従者の想い
ここは蒼の国にある森の中。辺りは木々があるだけの自然が広がった中、たった一つの教会があるだけの些細な場所。しかしそれとは別の場所で、そこには蒼の国次期領主の従者、そして黄の国領主とその従者が不信な輩を取り囲んだ異様な光景しか見られなかった。
「さてさてさ~て?これで全部かな?たった3人とはこれまた僕らも侮られたものだねぇ。」
「とりあえずこいつらは罪人だ。さっさと首を出してもらえれば俺は何も言わない。」
「セラ、言葉遣いきたないよ。」
そんな男2人の会話にはまるで興味なさそうに神奈が愛羅に寄ってくる。
「お嬢。本当にどこもなんともないの?士朗から聞きましたが、顔が少し腫れてます。」
「うん。でも大丈夫よ、殴られただけで傷はないもの。日が経てば徐々に良くなるわ。」
「いんやっ!愛羅は女の子なんだからもうちょっと自分の事を大切にしないと!セラのいる意味がない!」
「おい、それは嫌味か?」
「なんでそうとるの。」
話を聞いてるだけでまたもやセラの、士朗への一方的な暴言が飛びそうになり愛羅は慌てて止めに入る。
「だ、大丈夫だから!本当に!!従兄さんはいつも大袈裟に言い過ぎなのよ!!」
「わーい、愛羅に怒られたぁ♪」
「「愛羅(お嬢)、こいつ殺しても?」」
「君ら鬼畜!というか神奈はお約束すぎる!!」
「…とりあえずこの一件が落ち着くまでだめ。この人達を教会に突き出さないと。」
そういう愛羅だったが、セラはそれを快く思っていなさそうな瞳で彼女を見つめた。
「お嬢、この件が落ち着いたらいいの?」
「こらこら神流ちゃんそれ従者の台詞じゃない。」
*
「それじゃぁ、僕らはこいつら連れて戻るから、2人…というか愛羅は落ち着いたら戻ってきなさいな。」
「セラ、任せたわ。」
「了解。」
そういった士朗は1人を片手で担ぎもう1人は引きずり、神奈も同じように男を引きずりながら消えていった。それを確認した愛羅は急に体中の力が抜けたかのように崩れ落ちた。
「愛羅…っ!」
気づいたセラが真っ先に駆け寄ると愛羅は少し安堵したかのように、しかしまだどこか先程までの事を思い出したのか肩を震わせた。
「まだ…、まだ平気じゃないよセラ…。私、皆がいなければ何も出来なかったわ。何も。無力すぎて…自分が、情けなくなる。」
そういう主人にセラはぐっと唇をかみしめた後、口を開く。
「お前は…無力なんかじゃない。わがままだけど1度決めたことはまげない、精神の強い持ち主だ。今回はただ…俺が近くにいなかったせいで起きたんだ。お前は悪くない…。」
そういうと彼女を抱きかかえていたセラの腕に力が入るのを愛羅は感じた。暖かな温もりが伝わってきて愛羅はとても心地よくなる。
「はぁ…。しかし本当にお前は……無茶ばかりする。」
「あはは…。ねぇセラ、目じりあたりが赤いけど…。」
「なんでもない。気にするな。」
「…そう?」
愛羅はセラの顔に手を伸ばそうとするが、それは止められ、逆にセラが愛羅の頬に手をのばす。
そんな重い溜息をこぼす従者と申し訳ないと謝罪をいうしかない主の2人はとても、第三者から見ればとても『主従』という関係性には見えなかっただろう。
*
「姫様、よくぞご無事で。我ら、心より姫様のお戻りをお待ちしていました。」
教会へと戻れば、城の者、そして神父とその使いが愛羅の前に片膝をついて頭を下げる。
深々と頭を下げる者達に愛羅は口を開く。
「今日はせっかくの晴れ舞台だというのに、こんな事件が起こってしまい、私は少し、悲しくて、怖かったです。昔を…思い出して。」
とぎれとぎれで歯切れが悪い主に後ろについていたセラは少し顔を歪める。
「でも、私気づいたんです。城ばかりにいたせいで、この様な事件のことに気がつかなかった…。だから、私は反感を買われてもいい、でも父様の…、先代国王の治安は維持しつつも、国民の為にこの力を使えるようになりたいと、そう考えたのです。」
すこし間をおいてか、恐れながら、と神父が口を開く。
「しかし姫様…。先代は国民に難癖を与えるほどの君主制を強いられておりました…。今更どうしようと…。」
「なら、君主制という形のまま、民主制も取り入れましょう。そうすれば、民衆の意見がよりよく聞こえます。どうですか神父様?」
「それは…とてもいい案であります、姫様。」
「なら、決まりです。」
深呼吸をひとつし、愛羅は自分を落ち着かせるように大勢の前で微笑みかける。
「これからはこの、愛羅・ハートフィールが、この蒼の国の領主になるにあたり、精一杯皆さんの為によりよい治安維持をし、仁義を立てることをこの場にてお約束します!まだまだこの立場に不慣れな私ですがどうか…、どうか皆さんの力をお貸しください…!!」
ぺこりと頭を下げる愛羅に目の前の神父や兵はぽかんと目を見開いては、すぐに賛同した。中には泣き出す兵やがしがし、と腕を組んで喜ぶ者もいた。
そんな光景を見つめているとおずおずと気まずそうな顔で神父が話しかけてくる。
「姫様、使いの者の件ですが…その、城へは連れて行かず、ここに置いて行ってはくれないでしょうか…?道を踏み間違えたからこそ、また一から、彼らを指導していきたいのです。」
しかし話を聞いていたセラの顔が歪む。
「神父殿…、悪いが」
「いいわ。彼らはここに置いて行きます。」
「!?愛羅っ!!」
「セラ、今日だけ。今日だけでいいから、私のわがままに賛成してもらえる?」
「だが…、」
「だからね。教会に残す前に、彼らには少しの船旅を味わってもらうわ。『島流し』という旅に。」
◇
「いやぁ~愛羅も考えたものだ。島流しとかどこで覚えたんだかそんな言葉。」
「…先代国王が興味をもっていた本で、種類にもよるが刑を執行する際に、罪人をどこか知らない場所へ流す刑罰が書かれた異国の本を大層気に入っててな。何故だか愛羅に読み聞かせていた。童話モノだったと思うんだが…なぜその部分だけ…。」
式も無事終わり、少し気が楽になったセラは木に寄りかかって遠くを見るように目を細める。そんな彼に士朗はへへん~♪、と面白そうな顔で覗き込む。
「偶然にもこの国は島国だ。お前も事件を起こしたら島流しにするか。」
「ちょっと真顔で怖いこと言わないでセラ君。…というかセラ。君はあそこにいなくていいの?」
そういう士朗は沢山の人に囲まれている愛羅を指差す。それを見たセラは少しの溜め息を吐く。
「愛羅も色々と伝えたい事があるんだろう…。逆に今俺がいても邪魔なだけな気がする。」
「えー、そうかなぁ?」
「その言い方気持ち悪いからやめろ。」
「不憫!!」
あっはっは、と笑う士朗に少しむっ、とするセラ。しかしそんなセラにはお構いなしで士郎は続ける。
「でも、愛羅はセラがいないと駄目なんじゃないかなー…あ、ほらこっち見てるよ。行って来なって。」
と、士郎は確認してセラの背中を押す。
「セラ!」
駆け寄ってきた主人はどこか嬉しそうな顔をしていた。汚れまみれのドレスを着替えたからだろうか、先程より顔色が華やかに見えた。
「言いたい事は言えたのか?」
「えぇ。参加してくれたごくわずかな民衆の人達や、紅の人達や黄の伯母様…私の言葉1つひとつに耳を傾けてくれて、喜んでくれたわ。」
笑顔をみせる愛羅に頭を撫でるセラ。
「お前は本当に無邪気というか、童心を忘れないというか…。」
「え、今それ関係あるのセラ?」
「小さなことにも全力で喜ぶことにとか…。まぁ愛羅はお人好しだしな。それに…」
そういったセラの手が、愛羅の頭から頬に、口元に、移動する。ふと、セラは瞼をおろし、かすかに首を傾けた。
まるで口づけするみたいに。
「セラ…?」
よく『主従』にしては距離が近い、近すぎる、と周りの者から散々言われた記憶はある。だって私たちは家族のようなものなんだもの。
私の従者になる前のセラも父様に拾われなければ、いつ死ぬかも分からなかった捨て子にすぎなかった。
そんな彼を家族扱いしては駄目なのか?いけないのか?私は唯一の肉親を失ったからこそ尚更、従者を、大切なセラを手放したくないと思っている。
だけど―――、
「っセラ、近いっ!!」
何かを察知しては愛羅はセラの口を両手で塞ぐ。しかしそのまま、思い切りセラの口元を上にあげたので嫌な音と共に「うぉっ、」という声を聞いては我に返る。なぜだか熱がこもったかのように熱くなり愛羅は少し慌てる。
「えと、私、まだ挨拶してない人思い出したから、ちょっと行って来ます!セラは休んでてっ!!」
慌しいようにパタパタと駆けていく主人に、セラは口元を押さえながら見送る。
「…『危なかったー…』とか、思ってるでしょうセラ?」
「!!?」
自分の心が読まれたかと思い、振り返ると1人の少女が愛用の日傘をくるり、と回しながら笑う。そんな彼女にセラは脂汗が出てきそうになる。
「神奈か…士朗じゃなくてよかった。」
「えぇ。士朗なら今奥様についているから今さっき起こっていたセラの、みすぼらしい行動は見てないわ。」
「というか見てたんなら止めてくれ。」
「いえちょっと面白いかな、と。そこら辺の男や士朗よりも、セラの方がお嬢と対等に釣りあうもの。」
「……。」
「半分冗談よ。は・ん・ぶ・ん。」
嘘に聞こえないような声色を出す神奈にセラは返す言葉を失う。
「…立場上の関係もあると思うけど、セラはもう少し自由になってもいいと思うわ…まぁ難しいものだけど。」
「あぁ、難しいよ。叶わない主人への恋心とやらは…。」
そういって広々と澄み渡る青い空を眺めるセラだった。




