろうとしたが、それ以上追求する気はないらしい。
感想、ブクマ、評価ありがとうございます。




