六話「怪物の向こう側」
アストラ本部、第十二訓練場。
屋内訓練施設の中で最も頑丈に造られたその場所を、鳴海颯真は縦横無尽に駆け回っていた。
床を蹴るたび、青白い星素が足元で弾ける。
物理系クラフト――「瞬脚」。
筋力や耐久力ではなく、脚力と反応速度へ星素を集中させることで、爆発的な初速を生み出す星能である。
鳴海の姿が、訓練場の壁際へ立つ獅堂空の前を横切った。
『お、今のは結構速かったな』
「隊長は黙って見ててください!」
『褒めてんだぞ?』
「全然そう聞こえません!」
鳴海が叫びながら、さらに加速する。
対する堂前蓮司は、訓練場の中央からほとんど動いていなかった。
四方から杭のついた鎖を出現させ、鳴海の進路へ配置している。
鳴海は一本目を跳び越えた。
二本目は身体を沈めてかわす。
三本目が正面から迫ると、床を強く蹴って進行方向を変えた。
鎖の間を擦り抜け、蓮司の背後へ回り込む。
「取った!」
鳴海が拳を伸ばす。
その瞬間、蓮司が口元を上げた。
「遅えよ」
床へ打ち込まれていた杭が引き抜かれる。
それまで別々の方向へ延びていた四本の鎖が、鳴海を中心として一斉に収束した。
「なっ……!」
進路を変えようとする。
しかし右には鎖。
左にも鎖。
背後には、今しがた避けたはずの杭が回り込んでいる。
鳴海が唯一残された上方へ跳んだ。
待っていたかのように、五本目の鎖が天井から降り注ぐ。
両腕と胴を拘束され、鳴海の身体が床へ引き戻された。
「ぐっ……!」
「終了だ」
鳴海は床に片膝をついた。
その身体へ巻きついていた鎖が、星素の粒子となって消えていく。
「いつの間に……」
「最初からだ。お前が避けた場所に、次の杭を置いてた」
「俺の動きを読んだんですか」
「違う。俺が、お前にそこを通らせたんだよ」
鳴海が周囲を見る。
自分は速度を生かして蓮司を翻弄していたつもりだった。
実際には、避ける方向も、攻撃を仕掛ける瞬間も、すべて蓮司によって誘導されていた。
『颯真の完敗だな』
空が楽しそうに笑う。
「隊長なら、どう戦いました?」
『最初の一歩で殴る』
「参考にならない……」
「気にすんな。あいつの戦い方を参考にできる物理系なんて、どこにもいねえよ」
蓮司が額の汗を拭う。
呼吸はほとんど乱れていない。
対して鳴海は、肩を上下させながら床へ座り込んだ。
戦術通信端末に表示された星素残量は、既に六割を下回っている。
鳴海の保有星素量は、九千六百St。
天衝隊の一般隊員としては、決して少ない数字ではない。
星素残量へ目を落とした鳴海が、蓮司へ尋ねる。
「副隊長の星素量って、いくつなんですか」
「一万八千六百Stだ」
「……は?」
「なんだよ」
「ありえない……。俺の二倍近くも……」
「数字を聞いただけで納得するな」
蓮司が鳴海の額を指で弾く。
「痛っ」
「星素量は、身体に蓄えておける星素の総量だ。言ってみりゃ、タンクの大きさだな」
蓮司は自分の端末を鳴海へ見せた。
星素残量は八割以上。
鳴海よりも多くの星能を使用していたにもかかわらず、消費量は遥かに少ない。
「戦いはタンクの大きさだけで決まるわけじゃねえ。一度にどれだけの星素を引き出せるか。それが出力だ」
「出力……」
「あとは効率。消費した星素を、どれだけ無駄なく星能へ変えられるか」
蓮司は訓練場の各所へ残された、杭の跡を指した。
「お前は確かに速い。だが、一歩ごとに星素を使いすぎてる。最高速度の半分で十分なところでも、全力で踏み込んでやがる」
「でも、速度を落としたら捕まります」
「捕まらねえ場所を選んで走れ。速さだけで全部解決しようとするから、動きも単純になるんだよ」
『要するに、お前はまだまだってことだな』
空が会話へ割って入る。
「隊長には言われたくありません」
『なんでだよ』
「隊長は速さで全部解決するじゃないですか」
『あたしは、それで解決できるくらい速いからな』
「ほら!」
鳴海の訴えに、蓮司が深いため息をつく。
「空隊長は例外だ。こいつを基準にしたら、物理系の訓練なんて成立しねえ」
『お前ら、さっきから失礼じゃねえか?』
「褒めてんだよ」
『全然そう聞こえねえぞ』
空が先ほどの鳴海と同じ言葉を返した。
そのとき、三人の戦術通信端末が一斉に作動する。
《空、蓮司さん。二人とも聞こえる?》
扇原蘭の声だった。
空の表情から笑みが消える。
『聞こえてる。何があった?』
《中央区の大型商業施設前で、異常な星素反応が確認されたの。対象は一人。周辺の建物と車両を無差別に破壊してるみたい》
「星能者登録は?」
《ないよ。昨日、旧西央放送局で見つかった二十七人の写真。その中の一人なの》
空、蓮司、鳴海の端末へ、一人の男の顔写真が表示された。
大門剛士。
三十八歳。
元災害救助隊員。
現在は、民間の防災訓練指導員として働いている。
「強制クラフトか」
《その可能性が高いね》
蘭が現場で観測された数値を送信する。
《対象の推定星素量は、約四万St》
「四万……」
鳴海が息を呑む。
先ほど聞いた蓮司の一万八千六百Stを、さらに倍以上も上回っている。
《物理系と推定。筋力、速度、耐久のすべてが強化されてる。出力は今も上昇中なの》
空の口元が僅かに持ち上がった。
「隊長」
『分かってる。競争じゃねえだろ』
「それもあるが、今回は救助だ」
蓮司が立ち上がる。
「どれだけ強くても、相手は犯罪者じゃねえ。被害者だ」
『ああ』
空が拳を握る。
『生きたまま連れて帰るぞ』
◇
天衝隊が到着したとき、大型商業施設前の広場は原形を失っていた。
路面は各所で陥没。
街灯は折れ、停車していた車両が横転している。
広場の中央に、一人の巨漢が立っていた。
大門剛士。
写真よりも、明らかに身体が大きい。
異常に膨張した筋肉が服を裂き、全身から赤黒い星素が噴き出している。
その右耳の後ろには、黒い小型装置が取りつけられていた。
「もっと強く」
装置から女の声が流れる。
「誰よりも速く」
「何があっても倒れない身体を」
大門は頭を抱えていた。
「違う……俺は、こんなことを望んでいない……!」
「強ければ、すべてを救える」
「やめろ!」
大門が拳を地面へ叩きつける。
衝撃が広場全体を走った。
路面が隆起し、近くに停車していた避難用車両が宙へ跳ね上がる。
車内には、逃げ遅れた母親と幼い子供が残されていた。
「車両が!」
鳴海が駆け出そうとする。
その横を、スカイブルーの影が通り過ぎた。
落下する車両の下へ、空が一瞬で回り込む。
右腕には、割れた窓から転げ落ちた子供を抱えていた。
空が左手を上げる。
数トンの車両が、その掌だけで止まった。
大きく傾いていた車体が、空の腕の上で静止する。
子供が、目を見開いて空を見上げた。
『怪我はねえか?』
「……うん」
『よし。もう大丈夫だ』
空は片手だけで車両を持ち上げたまま、子供を鳴海へ渡す。
『颯真。この子を頼む』
「は、はい!」
『中にもう一人いる。まこ先輩に車体を固定させて救出しろ』
「了解!」
空が車両をゆっくりと地面へ戻す。
香坂真琴が駆け寄り、造形系クラフト「繭殻」を展開した。
白い殻状の構造物が車体を包み込み、それ以上の変形を防ぐ。
「救出を開始します!」
《蓮司さん、施設東側の外壁が崩れ始めています。避難経路へ落下する可能性があるので、固定をお願いできますか?》
「了解だ、ランラン」
蓮司が両腕を広げる。
幾本もの杭が外壁と地面へ打ち込まれ、鎖が崩れかけた建物を繋ぎ止めた。
《颯真は取り残された人たちの避難を優先して。大門さんの相手は空に任せるから》
「隊長一人で大丈夫なんですか」
《ううん》
蘭は、僅かに間を置いた。
《人数を増やす方が危ないの。空の動きを邪魔しちゃうから》
鳴海が空を見る。
大門と空が、広場の中央で向かい合っていた。
四万St。
それほどの星素量を持つ星能者と、たった一人で戦う。
『お前、大門剛士だな』
「来るな……!」
『安心しろ。お前を殺しに来たわけじゃねえ』
「俺に近づくな!」
大門が空へ顔を向ける。
苦痛に歪んだ瞳の奥で、理性と植えつけられた衝動が争っている。
「また、救えなくなる……!」
『誰をだ』
「もっと強くなければ……俺が、もっと強ければ……!」
大門の星素出力が跳ね上がった。
地面を蹴る。
巨体が掻き消えた。
「消えた……?」
鳴海には、大門の姿が見えなかった。
物理系の速度型である自分が、目で追えない。
次の瞬間、大門は空の正面へ現れていた。
筋力を最大まで強化した拳を振り下ろす。
空は避けなかった。
左手を上げ、大門の拳を受け止める。
轟音。
衝撃波が広場を駆け抜け、周辺施設の窓ガラスが一斉に砕けた。
鳴海は子供を庇いながら、その場へ踏みとどまる。
視線の先。
大門の拳は、空の掌に収まっていた。
空の足元には、亀裂一つ入っていない。
「止めた……」
鳴海が呟く。
「約四万Stの一撃を……片手で?」
大門自身も、信じられないものを見るように空を見つめていた。
「どうして……」
『これが、お前の全力か?』
空は大門の拳を握ったまま、僅かに首を傾げる。
『思ったより軽いな』
「まだだ!」
大門が左拳を振るう。
空はそれも片手で受けた。
右。
左。
拳。
肘。
蹴り。
一撃ごとに空気が震え、広場の周辺へ衝撃が広がっていく。
空は、そのすべてを両手だけで受け流した。
一歩も動かない。
表情すら変わらない。
『力比べがしたいのか?』
空が大門の右腕を掴む。
『いいぞ』
大門の腕が止まった。
全身の筋肉が膨張する。
赤黒い星素が噴き出し、空の腕を押し返そうとする。
それでも、空の手は一センチも動かない。
「なぜだ……!」
『次は、あたしの番だな』
空が僅かに力を込めた。
大門の巨体が沈む。
地面に両膝がついた。
耐えようと腕へ力を集めるが、空の片腕を押し返せない。
「俺は……四万Stだぞ……!」
『だから何だ?』
空が手を離す。
大門はすぐに立ち上がり、空の視界から消えた。
背後へ回り込む。
今度こそ完全な死角。
大門が拳を振り上げる。
しかし、その拳を振り下ろすより早く。
空の手が、大門の手首を掴んでいた。
「いつ、振り向いた……?」
空は大門の背後にいる。
いつ移動したのか。
鳴海にも見えなかった。
『遅え』
大門が空から離れ、高速で広場を駆け回る。
右から踏み込む。
空は既に右を向いている。
左後方へ回る。
空は先に、そこへ立っている。
何度方向を変えても、何度加速しても、大門が攻撃へ移る瞬間には空が目の前にいた。
「俺の方が……先に動いたはずだ」
『だから何だって聞いてんだよ』
「ありえない……!」
大門の顔へ恐怖が浮かぶ。
その恐怖すら、黒い装置は力へ変えていく。
「あなたは弱い」
女の声。
「強くなければ、誰も救えない」
「弱い者に、存在する価値はない」
「違う……」
「あなたは、また間に合わない」
「違う!」
大門が咆哮し、空の顔面へ拳を叩き込んだ。
凄まじい衝撃音。
広場の路面が、空を中心として円状に沈んだ。
「隊長!」
鳴海が叫ぶ。
大門の拳は、確かに空の顔を捉えていた。
空の金髪が衝撃で大きく揺れる。
しかし。
空は立っていた。
顔の向きすら、ほとんど変わっていない。
頬には傷一つない。
対して大門の拳からは、鈍い音が響いていた。
指の骨が、衝撃に耐えられず折れている。
『耐久も、あたしの方が上だな』
大門が後ずさる。
「化け物……」
『よく言われる』
空は気にした様子もなく答えた。
鳴海は動けなかった。
強化。
速度。
耐久。
物理系を構成する三つの要素。
四万Stもの星素を強制的に引き出された大門が、そのすべてで空に負けている。
競り合っているのではない。
届いてすらいない。
「同じ物理系じゃない……」
鳴海の呟きに、香坂が答える。
「同じ物理系よ」
「でも……」
「同じだからこそ分かるでしょう」
香坂は、車内から救助した母親を繭殻の中へ避難させる。
「あの人が、物理系の頂点なのよ」
◇
「俺は……弱い」
大門は折れた拳を見つめていた。
「これだけの力があっても、何一つ届かない」
赤黒い星素が、さらに激しく噴き上がる。
《空、大門さんの星素出力が上昇してるよ。このままだと星脈が保たないの》
『分かってる』
「また救えない」
大門が頭を抱える。
「俺が弱いから……また誰かが死ぬ……!」
『ふざけんな』
空の低い声が響いた。
大門が顔を上げる。
『お前は誰かを救えなかったから、そこまで鍛えたんだろ』
「黙れ……」
『自分が強ければ救えた。速ければ間に合った。倒れなければ最後まで助けられた。そう思って、ずっと自分を責めてきた』
「黙れ!」
大門が空へ突進する。
空は避けず、その胸倉を掴んだ。
大門の巨体が空中へ持ち上がる。
『それを利用されて、身体まで壊されて、それでもまだ自分が弱いって言うのか!』
「事実だ! 俺は、あんたに何一つ勝てない!」
『あたしと比べんな!』
空の怒声が、大門の言葉を叩き潰した。
『あたしより弱いことは、お前が弱い理由にならねえ!』
大門が目を見開く。
『お前が助けてきた人間は、お前の星素量なんか知らねえ。強いから救助されたんじゃねえ。お前が助けに行ったから、生きて帰れたんだろうが!』
「俺は……」
『お前は弱くねえ。弱くされたんだ』
大門の右耳で、黒い装置が点滅する。
「もっと強く」
「限界を越えなさい」
「命を燃やして――」
空の指が、装置を摘まんだ。
軽い音とともに握り潰す。
女の声が途切れた。
しかし、一度開かれた星脈は閉じない。
大門の星素出力は上昇を続けている。
《空、星脈鎮静剤を使って。あと一分も保たないよ》
『ランラン。鎮静剤を寄越せ』
蓮司が腰のケースから注射器を取り出す。
「だが、今の皮膚に針が通るのか?」
《大門さんの全身は星素で強化されてる。通常の注射針では難しいと思う》
『通る瞬間がある』
《瞬間?》
『こいつの強化は、ずっと同じじゃねえ。心臓が星素を送り出す直前、一瞬だけ皮膚の強化が薄くなる』
《観測機器では確認できないよ》
『殴られたときに分かった』
蓮司が注射器を空へ投げる。
空は片手で受け取った。
「どれくらいの隙だ?」
『一瞬だ』
「お前には見えるのか?」
『見える』
大門が空の胸倉を掴む。
理性は残っていない。
拳を振り上げ、何度も空へ叩き込む。
一撃。
二撃。
三撃。
空は避けない。
大門の鼓動を感じ取るため、すべての攻撃を身体で受け止める。
「隊長、何を……」
鳴海には、空が一方的に殴られているようにしか見えなかった。
だが蓮司は動かない。
「見てろ」
「でも!」
「あいつは待ってんだよ」
大門の心臓が大きく脈打つ。
全身へ巡っていた星素が、次の出力に備えて胸部へ集まる。
皮膚の強化が薄れる。
一秒の百分の一にも満たない、僅かな間隙。
空の姿が消えた。
大門の拳が空を切る。
次の瞬間。
鎮静剤の注射器が、大門の首筋へ突き刺さっていた。
「……何をした」
『もう終わった』
空が薬剤を注入する。
大門の全身から噴き上がっていた星素が弱まる。
膨張していた筋肉が元へ戻り、その巨体が傾いた。
空は倒れる大門を片腕で受け止めた。
『こいつを医療班へ』
戦闘開始から、三分にも満たない。
空は必殺技を使っていない。
星穿も。
天墜も。
四万Stの星素量を強制的に引き出された物理系の怪物を、こちらから一撃も加えることなく制圧した。
鳴海は、その光景を言葉もなく見つめていた。
◇
大門剛士は、アストラ本部の医療区画へ搬送された。
強制的に開かれた星脈には複数の損傷が確認されたが、崩壊には至っていない。
命に別状はない。
後遺症が残る可能性も低いと診断された。
戦闘中に観測された四万Stは、星脈の許容量を超えて一時的に引き出された異常値だった。
医療区画前の廊下。
鳴海は、長椅子へ座ったまま自分の手を見つめていた。
そこへ蓮司が歩いてくる。
「何をぼうっとしてんだ」
「分からなくなったんです」
「何がだ」
「星素量だけで、強さが決まるわけじゃない。それは分かりました」
鳴海は訓練で蓮司に完敗した。
蓮司の星素量は、自分の二倍近い一万八千六百St。
戦闘中の大門から引き出された星素は、その蓮司の保有量をさらに倍以上も上回る約四万St。
それでも、大門は空に何一つ通用しなかった。
「四万Stですよ」
「ああ」
「あんな数値、普通の星能者じゃ届かない。それなのに、隊長は全然本気を出してなかった」
「そうだな」
「空隊長は、星素の使い方が上手いから強いんですか」
「それもある」
「出力が高いから?」
「それもあるな」
「じゃあ、経験と判断力ですか」
「それも間違ってねえ」
「全部じゃないですか」
「全部だよ」
蓮司が壁へ背中を預ける。
少し離れたところでは、空が医療部の職員から事情を聞いていた。
頬にも、身体にも、傷らしい傷はない。
「そういや鳴海。空隊長の星素量、知ってるか?」
「知りません。隊長級の詳細な数値は、一般隊員には開示されてませんから」
「十三万八千Stだ」
「……はい?」
「空隊長の保有星素量は、十三万八千St」
鳴海は言葉を失った。
「そんな数値、見たことも聞いたこともない……」
「それだけじゃねえ」
蓮司は医療区画の向こうにいる空を見る。
「あいつは、その十三万八千を一滴も無駄にしねえ」
「出力も、効率も、制御も、全部が物理系の頂点だ」
「……ありえない」
「だから極星なんだよ」
二人の視線に気づいた空が振り返る。
『お前ら、何の話してんだ?』
「隊長が人間かどうかって話だ」
『ぶっ飛ばすぞ、お前』
「四万Stを無傷で止めた直後に言う台詞じゃねえんだよ」
『あいつを傷つけなかったんだから、いいだろ』
「広場の路面は沈んでたぞ」
『あれは大門がやった』
「最後に踏んだのはお前だ」
『細けえなあ』
「やりすぎなんだよ、隊長は」
空は不満そうに蓮司を睨む。
だがすぐに、大門のいる医療室へ目を向けた。
『生きて帰れたんだから、安いもんだろ』
蓮司は答えなかった。
代わりに、僅かに口元を上げた。
◇
同日、午後六時。
アストラ本部、統合管制室。
扇原蘭は、大門の経歴と以前に回収された資料を照合していた。
大門は元災害救助隊員。
十年前、星務庁管轄の星脈医学研究棟で行われた大規模防災訓練に参加している。
訓練参加者には、健康管理の名目で通常より詳しい星脈検査が実施されていた。
その検査記録の項目と、旧西央放送局で発見された資料の項目が完全に一致している。
偶然ではない。
強制クラフトの標的は、無作為に選ばれているのではなかった。
蘭が通信回線を開く。
《桜。今、話せる?》
『はい。どうしましたか?』
《大門さんが選ばれた理由、分かったかもしれない》
『発現する星能を、事前に把握していたのですか?』
《そこまでは分からない。でも、星脈の性質は調べられていたみたい》
蘭は二つの資料を画面へ並べる。
《敵は、誰でもいいから星脈を開いているわけじゃないよ》
《強制的な発現に耐えられる人。その中でも、強力なクラフトが生まれる可能性を持つ人を選んでるの》
『その選別に使われたのが……』
《星務庁が保管していた、星脈検査の記録みたい》
短い沈黙が流れる。
星務庁。
星能に関する制度、研究、登録を管理する政府機関。
本来なら、人々を守るために情報を保管している場所。
その内部にあるはずの記録が、人の星脈を無理やり開くために利用されている。
『蘭。これは情報の流出でしょうか』
《そうだといいね》
蘭の声は優しい。
だが、その表情は険しかった。
《もし、流出じゃなかったら――もっと大きな問題だから》
統合管制室の窓の向こう。
夜空には、白き幽星が輝いている。
その縁を侵す赤い光は、僅かずつ、しかし確実に広がり続けていた。




