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純粋なままで

 文徳さんの案内で、僕達は玄家の駐屯地へ向かったんだ。はぐれないように手をつないで、市街の中心にある大きな建物に近づいてく。


「わあ……すごい、立派な場所だぁ……」


 僕は、目の前にある荘厳な造りの建物を見上げ、ポカンと口を開けた。

 大きい。そして――広い。開け放たれた門から、青みがかった白い壁の大きな建物と、お手入れの行き届いたお庭が見える。金属でできた太い門柱の、精巧な龍がぐるりと巻きつく意匠が、いかにも強そう。

 

 ――なんだろう。綺麗なのに、張り詰めてる? 肌がピリピリするや……。

 

 袖の上から腕をゴシゴシ擦っていると、文徳さんがこそこそと囁いた。


「そちらではございませぬ。早う、こちらへ……!」

「えっ?」


 びっくりしてると、梅も苦笑して僕の手を引いた。


「参りましょう、羅華様」


 文徳さんは高い塀を迂回すると、市街の入り組んだ細い道をどんどん歩んで行った。右に行ったかと思えば、左。また、その逆――。蛇さんになった気持ちで進んでいくと、白かった壁が、どんどん塗装の剥がれた古いものに変わってくみたい。


「どうして、こんな場所に……」


 梅が困惑気に呟いて、繋いだ手に力をこめる。僕も、ぎゅっと握り返した。

 やがて、細い通路の突き当りに出る。ぼろりと崩れそうな壁に、歪んだ木戸がいくつも取り付けられてる。――誰かの家の、お勝手口なんだろうか?


「さあ、こちらにございます」


 文徳さんは、一番端のひとつを開けて、手招いた。


「わぁ……」


 中に入って、僕はくるくると四辺を見回した。――中は、駐屯地と言うより、誰かの家みたいだった。部屋の中央に木の机があって、疲れていそうな小父さんがひとり眠り込んでいる。

 広さと言うと、僕の部屋より狭いくらい。壁が歪んで、木の床には砂埃が溜まってて、歩くたびじゃりじゃりした。


「こ……ここが、玄家の駐屯地?」


 梅は、呆然としてる。文徳さんが、得意そうに頷いた。


「その通り。やあ、小父さん。元気にしていたかい」


 どろどろしたお粥の中に、顔を突っ込みそうになっていた小父さんの肩を文徳さんは叩く。小父さんが呻いた瞬間……口から鱗粉みたいに光が散った。


「あの、おじさん……式神?」


 思わず呟くと、文徳さんがにっと笑った。


「さあ、羅華様! 梅殿も、移動しますぞ――!」


 文徳さんの指示の通り、僕達は全員で手を繋いだ。みんなで手を繋ぐなんて楽しいな、と思ってたら、文徳さんが帯に下げていた玉を取り、高く掲げたんだ。

 

 『(うつつ)の扉よ、開き給え』


 そう唱えて、文徳さんは玉を三度振る。りん、りん、りん――涼しい音が響いたと思うと、床に大きな転移陣が現れる。


「わあ……!?」


 カッ、と眩い光が爆ぜ、目をぎゅっと瞑る。次に開いたときには――目の前に、大きなお庭が広がっていた。

 

 


 さあ、と風が吹き抜ける。

 さっきまで、建物の中にいたのに、今はどこかの庭園みたい。季節の花が咲き誇り、甘い香りが漂ってる。奥手に、屋敷の影が見えた。


「これは、空間転移?」


 梅が、呆然と呟く。文徳さんが、得意そうに胸を張った。


「その通り! これは、文徳特製の転移術にございます。この玉が鍵になっておりましてな、これを持たぬものは出入りが不可能となっております」


 文徳さんの指先に揺れる、青い玉がきらりと光る。――青い玉を鳴らすと廃屋の転移陣が発動して、この立派なお屋敷に連れてきてくれるんだって。また、逆もしかり。

 僕は、興奮にぴょんと飛び上がった。


「すごーい! さすが文徳さん」


 小さなお饅頭ひとつでも、空間の転移させるのって大変なんだよ。それなのに、人間をたくさん移動させちゃうなんて……!


「張殿……やはり、若君様のご側近なのですねぇ」


 梅も、しみじみと呟いてる。

 ふたりで、尊敬の眼差しで見上げていると、文徳さんは少し照れくさそうに両腕を広げた。


「おっほん。おほめに預かりまして、光栄です。では、参りましょうか! この屋敷は我が張家が玄家の為に提供したものですので、ご安心を」


 

 全員で、花の咲き乱れる庭園を歩く。

 瑞々しい葉っぱを見ながら、僕はふと気になったことを聞いてみた。


「ねえ、文徳さん。どうして、こんな風に転移するの? 街の中だと、バーンって襲われちゃうかもしれないから?」


 文徳さんは、「半分、正解です」と笑った。


「実は、都の警備は表立って青龍一門の武辺者である、(ツァン)家が担っております。此度、玄家は王家の密命で動いておりますのでなあ。蒼家の奴らに見つからぬ工夫が必要でして……」

「そうなの?」


 蒼家っていうのは、王家にお仕えする貴族なんだって。青龍の守護を受けていて、この国の大将軍なんだとか……そこまで聞いて、僕はぽんと手を打ち鳴らす。


「じゃあ、さっき、街にあった大きい建物って、蒼家の駐屯地だったんですか?」

「左様で。いかにも雅を解さない武人らしい、つまらん詰所でありましょう」


 ふん、と鼻を鳴らす文徳さん。……ひょっとして、仲が悪いのかな。たらー、と冷や汗をかく。


「あの蒼家の奴らは、我が物顔で都を警備しておりましてな。王家の信任篤き玄家のものと見れば、任務の邪魔をするに相違ありませぬ」


 文徳さんは芝居がかった仕草で、ぐっと拳を握った。僕は、難しいお話に、うーんとこめかみを指でくるくる押した。


「……どうしてでしょう? みんなで都を守ったらいいのに」


 みんな、王家にお仕えする仲間なんだもの。霊符みたいに、みんなで力を合わせれば、きっと大きな力を発揮できるはず――。そういうと、文徳さんは袖で目を押さえた。


「ああ、皆が羅華様のように純粋であれば! しかし、真に王家に忠実なのは玄武の一柱のみ……」

「ぶ、文徳さん? 大丈夫?」


 背を丸めてよよよと嘆きだした文徳さんに、僕は慌てた。


「張殿、芝居はおよしになって。羅華様に妙な事情を吹き込まないで下さいな。若君様に言いつけますわよ」


 呆れ顔の梅が、ぴしりと言う。文徳さんはばつの悪い顔で、むくっと起き上がった。


「わ、わかっておるとも。羅華様がお聞きになられたゆえ……」

「まあ、羅華様のせいになさるの?」

「あわわわ、梅! 僕、聞きたかったから……!」


 僕は慌てて、二人の間に飛びこんだ。


 

 *

 


 詰所、ってことになってるお屋敷は、お庭と一緒でとても素敵だった。一階建ての平たい建物のなかは、素朴だけれど暖かみのある調度品がしつらえられていて。心の落ち着く香が焚かれているのか、とても優しい気配がする。


「これは……張様!お越しになるとはつゆ知らず」


 長椅子に座り、武器を磨いていた武人さんが、血相を変えて立ち上がる。文徳さんは、ひらりと鷹揚に手を振った。


「よいよい、休んでいてくれたまえ。辰に用があって来たのだが、いるか?」

「辰殿でございますか。直に交代のはずですが……」

「そうか。では、待たせてもらうぞ」


 莞爾とした文徳さんに、武人の皆さんは畏まる。

 

 ――文徳さんって、すごく偉い人なんだなあ……

 

 おなじことを思ってそうな梅と顔を見合わせてると、なんだか視線を感じる。


「ん?」


 振り返ったら、武人の人達がソワソワとこっちを見てる。――そのことで、初めましての挨拶がまだだった、って気づいたんだ。僕は、慌てて帷帽を外すと、ぺこりと頭を下げた。


「皆さん、お邪魔します。僕は羅華です。いつも、玄家の為に頑張ってくださって、ありがとうございます」


 そう言って、にっこり笑うと……わっと歓声が上がる。


「羅華様にお会いできるなど、光栄です!」

「われらを鼓舞しに来てくださるとは……!」


 口々に、あたたかい言葉を掛けてもらう。突然訪ねたのに、嫌な顔もしないで歓迎してもらえるなんて。僕はじいんとしてしまう。


「ありがとうございますっ」


 満面の笑みで、皆さんにお礼を言ったときだった。


「……羅華様?」


 低く、驚きを含んだ声が、僕の名を呼んだ。

 どきりとして、振り返る。


「あ……」


 戸口の側で、辰さんが立っていたんだ。たった今帰ってきたみたいに、外套を羽織ってる。緑がかった瞳が、僅かに瞠られていた。


「辰さん……!」


 久しぶりの想い人に、胸がきゅっと痛くなる。

 

 ――どうしよう……久しぶりの辰さん、緊張しちゃうよー……!

 

 助けを求めるように、両隣の文徳さんと梅を見る。それぞれに、力強い頷きと優しい笑みが返る。

 僕は、すう、と深呼吸すると――にこっと笑みを浮かべた。


「辰さんっ」


 パタパタと駆け寄る。


「お仕事お疲れさまですっ。あのね、これ……来る途中でみつけた、美味しいお饅頭で」


 そう言って、お饅頭を差し出した瞬間。


「――何をしてるんです、貴方はッ!!?」


 凄まじい怒声が、空気を震わせた。

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