表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おばさんクエスト  作者: 如月天音
1/46

一 パラメータールーム (タイトルイラスト付き)

挿絵(By みてみん)





《選択可能パラメーターから、二点選んで、下のテーブルに置いてください》

 看板に、青い文字が、書いてある。

 スーパーマーケットの店内表示に似たプラスチックの吊り看板は、天井から下がっていた。

 看板の下の床が一段高くなっていて、そこに小さめの丸テーブルがある。

 向こうの白い壁にはでかでかと《選択可能パラメーター》と書いてあった。文字の下にはダーツの的みたいな円盤が横に並び、それぞれの下に四角い机が置かれている。

 なにか、変だ。

 頭がぼんやりする。

──圭太は、どこ?

 十七歳の息子がいたはず。

 焦って周囲を見回すと、左右は全面と同じクリーム色の広い壁。《選択不能パラメーター》と書いてあった。ダーツの店なのだろうか。壁じゅうに円盤が貼りつけてある。

見覚えのない場所だ。

圭太を捜してぐるりと身体を回し、ぎょっとする。

 背後に男が立っていた。

 後ろの壁には文字も円盤もなく、かわりに巨大なスクリーンがある。その傍らに男はいた。

 ものすごく背が高い。二メートル以上ありそうだ。高価そうなスーツの上からでも筋骨たくましいのがわかる。ごつごつした顔は、こめかみにボルトでもささっていたら、フランケンシュタインと間違えそうだ。どう見ても日本人ではない。

 息子は見あたらなかった。

 用心しながらも、迷わず男へと歩み寄る。

「あの、すみません。ちょっとお聞きしたいのですけれど……」

 男がゆっくりと首を回して、こちらを見た。

「あなたは、誰、ですか?」

 予想に反して完璧な日本語だ。声は低く穏やかで知性的。紳士的な口調にほっとして、会釈する。

「あ、わたし、水原と申します」

「水……原、様。水が姓で原がお名前で、よろしいでしょうか?」

──そうか。外国人だもんね……

 合点して、杏子は愛想笑いと共に片手を軽く振った。

「いえいえ。水原は名字……姓で、名前は杏子ですけど……」

 フルネームで名乗るのはちょっと気恥ずかしい気がするけれど、外国人相手なら仕方がない。

 フランケン男は高級そうなスーツの内ポケットからスマホらしきものを取り出し、大きな手でちょんちょんと操作した。

「水原杏子様、五十歳。これで正しいですか?」

──なにもトシまで言わなくたって……

 誰も聞いていなくても杏子は少しムッとする。それでも黙ってうなずく。

「確認いたしました」

 もう一度スマホを操作して、男は軽く頭を下げる。

「私は案内人一〇四六と申します。水原杏子様は、案内を御希望されますか?」

 案内!

 それこそ杏子に必要なものだ。

 ムッとした気分は吹き飛んだ。身を乗りだす。

「あ、はい! 案内というか、圭太……息子なんですけれど、どこにいるかご存じありませんか? さっきまで一緒だったんですけれど」

 巨大な案内人は軽く顎を引いた。

「わかりました。見当識にまだ混乱があるのですね。では、まずこちらをご覧ください」

 優しそうな声と共に、またスマホをちょんちょんつつく。

 傍らの巨大スクリーンがついた。

 映しだされたのは、病院の集中治療室らしき場所。白衣を着た医師や看護婦らしき人々が忙しそうに動いている。映像は並んでいるベッドの一つに寄っていく。

 寝ている人はひどい有様だ。縫い合わされたばかりの傷口が身体中に走り、血をにじませている。皮膚は赤青紫に変色して、本来の肌色はどこにもない。腕には無数のチューブが刺さり、点滴パックが吊り皮みたいに周囲にぶらさがっている。医療ドラマみたいだけれど、なにか違う。

 それに、寝ている人には見覚えがあった。

 案内人の声が響く。

「これは、現在の水原杏子様の状態です。水原杏子様の御身体は、約三分前に、植物状態となりました」

──ショク、ブツ、ジョウ、タイ……?

 どこかで聞いたような言葉だけれど、意味がわからない。

 ぽかんと案内人を見あげると、フランケン顔が安心させるように微笑んだ。大きな手が画面の人を指さす。

「あちらは、治療中の水原杏子様の御身体です」

 杏子の全身を稲妻が走り抜けた。

 そうだ。

 あれは杏子。

 五十年つきあってきた身体だ。

 若いころからずっと小太りで、最近ではラインも崩れたウェスト。中身から離れてしまったような頼りない肌のたるみ。たるんでいるくせにセルライトだけはしっかり浮き出る太もも。

 どれもこれも毎日鏡で見ている。見覚えがあるのも道理。

 無意識に杏子は両手を口元にあてた。口が大きく開く。なのに悲鳴は出てこない。

 かわりに波が引いた砂浜みたいに、記憶が一気に押し寄せてきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ