奪還
やっと。やっと自分が国の王として認められる日が来たのだ。泣き言なんて言ってられない。これからは私が皆を支えていくのよ…。でも勢い過ぎて間違えちゃうときもある。だから、私が道を誤りそうになったら貴方が私を止めてね…?
「セラ…。」
愛する従者の名を呼んでも返事は返ってこなかった。
◇◇◇
「おい神父殿!!愛羅は…、姫様はどこへ消えた!!」
「はいはいセラ。気持ちは分かるけど一旦落ち着こう。神父様も困惑してるから。」
乱暴に神父の両肩をつかんでせがむセラに士朗は落ち着くようにと促し彼を神父から引き離す。目の前の神父も訳が分からないというように焦りを含んだ声色だった。
「わ、私にも皆目見当もつきません…。姫様に部屋を案内してから数十分…部屋で待機していただいていました。その時私達は式場の準備が終わりそうでしたし…。そうだ、たしか数人に様子を見てくるよう言いつけて…。でも信じたくない、まさか身内にその様な者がいたなんて…。」
「そいつらがさらった張本人達、てことかな?神奈、君は蒼の衛兵達にこの事を伝えてきて。そしたら手分けして探そう。」
「了解。」
迂闊すぎた。まさかこんなにも近くに潜伏していたなんて。もう少し、もう少し傍にいられればこんな事にはならなかっただろう。自分の不甲斐なさに腹が立つ。
「―神父殿。」
「はい。」
「見つかり次第、奴らの首はないと思え。国王をさらった罪人には罰が必要だ。」
*
木、木、木だらけ。ここは森の中なのだ。木が幾本あったとしても疑問はない。しかし。愛羅は1つの疑問だけを抱いていた。
なんで私、こんなところにいるの?なんで、なんで縛られてるの?
周りを見渡せば巨木にもたれかかるようにして寄りかかっていた。白いドレスは所々汚れており、口には言葉が発せないように布で塞がれていた。両腕はロープでがっちりと縛られていたが、唯一足を縛るものはなく、自由に立ち上がることも出来そうなほどだった。これだけやっておいて足だけを縛り忘れているのに裏があるのではと、疑問がいく。
「(そうだ私。たしか教会の人達に…もしかしてあの人達が賊だというの…!?)」
そしておまけに愛羅をさらった男たちもいない。罠としか思えないような条件に愛羅はさらに戸惑うしかなかった。
そう考えていたら奥の茂みからガサり、と聞こえる。敵だろうか見方だろうか。とりあえずここにいてはまずいだろう、反射的に愛羅は立ち上がり手首に巻きつくロープをどうにかしようとする。しかし硬く結んであるでせいかなかなか解けない。
次第に近くなる音。まずい。まずい。とりあえずこの場から…、いや父継承の護身術もあるのだ。使える足だけでも使って一蹴りしてから相手の顔を確認して…とりあえずこの場をうまく離れられればそれでいい――。
その時だった。
「あっ、愛羅はっけーん!」
「!?」
明るい声とともに姿を現したのは見間違えるはずのない、愛羅の従兄妹である士朗がそこにはいた。
「ふぃ、ふぃさん!?ふぁんでほほひ!?」
「はいはーい、イケメン士朗お兄さんの登場だよー!…とりあえず口元のそれ外さないとかな。」
「それにしてもなんだい愛羅、その格好は。式用の聖装かな?そそるねぇ。前から愛羅は白が似合うと思っていたけど、まさかここまで似合うとは…。いいねぇ、最高に可愛いよ愛羅。」
「従兄さん、いい加減その会話の仕方やめてくれないかしら?」
口元の布から解放され、従兄からの変態じみたセクハラを聞いて久しぶりに愛羅は背筋がゾッとする。なんせ愛羅はこの士朗が少し苦手なのだ。幼少期から呼吸をするように愛羅を口説き?まくっていたのだ。少しの男性不信に陥ってもおかしくない程。
そんな愛羅におかまいなしにか士朗はスラスラと流れるように口を開く。
「それで?愛羅をさらった連中はどこにいるか解る?…つっても無理か。気絶とかしてたもんな?顔が少し腫れてるようだけど殴られたりでもしたかい?」
愛羅の前にしゃがみこむなり話しかけては、少し考えたように愛羅の顔をまじまじと見る士朗。眼鏡越しの瞳は密かに憤りを感じるようでもあり愛羅は少しためらう。
「うん…抵抗した際に少し。でもさっき出てきたのが敵だったら一蹴りしてたけど、従兄さんだったからまだ良かったわ。」
「僕は愛羅からならなにされても平気だよ?」
「…本当に、どうにかならないの?その気持ち悪い返答の仕方。」
しかしそんな会話も簡単に遮断される。敵の1人が戻ってきたのだ。
「お前、だれだ…!?」
「あちゃー。新手さんのお出ましか。」
勢いよく向ってきた相手の顔を殴ってから戦闘不能にさせた後も、未だに立ち上がるしぶとい相手に士朗は軽く舌打つ。
「!! 従兄さん危ない!!」
「おっと、愛羅が危ない。」
そう言って愛羅を自分の腕の中に入れれば、次に愛羅めがけてきたナイフを容易く蹴り上げて片手で相手の両手首を捉える。そして余裕そうにもう片方の手で汚れたコートの土をはたく。
「(あまり)強く殴ってないとはいえ、まだ動けるなんて凄いなぁ。さあてどうして欲しいかな?あぁ、このまま気持ちよく『ボキッ』と折ってしまおうか?」
「従兄さん、少し待って!」
「いいや、少しも待てないよ俺は。大事な大事な愛羅の命がかかってるんだ。手加減なんて出来ないよ?」
普段温厚な『僕』と言っている士朗が『俺』と言っているときは大抵、腸煮えくり返っている時であって、こうなってしまった士朗を止められるのは彼の母親くらなのだ。
「神奈がいれば愛用の傘で一発!!なんだけどなー…。今この場にはいないし、二手に分かれたのは失敗だったかな。」
そして次には相手の手首から嫌な音と呻き声が聞こえただけだった。
*
無限に続く同じ景色にセラ少し酔ってしまいそうになる。むやみに森の中をさまよっても賊はでてこない―。当たり前か。
一度戻ってから体勢を立て直すか…。
とその時。草むらがガサガサと怪しくうごいたのを確認して我にかえる。
「おい、アイツ大丈夫なのか1人にして…姫は未だに眠ってるとおもうが…薬がもつまでどこまで対処できるか…。」
「大丈夫だろ。アイツは戦闘時に使える少人数の人間だ。流石に城からの兵がくれば危ないが…。」
「兵が、なんだって?」
突然のセラの声に反応した男2人組みはびくりと肩を震わせ絶望を目の前にした顔をした。
「!!」
「おい、我らが姫殿下はどこにいるかはいてもらおうか…?」
「あぁ!?な、なんだてめぇ!悪いがコッチは…」
相手がなにか言ってるのもお構いなしにセラは躊躇なく男の頬に右ストレートをかましては戦闘不能にさせる。勢いよく血液と体が吹っ飛びもう一人の男はただ怯えるだけ。
「こ、こいつ軍服着てるし…、やっぱり城のモンじゃねぇか!!」
「おっと、お前等を逃がすつもりはないからな。たっぷり拷問してやったのち苦しむように罪を贖ってもらってから首はもらう。見たところそうだな…不戦同盟を結んでいる時点で黄や紅の刺客ということはない…。もしかして先王を殺害した賊の後者か。…お前等蒼の民か…。」
「…そ、そうだと言ったらどうすんだよ…!?」
怯えたように歯向かう男はおずおずと、溜息をこぼすセラを見上げる。
「勿論、死刑行きだ。」
そう男の襟元の服を掴めば、男は怯えたように「ひぃいいッ!!」と声をあげる。
「待ちなさい、セラ!!」
「ッ、愛羅!?」
「この者たちには聞きたい事があるわ。まだ一人残ってるならそのまま縛っておきなさい!」
未だ夢ではないかと思ったくらい、目の前にはさらわれた主人がたっていた。無事という事が分かり、ほっとして尚更敵を逃さぬように体を拘束し、訊ねる。
「残りはどうした?」
「…従兄さんが。」
愛羅から『従兄さん』というワードを聞いた途端にセラの顔の表情が徐々に険しくなるのが解った。
「…おい、鼻タレくそ眼鏡。そこにいるんだろ出てこい。」
「ほんとに僕に対しての言葉遣いと、愛羅が危険な目にあったら自然と悪人ヅラになるのは治らないねーセラ?」
貶され言葉を浴びせられつつ、愛羅の後ろから顔をだした青年はにっこり笑顔で返す。
「賊共と一緒に葬って差しあげようか?」
「うーん、遠慮する♪」