優しい罰
――辰さん、しっかりして……。
強く願って、術をかけ続ける。抱き留めた辰さんの、冷たいからだが温もるように。
ぴちゃ、と真っ赤な血が床に水たまりをつくっていて、怖い。うう、と涙がこみ上げてしまう。
――僕はどうなってもいい。辰さんをたすけて……!
そう、強く願ったとき……目の前が、急に真っ白になった。
「辰さんっ……!」
自分の叫び声で、目が覚めた。
いちばん初めに、絹の天蓋が目に飛び込んでくる。一瞬、どこにいるのかわからなくって、目を瞬いた。
「……ぁ……?」
ここはどこ!
廃墟に辰さんと一緒にいたはずなのに。どうして――。ひどく混乱していると、帳が勢いよく跳ね上がった。
「羅華様っ!」
「梅……?」
泣き腫らした顔のねえやは、ほとんど滑り込むように寝台の側に跪いた。
「よかった……目を覚まされて……!」
ぎゅ、と手を握られる。優しいねえやの温もりに、じわりと目頭が熱くなる。
「め、梅……僕……」
声がかすれて、上手く話せない。梅は清潔な手巾で冷や汗と涙に濡れた頬を、拭ってくれた。
「ご安心ください。ここは玄家ですわ。若君様と一緒に帰ってこられたのですよ」
励ますような囁きに、ひゅっと息を飲む。
――意識を失う直前に、お兄様の声が聞こえた。気のせいじゃなかったんだ……!
僕は、がばりと身を起こした。
「し、辰さんは!? 辰さんは、どこっ……!」
「羅華様っ? そんな急に起きられては――」
「辰さん……!!」
ぎょっとしている梅の制止を振り切り、寝台から転びでる。僕は、裸足のまま室を飛び出した。
廊下を駆け抜けていくと、侍女や衛兵がぎょっとして振り返る。でも、僕は気にしなかった。
――辰さん、辰さん……! 無事だよね……?
最後に見た血まみれで目を閉じている姿が、焼き付いてる。恐怖のせいか、足に力が入らなくって、よろけながら走った。
勢いよく回廊の角を曲がったとき、ぼすりと壁のようなものにぶつかる。
「羅華様!?」
「あ……!」
文徳さんだった。驚いた顔で、僕の肩を支えてくれている。
「なぜ、このような場所に……!? しかも、そのお姿は……!」
「文徳さん、辰さんは……!?」
襟に掴みかかるようにして聞くと、文徳さんはぐぇと呻いた。追いついてきた梅が、「羅華様」と僕の肩に手を添える。
「し、辰ですか。あやつは――」
「……!」
暗い顔をした文徳さんに血の気が引く。ふら、と目眩がして、石の床にへたりこんでしまう。
「羅華様、大丈夫でございますかっ? 梅殿、すぐ室に……」
「はい……!」
慌てる文徳さんの裾を掴み、懇願した。
「お願い……辰さんのところへ連れてって……!」
*
渋る文徳さんを説得し、医館に連れてきてもらった。玄家には、医館と言う負傷者や病気の人が静養するための館があるの。
辰さんは、重傷の人が使う棟にいるらしい。強い薬草の匂いに、不安が募っていく。冷たい石造りの廊下を走り、戸を押し開いた。
「……辰さん!」
「羅華様!?」
入り口の近くに立っていた武人さんが、驚いている。
燭台の火に照らされ、ほんのりと赤い部屋には、人が詰めよせていた。僕は武人の人達をすり抜け、部屋の奥に据えられた寝台に向った。その側に、薬師のおじいちゃんが座っていて。近くの壁に凭れて立っているのは――お兄様だった。
「羅華。もう起きられるのか?」
「お兄様……! 辰さんは?!」
黒い目を瞠るお兄様に、僕は息を切らして叫んだ。すると、長い指がついと寝台を指したんだ。
「そこにいるよ。見てごらん」
診察の為に、少し開いたままの帳から、横たわる人影が見えた。僕は、まろぶように近いて、帳の中に入った。
「あ……!」
辰さんが、寝台に横たわっていたんだ。血の気の失せた顔で、瞼を閉ざしてる。白い包帯が、逞しい肩や腕を広く覆っていた。
ぴくりとも動かない様子に、ぞっとする。
「し……しんさん……先生、辰さんは」
「ご安心を。眠っておられるだけです。……腕や、肩の傷は深手でしたが、出来ることは致しました。武人の方々は普段から鍛えておられますので、あとは回復を待つのみかと……」
「私が来るまで、羅華が四呪を送り続けていただろう。そのおかげで、重篤な状態にならなかったそうだ」
「あ……」
お兄様の慈しみ深い声を聴いて、僕はへなへなと崩れ落ちる。
――辰さん……よかった……。
安心して、ぽろりと涙が溢れ出した。
辰さんが、生きてる。助かるんだ……。そう実感して、胸の奥から、あたたかいものがほとほとと溢れ出してきた。
手のひらで顔を覆って、ぐすぐすと啜り泣いてしまう。すると、肩にぽんと温かい手が乗った。
「羅華。お前もまだ、寝ていないといけないはずだよ」
「おにい、さま……」
びしょびしょの顔を上げると、ぴんと額を弾かれる。
「いたっ」
「まったく。あと少しで、呪力を使い果たすところだったのだ。私が、すぐに四呪を吹き込んだから良いものを……無茶をしたな」
伽羅の焚きしめられたお袖に、ぎゅっと抱きあげられる。
「さあ。兄様が室まで送ってあげる」
「え……! 僕は、まだ……」
辰さんの側に居たい、と言いかけた僕に、お兄様がにこりと笑う。
「駄目だよ、羅華。これは罰だもの。兄様と、麗瑶……そして、仕える者達に心配をかけたことのね」
「……っ」
重く響く言葉に、僕は目を見ひらいた。
そこで、やっとお兄様たちに酷く心配をかけたことに、思い至ったんだ。
室の入り口で、ずっと心配そうにしている梅と、文徳さんのやつれた顔にも。遠くにいるお姉様だって、この件を知られたら、どれほど胸を痛めるだろう。
それに――。
「何より、辰が喜ばないだろう。せっかく守ったお前が、自分の見舞いのために病になったとあってはな」
お兄様の言葉に項垂れる。ぐうの音も、でなかったから……。
寝台で眠る辰さんを、じっと見つめる。
――側に居たい。でも……きっと、辰さんは喜ばない。
わがままを通すかわりに、僕はぎゅっと目を瞑り、お兄様と皆さんに頭を下げた。
「心配かけて、ごめんなさい……!」
大きな声で謝ると、皆さん驚いたように顔を見合わせている。
僕のせいで、皆さんに大変な迷惑をかけたこと。大切な仲間の辰さんにも、大けがを負わせてしまったこと……本当に、申し訳なかったって思う。
「助けてくれて、ありがとうございました」
小さくなる僕に、お兄様はふっと笑った。
「よろしい。辰には、あいつが目を覚ましてから謝っておやり」




