一 パラメータールーム (タイトルイラスト付き)
《選択可能パラメーターから、二点選んで、下のテーブルに置いてください》
看板に、青い文字が、書いてある。
スーパーマーケットの店内表示に似たプラスチックの吊り看板は、天井から下がっていた。
看板の下の床が一段高くなっていて、そこに小さめの丸テーブルがある。
向こうの白い壁にはでかでかと《選択可能パラメーター》と書いてあった。文字の下にはダーツの的みたいな円盤が横に並び、それぞれの下に四角い机が置かれている。
なにか、変だ。
頭がぼんやりする。
──圭太は、どこ?
十七歳の息子がいたはず。
焦って周囲を見回すと、左右は全面と同じクリーム色の広い壁。《選択不能パラメーター》と書いてあった。ダーツの店なのだろうか。壁じゅうに円盤が貼りつけてある。
見覚えのない場所だ。
圭太を捜してぐるりと身体を回し、ぎょっとする。
背後に男が立っていた。
後ろの壁には文字も円盤もなく、かわりに巨大なスクリーンがある。その傍らに男はいた。
ものすごく背が高い。二メートル以上ありそうだ。高価そうなスーツの上からでも筋骨たくましいのがわかる。ごつごつした顔は、こめかみにボルトでもささっていたら、フランケンシュタインと間違えそうだ。どう見ても日本人ではない。
息子は見あたらなかった。
用心しながらも、迷わず男へと歩み寄る。
「あの、すみません。ちょっとお聞きしたいのですけれど……」
男がゆっくりと首を回して、こちらを見た。
「あなたは、誰、ですか?」
予想に反して完璧な日本語だ。声は低く穏やかで知性的。紳士的な口調にほっとして、会釈する。
「あ、わたし、水原と申します」
「水……原、様。水が姓で原がお名前で、よろしいでしょうか?」
──そうか。外国人だもんね……
合点して、杏子は愛想笑いと共に片手を軽く振った。
「いえいえ。水原は名字……姓で、名前は杏子ですけど……」
フルネームで名乗るのはちょっと気恥ずかしい気がするけれど、外国人相手なら仕方がない。
フランケン男は高級そうなスーツの内ポケットからスマホらしきものを取り出し、大きな手でちょんちょんと操作した。
「水原杏子様、五十歳。これで正しいですか?」
──なにもトシまで言わなくたって……
誰も聞いていなくても杏子は少しムッとする。それでも黙ってうなずく。
「確認いたしました」
もう一度スマホを操作して、男は軽く頭を下げる。
「私は案内人一〇四六と申します。水原杏子様は、案内を御希望されますか?」
案内!
それこそ杏子に必要なものだ。
ムッとした気分は吹き飛んだ。身を乗りだす。
「あ、はい! 案内というか、圭太……息子なんですけれど、どこにいるかご存じありませんか? さっきまで一緒だったんですけれど」
巨大な案内人は軽く顎を引いた。
「わかりました。見当識にまだ混乱があるのですね。では、まずこちらをご覧ください」
優しそうな声と共に、またスマホをちょんちょんつつく。
傍らの巨大スクリーンがついた。
映しだされたのは、病院の集中治療室らしき場所。白衣を着た医師や看護婦らしき人々が忙しそうに動いている。映像は並んでいるベッドの一つに寄っていく。
寝ている人はひどい有様だ。縫い合わされたばかりの傷口が身体中に走り、血をにじませている。皮膚は赤青紫に変色して、本来の肌色はどこにもない。腕には無数のチューブが刺さり、点滴パックが吊り皮みたいに周囲にぶらさがっている。医療ドラマみたいだけれど、なにか違う。
それに、寝ている人には見覚えがあった。
案内人の声が響く。
「これは、現在の水原杏子様の状態です。水原杏子様の御身体は、約三分前に、植物状態となりました」
──ショク、ブツ、ジョウ、タイ……?
どこかで聞いたような言葉だけれど、意味がわからない。
ぽかんと案内人を見あげると、フランケン顔が安心させるように微笑んだ。大きな手が画面の人を指さす。
「あちらは、治療中の水原杏子様の御身体です」
杏子の全身を稲妻が走り抜けた。
そうだ。
あれは杏子。
五十年つきあってきた身体だ。
若いころからずっと小太りで、最近ではラインも崩れたウェスト。中身から離れてしまったような頼りない肌のたるみ。たるんでいるくせにセルライトだけはしっかり浮き出る太もも。
どれもこれも毎日鏡で見ている。見覚えがあるのも道理。
無意識に杏子は両手を口元にあてた。口が大きく開く。なのに悲鳴は出てこない。
かわりに波が引いた砂浜みたいに、記憶が一気に押し寄せてきた。




