第12話 世界一美しい
「……風間さんが、好きや」
世界一美しい「好き」という言葉が、波の音に溶けて、私の胸に溶けて、大地を照らす日の光みたいにほの温かく、蓮との思い出を照らした。
蓮の、泣きそうなほど綺麗な表情が、私の目に焼きついた。
竜太刀岬みたいだった。
蓮はずっと、新しい土地で迷いそうになっている私のそばにいて、どっしりとただそこにいて、私の三年間を見守ってくれていた。竜太刀岬と同じ、私の高校生活の象徴みたいな存在だった。
「……ごめん。好きな人がいる、の」
だからこそ、私は蓮にちゃんと伝えなければならなかった。
ありがとう、とさよなら、を。
蓮がくれた大切な思い出を胸にしまって、私は新しい一歩を一人で、歩いていこうと誓ったのだ。
蓮の目が、また大きく見開かれる。そして、ゆっくりと瞬きをした。瞳の奥から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「そうか……知ってたわ」
泣き笑いの表情を浮かべた蓮が、私に右手を差し出してくる。私はその手を握ってもいいのか少しの間迷ったけれど、波の音に背中を押されるようにして、そっと彼の手を握った。
「ありがとうな。俺たちは、同じ夢を見たパートナーやけん。風間さんのことは、ずっと忘れんよ」
繋いだ手から伝わる、蓮の体温を感じながら、私は空を仰ぎ見る。
空は、雲は、太陽は、私たちの不恰好な青春の終わりを、どんなふうに見てくれているのだろう。
「私も、忘れない。好きって言ってくれて、ありがとう。蓮がいなかったら、私はきっと迷子になってたから。だから本当に、感謝してます」
むきだしの私を撮りたいと言ってくれた蓮。私はずっと、自分みたいな根暗な人間なんて、誰からも必要とされていないのだと思っていた。
高知という東京から800kmも離れた土地に来て、友達もできずに青春時代が過ぎ去っていくのを待つだけなんだろうと。
でも、私の三年間をきらきら光る水面みたいに照らしてくれたのは、間違いなく蓮だ。私は蓮にたくさん頭を下げて、繋いでいた右手をゆっくりと離した。
そして、蓮に背を向けて高台の階段を一歩踏み出した。
私の未来への道を、進むために。
竜太刀岬から離れて、自宅へと続く坂道を一人歩いていく。
吹き始めたばかりの春風が、今、初めて暖かく感じている。4月になればもう、撮影で駆け回った竜太刀の町から出ていくなんて、およそ非現実的にも思えた。
潮の香りを全身で感じながら、あと一つ、角を曲がれば自宅に到着する。帰ったら写真の整理でもしよう——と考えていた時だ。
「凛!」
後ろから大声で名前を呼ばれて、私はすっと足を止めた。
そんな、嘘だ。
懐かしい、ここでは聞くことのできるはずのない声。
引力に引っ張られるかのように、ゆっくりと振り返った私は、肩で息を切らしながらこちらに近づいてくる俊の姿に、心臓が跳ね上がった。
「やっと見つけた……凛、どこにいるか全然分かんなくて。この辺、細い道も多くて、見つけ出せるか不安だった。凛の高校に行ってみたけどいなかったから、町中を、走った」
「しゅ、俊、どうしてここに?」
800km離れた東京にいるはずの俊が、竜太刀に存在していることが信じられなくて、まるで二次元世界を切り取ったかのような感覚に襲われた。
「今日、卒業式だったろ。だから、おめでとうって言いたくて」
「ありがとう。って、それだけのために……?」
卒業おめでとう、なんて、電話だけでもすぐに伝えられてしまうぐらいの言葉だ。それなのに俊は、わざわざ時間とお金をかけて私に会いにきてくれた。その意味を、私は知りたかった。
私だって今、本当は俊に会いたくてたまらなかったから。
「いや……それだけじゃない。動画の感想、伝えてなかったと思って」
「動画って、『岩にくだけて散らないで』の?」
「ああ」
そうだ。確かに私は俊に、完成した動画を送っていた。でも、俊は直接伝えたいから、とまだ感想を言ってくれていなかった。もうすっかり忘れていると思っていたのに、覚えていてくれたんだ……。
「俺は映像のことは詳しくないから、いち視聴者としてしか感想は言えないけど。すごく、よかったよ。なんていうか……凛の表情が自然で、この町の雰囲気にぴったりはまってた。凛の、むきだしの心を、俺は初めて見たような気がする。俺は、ガキの頃から凛のそばにいたけど、あの動画を見て、別の凛を知ったというか。それぐらい、いろんな凛の表情が、映し出されてた。動画を撮った蓮ってやつが、どれだけ凛のことを見ていたか、分かったんだ」
切なさの滲むような声で、俊が動画の感想を口にする。
俊はあの動画を見て、知らない私に出会ったと言っていた。むきだし、という言葉が頭の中で反芻する。それは蓮が認めてくれた、自分の魅力のような気がしていた。
ちゃんと伝わっていたんだ。
嬉しい、と思うと同時に、目の前の俊が、旅立っていく娘を慈しむようなまなざしで私を見ているのに気づいた。
俊は、もう私を手の届かない存在だと思っているのかもしれない。




