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おばさんクエスト  作者: 如月天音
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三一 セオリー

 こういう世界の真実を、母親はなかなか認められないようだった。

 もともと騙されやすく、ダイエット納豆だの紅茶キノコだのにいちいちハマる母親である。荷車の鍵を失くしたなどという見え透いた嘘を、疑おうともしなかった。

 振りこめ詐欺にひっかかるのは、このタイプに違いない。

 圭太が疑いを持ったのは、朝、荷車の鍵を開けずに出発した瞬間である。鉄格子の間から、バーガーもどきと水袋が静かに置かれると、疑念は高まった。

 極めつけは、トイレだ。

 どこの世界の人間が、貴重品と食料を貯蔵する荷車にトイレを設置するというのだ。動物運搬車だってトイレはつけない。自分で蓋を開けて使うのは、人間だけだからだ。

 要するに、初めから人間や亜人間を監禁・運搬する目的の荷車としか考えられない。

──それならそれで、悪ィばっかじゃねーし。

 圭太は荷車の壁に向かって独り笑う。凄惨で酷薄な笑み。

 鏡を見てずいぶん練習したから、そういうカンジになっているのは確かである。ニータに笑いかけるときのような可愛らしい笑顔もいいが、危険な笑みも悪くない。〈美貌〉だとなんでも似合うから、OKなのだ。

 もっとも母親はたいてい窓から隊長を探しているし、みんな近寄らないしで、圭太の会心の酷薄な笑みは、誰にも目撃されていないのだが。

──まーいーさ。オレの美しい笑み……美笑……を男なんかに見せる必要ねーし。

 謎めいた笑みは、怜悧なお姉様とか美少女とかのために取っておくべきだ。などと考えていると、一人の女の子の顔が浮かぶ。

 大きなキツネの耳と、もふもふ尻尾を持つ女の子。

 ニータ。

 ニータはこうなることを知っていたのか。マレビトを奴隷のように売る陰謀に加担していたから、親切にしてくれたのか。母親オッサンに気がある様子だったのも、嘘なのか。

 ニータは十四歳。ここの文明レベルなら、大人として扱われていてもおかしくない。だが日本のように未成年として扱われる可能性も、決して低くはない。

──そうだ。きっと……絶対、知らなかったんだ。だって、あーゆー元気タイプの美少女は、嘘とかつけねーもんだし!

 圭太は拳を握る。

 もしニータが嘘つきタイプなら、母親ではなく圭太に迫ってくるはずだ。いつも一緒にいたのだから、情報だって得やすい。マレビトの情報が多ければ値段交渉は有利になる。

 それに別れるとき、ニータは泣いていた。別れをあんなに悲しんでいたのだから、嘘のわけがない。

──いや待て。別れじゃなくて、騙していたのがつらかった……とか?

 圭太は急いでその考えを振り払う。

──違う! それならわざわざ見送りに来るはずねーじゃん! ニータは純粋なコだ。純粋に別れを辛いと思ってたんだ!

 別れたくなかったのは、圭太ではなく母親だったとしても。

──なんか、上手くいってねーよな、オレ……

 異世界に来たと知ったときは、超興奮した。

 翌日、母親と出会ったときが、テンションマックスだった気がする。

 上手くいってなかったリアル世界には二度と戻りはしない。

 とうとう自分が主人公の世界に来たのだ。

 宝くじに当たるよりスゴい。

 と。

 だけど、この異世界は、リアル世界だった。

 まず、臭いがリアルすぎる。

 山の中の木や土の臭いはともかく、最高の美少女になった自分の排泄物が普通に臭いとか、おかしいではないか。

 ハジュメ村だって、おかしい。

 ネコ耳、ウサギ耳、キツネ耳とかしていて、尻尾もあるのに、獣臭とか老人臭とか、ファンタジー世界とか無縁のはずの臭いが充満している。

 そして人々の存在感も、おかしい。

 ナゴォの存在感ときたら、リアル世界の定年サラリーマン並だ。どこの世界に、あんな存在感のある脇キャラがいるというのだ。存在感は、美少女だけで充分だろう。

 モブキャラがモブキャラらしくしていてくれなくては、圭太だってうまく話せない。そんなの、クラス担任や校長先生と話せと言われているようなものだ。

 異世界英雄譚はどうなっているのだと、神に吠えたい気持ちでいっぱいだ。

──だいたい、パラメータールームで、この世界の神が待ってんのが、当然じゃねーか! あんなホラーゲーム的怪物じゃなくてよー……チート能力だってしょぼいしよー……こんなんだったら、ワザワザ召喚するなよなー。イミわかんねー……

 ここの世界の不条理さは、理解の範疇から逸脱している。ニータが泣いた理由すら、圭太に明かされていないとは、冗談じゃない。

 わかっているのは、ニータの大きな眼のふちからほろほろと落ちた滴が、胸が痛くなるくらいキレイだったことだけだ。

──ニータは、オレ達を売ったのか? なにも知らなかったのか?

 毛布にくるまり背中を板壁につけて、圭太はぐるぐると考え続けたが、答えは出なかった。

 たぶんもう二度とニータには会えないだろう。

 きっと一生、答えはわからない。

 それなのに圭太は、考えるのをやめられなかった。


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