二十二話「内側から開いた扉」
星殻兵による襲撃から、十七時間後。
アストラ本部、星能解析区画。
幾重もの星素遮断壁に囲まれた実験室の中央で、黒い球体が静かに浮かんでいた。
直径は二十センチほど。
第二十一地下搬送路で伊織が星殻兵から引き抜いた、唯一の核。
表面には血管のような赤い線が走り、不規則な明滅を繰り返している。
球体そのものに、機械的な継ぎ目は存在しない。
生体組織もない。
それでも、観測装置には人間の心拍に似た周期が表示されていた。
「星素濃度、変化ありません」
操作卓に座った羽鳥日和が、画面へ流れる数値を追う。
「内部出力も規定値以下。今のところ、再起動する兆候はありません」
「今のところ、ね」
扇原蘭は、防護ガラスの向こうから核を見つめていた。
実験室の中には、白い解析服を着た鷲宮彩乃がいる。
創雅隊隊長。
造形系クラフトの使い手として、アストラでも最上位の技術と知識を持つ人物である。
彩乃が核の周囲へ複数の観測端末を配置する。
「ひよりん。遮断容器の内側へ、もう少し星素を流してもらえる?」
「星素を、ですか?」
「うん。ほんの少しでいい。外から星素を与えたときに、どこへ流れるのか見たい」
「危なくありません?」
「だから私が中にいるの」
「それ、安心していい理由になってます?」
日和は不安そうにしながらも、供給量を最低値に設定した。
「毎秒一St。流します」
遮断容器の内側へ、ごく僅かな星素が放出される。
黒い核の表面に走る赤い線が、同時に輝いた。
「反応しました」
星素は核へ吸収されていく。
内部に蓄積されるのではない。
取り込まれた星素が球体の外側へ流れ、表面で薄い膜へ変わっていく。
赤黒い膜。
それが幾重にも重なり、僅かずつ厚みを増していく。
「供給を止めて」
彩乃が告げる。
日和が即座に操作する。
外部からの星素が途切れると、外殻の形成も止まった。
黒い核の片側に、指先ほどの突起が残されている。
「今のは……」
蘭が目を細める。
「星殻兵の身体?」
「まだ外殻の一部だけど、そう考えていいと思う」
彩乃は核へ近づき、形成された突起を観察した。
「これは誰かが形を作っているわけじゃない。核の周囲に星素を定着させて、自分で外殻を形成しているみたい」
「造形系のクラフトではないんですか?」
日和が尋ねる。
「似ているけど、違う」
彩乃は外殻へ触れず、その表面へ観測端末を近づける。
「造形系は、星素を使って使い手が形を与えるもの。どんなものを作るのか、どこへ伸ばすのか。そこには必ず星能者の意思がある」
彩乃が核へ視線を戻す。
「でも、これは違う。与えられた命令に従って、核そのものが必要な身体を形成している」
「核が、自分で考えている?」
「考えてはいないと思う。昨日の記録を見る限り、感情も自我もないから」
彩乃は僅かに眉を寄せた。
「心臓だけを用意して、人間の身体を再現させているようなものね。生物とも機械とも言い切れない」
日和が画面へ視線を落とす。
黒い核は、外部から与えられた一Stの星素を余すことなく外殻へ変えていた。
「星素さえあれば、何度でも身体を作れるんですか?」
「核が壊れない限りは、その可能性がある」
「昨日、五体が自爆したのは……」
「核まで消失させるためでしょうね」
蘭が答える。
五体の星殻兵は、任務の失敗と同時に内部崩壊した。
外殻だけでなく、核そのものを残さないために。
伊織が一体分の核を引き抜いていなければ、星殻兵の構造を調べる手段は失われていた。
「外殻の材料は星素だけ?」
蘭が尋ねる。
「ほとんどはね。ただ、核の中には別のものが混ざってる」
彩乃が解析結果をガラスへ投影する。
黒い球体の中心。
赤黒い星素の中に、通常とは異なる反応が表示されている。
幽星から降り注ぐ星素とも。
人間の星脈を巡る星素とも異なる波形。
「強制クラフトの被験者から検出された、赤い侵食反応と同じ?」
「近い。でも、こっちの方が濃い」
彩乃は波形を拡大した。
「強制クラフトでは、人間の星脈へ外から赤い星素を混ぜていた。これは逆。赤い星素の塊へ、外から通常の星素を取り込んでる」
「人間へ異物を入れる技術と、異物へ身体を与える技術……」
「構造は反対だけど、使っている基礎技術は同じだと思う」
蘭が二つの波形を見比べる。
大門剛士の星脈を強制的に開いた装置。
地下交通ターミナルに設置されていた感情増幅装置。
そして、星殻兵の核。
用途は異なる。
それでも三つの技術には、赤黒い星素を安定させる共通の機構が使われている。
「同じところから生まれた技術ってことだね」
「おそらくは」
彩乃が実験室の出口へ向かう。
「核はこのまま完全遮断した方がいい。星素を与えれば、また外殻を作り始める」
扉が開き、彩乃が解析室へ戻ってくる。
日和が新しい遮断設定を入力した。
「外部星素を完全遮断。予備電源も切り離します」
「お願い」
蘭は黒い核を見つめたまま、彩乃へ尋ねる。
「星殻兵を大量に作ることは可能だと思う?」
「核を用意できるなら」
「外殻は必要ない?」
「周囲から星素を取り込ませればいい。身体そのものを運ばなくても、核だけ現場へ持ち込めば、その場で兵士を作れる」
「ずいぶん便利な兵器ですね……」
日和の声が沈む。
大型の兵器を運搬する必要はない。
人間の兵士を潜入させる必要もない。
小さな核を送り込み、星素を与えるだけでいい。
そこに意思はない。
恐怖もない。
命令がある限り動き続ける。
壊されても、核さえ残れば再生する。
「便利じゃないよ」
彩乃が静かに答えた。
「便利な兵器なら、壊れたときに止まるように作る。これは自分の核を消すまで動いた」
彩乃の視線が、第二十一地下搬送路の映像へ移る。
「作った人間は、最初から帰還させるつもりがない」
◇
同時刻。
アストラ本部、保安管制室。
壁一面の画面に、地下搬送路の記録が並んでいた。
榊原征吾は、破壊された防護壁の映像を見つめていた。
アストラ本部長。
五十九歳。
国立星律士官学校第一期生にして、アストラ創設期から現場を支えてきた人物である。
「もう一度、破壊直前の記録を出せ」
「はい」
職員が映像を巻き戻す。
時刻は午前九時三十六分。
星殻兵が現れる、三秒前。
外見上、防護壁には変化がない。
だが内部構造を示す画面では、赤い表示が一瞬だけ緑へ切り替わっていた。
「防護機構の解除を確認しました」
蘭が報告する。
「壁が破壊される直前、内部の固定装置と星素防壁が停止しています」
「敵が解除した可能性は?」
「外部からの侵入記録はありません」
「なら、内部から開けたということか」
「はい」
短い返答が、保安管制室へ重く落ちる。
星殻兵は、力任せにアストラ本部の防護壁を突破したのではなかった。
誰かが防護機構を解除したあと、残された壁だけを破壊して侵入した。
「使用された権限は?」
榊原が尋ねる。
日和が記録を表示する。
「識別番号は存在します。でも、所有者名がありません」
「未登録の権限か?」
「違います。登録情報そのものが削除されています」
「権限の階級は」
日和が答える前に、室内の扉が開いた。
「現在の分類に当てはめるなら、特級管理権限でしょう」
落ち着いた男の声。
榊原が振り返る。
仕立てのよい黒いスーツ。
銀の混じった髪を後方へ整え、細い眼鏡の奥から画面を見つめている。
久世雅臣。
アストラ執行理事兼、星能技術統括局長。
榊原と同じく、国立星律士官学校第一期生。
アストラの前身となる部隊にいた頃から、榊原と共に組織を支えてきた男だった。
「遅かったな、雅臣」
「星務庁から、随分と熱心な問い合わせを受けていましてね」
「また移管命令か」
「今朝だけで二度目です」
久世は榊原の隣へ立ち、解除記録へ目を向けた。
「核を回収したことも、既に把握していました」
蘭が久世を見る。
「星務庁へは報告していません」
「ええ。だからこそ、私も急いで来ました」
久世は操作卓へ手を伸ばさず、画面に表示された識別番号を読む。
「これは、現在のアストラで発行された権限ではありません」
「分かるのか」
「形式が古い。アストラ設立以前、星務庁との共同研究区画で使われていたものです」
榊原が眉を寄せる。
「まだ残っていたのか」
「残っていた、という表現は正確ではないかもしれません」
「どういう意味だ?」
「当時の管理権限は、アストラ設立時にすべて現在の形式へ移行したはずです。旧形式のまま残っているなら、誰かが意図的に移行対象から外したことになります」
日和が権限情報の階層を開く。
「待ってください」
現在使用されている管理権限と、正体不明の旧権限。
二つを並べる。
日和の指が止まった。
「おかしいです」
「何が?」
「この旧権限、現在のシステムへ無理やり侵入したんじゃありません」
階層図の最上部。
本部長権限よりも、技術統括局長権限よりも上。
通常は何も表示されない領域に、正体不明の識別番号が存在している。
「最初から、基幹システムの中に組み込まれています」
榊原が無言で画面を見つめる。
「俺の権限で停止できるか」
「試します」
日和が、本部長権限による停止命令を入力する。
画面へ赤い文字が表示された。
《操作権限が不足しています》
「本部長より上の権限って、何ですか……」
日和の呟きに、誰も答えない。
アストラの最高責任者は、榊原征吾。
その本部長に、操作権限がない。
「星務庁の長官権限か?」
榊原が尋ねる。
「現在の長官権限とは形式が異なります」
久世が答える。
「おそらく、特定の研究計画だけに与えられた専用権限でしょう」
「その計画を調べろ」
「征吾」
久世の声が、榊原を止めた。
二人の視線が交わる。
「何だ」
「ここから先は、慎重に進めるべきです」
「本部の地下へ敵を招き入れた権限だぞ。放置できると思うか」
「放置しろとは言っていません」
久世の口調は変わらない。
榊原が声を強めても、感情を荒らげる様子はなかった。
「この権限を用意した人間は、少なくともアストラの基幹システムへ手を加えられる立場にいる。そして、こちらが何を調べているのか把握している可能性が高い」
「だから黙っていろと?」
「大々的な内部調査を始めれば、相手は証拠を消します」
久世が保安記録を拡大する。
「星殻兵は、自爆によって五体分の核を消失させた。自分たちに繋がる証拠を残さないことを、最初から優先している相手です」
「……続けろ」
「調査対象を限定します。表向きには、地下搬送路の設備不良として処理する。旧管理権限を調べる者は、この部屋にいる人間だけに留めるべきでしょう」
榊原は蘭と日和を見る。
二人とも、久世の提案を否定しなかった。
「星務庁はどうする」
「回収した十六個の装置のうち、解析済みの二個を引き渡します」
「核は?」
「地下搬送路の爆発で消失したと報告します」
日和が久世を見る。
「虚偽報告になります」
「星務庁が正規の手続きを踏まず、核の存在を知っている時点で、こちらだけがすべてを正直に話す理由はありません」
「拘束した六人は」
「星脈への後遺症を理由に、医療区画へ残します。現在の状態で移送すれば生命に関わると、医療部から正式な診断書を出してもらいましょう」
榊原が腕を組む。
「全部、星務庁から隠すつもりか」
「相手を星務庁全体と考える必要はありません」
久世は静かに答えた。
「星務庁の中にも、今回の件を知らない者はいるはずです。逆に、アストラの中にも知っている者がいる」
保安管制室の画面。
本部長さえ停止できない管理権限が、今も基幹システムの中に残っている。
「疑うべきは組織ではなく、そこにいる人間です」
榊原はしばらく久世を見つめた。
二人が出会ったのは、三十年以上前。
国立星律士官学校の第一期生として、制度も設備も整っていなかった時代を共に過ごした。
アストラの前身となる部隊でも、幾度となく背中を預けている。
「分かった」
榊原が答える。
「この件は、俺と雅臣、蘭、羽鳥の四人で進める」
「彩乃先輩は?」
蘭が尋ねる。
「核の解析に必要な情報だけ共有する。内部調査については伏せろ」
「了解」
「ほかの隊長にも話すな。空、桜、碧にもだ」
蘭は僅かに表情を曇らせた。
三人は同期。
これまで蘭は、何度も彼女たちへ情報を送り、その判断を支えてきた。
だが今回は、その三人にさえ伏せなければならない。
「……分かりました」
榊原が久世を見る。
「旧研究区画の記録は、お前が調べろ」
「承知しました」
「俺より詳しい人間は、お前しかいない」
久世は僅かに目を細めた。
「ずいぶん買ってくれますね」
「今さら何を言ってる」
「そうでしたね」
二人の間に、一瞬だけ若い頃の空気が戻る。
それは、長い年月を共に過ごした者にしか見せない表情だった。
◇
午後三時四十分。
創雅隊、星素構造解析室。
蘭は、彩乃から送られた核の解析結果と、旧管理権限の記録を照合していた。
隣では、日和が星務庁へ提出する偽装報告書を作成している。
「核一個、爆発により完全消失……」
日和が入力の手を止めた。
「これ、あとで私だけ怒られたりしません?」
「本部長と久世さんの承認つきだよ」
「偉い人二人が怒られそうになったら、私を差し出しません?」
「本部長はやらないね」
「久世さんは?」
「分からない」
「そこは即答してくださいよ」
日和が不安そうな顔をする。
解析室の奥では、彩乃が複数の立体構造図を並べていた。
「蘭。少しいい?」
「何か見つかった?」
「強制クラフトの装置と、星殻兵の核。共通している部分を抽出してみたの」
蘭と日和が、彩乃の画面へ近づく。
三つの構造図。
大門へ取りつけられていた星脈干渉装置。
地下交通ターミナルの感情増幅装置。
星殻兵の核。
外見も用途も異なる三つの技術。
その中心に、同じ形の星素循環路が存在している。
「完全に一致しています」
日和が呟く。
「偶然ではないね」
彩乃が答える。
「同じ設計を、それぞれ別の用途へ転用している」
「設計者まで分かる?」
「そこまでは残ってない。ただ、星殻兵の核には、何度も設計を変更した痕跡がある」
「試作品?」
「たぶんね」
彩乃が核の内部構造を段階ごとに分ける。
「最初は、赤い星素を安定させるための容器だった。それから外部の星素を取り込む機能が追加されて、最後に命令を記録する領域が作られてる」
「最初から兵士を作ろうとしたわけじゃない?」
「そう見える」
彩乃は最初期の構造だけを拡大した。
「この核は、別の何かを定着させるために作られた。それを後から、星殻兵へ転用したんだと思う」
「何を定着させるためのものだったんでしょう」
「分からない」
彩乃は首を横へ振る。
「でも、人間の星脈へ使うことを前提にしていた形に近い」
蘭の視線が止まる。
「人間の星脈へ、赤い星素を定着させる」
「強制クラフトの原型かもしれない」
日和が旧西央放送局の資料を呼び出す。
星脈の強制開放。
星素循環の人工的な拡張。
発現する星能の誘導。
断片的に残されていた研究項目を、核の構造と照合する。
「一致する項目があります」
日和が画面を指す。
「ここです。外部星素の定着率。星脈拒絶反応。循環経路の固定化……」
「その資料に、計画名はない?」
「ほとんど削除されています」
「ほとんど?」
日和が一つの資料を拡大した。
黒く塗り潰された上部。
通常の表示では何も読めない。
「削除された文字列の長さだけは残っています。英字で六文字」
蘭が旧管理権限の識別情報を開く。
そこにも、所有者名が削除された痕跡がある。
「ひよりん。二つを重ねられる?」
「やってみます」
日和が、資料と権限記録を同じ画面へ並べる。
削除された文字列。
消去された識別情報。
さらに、星殻兵の核から回収された破損データ。
三つの欠損部分が、同じ位置で一致する。
「これ、同じ形式で消されています」
「復元できる?」
「一つだけなら無理です。でも、三つに残った断片を組み合わせれば……」
日和が欠損データを重ねる。
一つ目の資料に残った文字。
二つ目の権限記録に残った文字。
三つ目の核に残された文字列。
足りない部分を互いに補い、削除されていた名称が一文字ずつ復元されていく。
G。
I。
F。
T。
E。
D。
画面に、六文字の単語が表示された。
「ギフテッド……」
日和が読み上げる。
復元処理を続ける。
だが、その先に続くデータは破損が激しく、完全には復元できない。
代わりに、核の内部から別の項目が表示された。
《GIFTED――定着段階・転用試験》
「定着段階……」
彩乃が画面を見る。
「やっぱり星殻兵そのものを作る計画じゃない」
「星殻兵は、定着技術を別の用途へ転用したもの」
「元の目的は、人間の星脈へ何かを定着させることだった可能性が高いね」
蘭は、復元された名称を端末へ保存した。
「本部長へ報告する」
「私も行く?」
彩乃が尋ねる。
「ううん。内部調査とは分けるように言われてるから、解析結果だけ預かるね」
「分かった」
彩乃は追及しなかった。
だが、蘭の表情を見て、何も起きていないとは考えていない。
「蘭」
「何?」
「一人で抱え込まないでね」
蘭が僅かに目を見開く。
「顔に出てた?」
「少しだけ」
「空たちには分かるかな」
「どうだろう。桜なら気づくかもしれない」
「困ったなあ」
「でも、今は話せないんでしょう?」
「うん」
「なら、話せるようになるまで私が待つ」
彩乃は柔らかく微笑む。
「必要になったら呼んで。私にできることなら手伝うから」
「ありがとう、彩乃先輩」
◇
午後五時二十分。
アストラ本部、本部長室。
榊原は、復元された文字列を見つめていた。
《GIFTED――定着段階・転用試験》
「聞いたことはあるか」
榊原の問いに、久世は首を横へ振る。
「ありません。少なくとも、アストラの正式な研究計画には存在しない名称です」
「星務庁の研究か」
「旧管理権限と結びついている以上、その可能性は高いでしょう」
蘭が、彩乃の解析結果を表示する。
「星殻兵の核は、もともと人間の星脈へ何かを定着させるために作られた可能性があります」
「強制クラフトか」
「基礎技術は同じです。ただ、強制クラフトよりも前に核の原型が作られていた形跡があります」
「なら、強制クラフトが計画の始まりではない」
「はい。別の計画で作られた技術を、誰かが転用しています」
榊原の表情が険しくなる。
これまで発生した強制クラフト事件。
星脈の適性を事前に調べられていた被害者たち。
感情を増幅する装置。
そして、心を持たない星殻兵。
それぞれが独立した実験ではない。
一つの古い計画から枝分かれした技術である可能性が浮かび上がった。
「ギフテッド」
榊原が名称を口にする。
「何のための計画だ」
誰も答えられない。
久世が、復元された記録の付属情報へ目を向ける。
「この参照先は調べましたか?」
「参照先?」
日和が画面を切り替える。
「破損していて、開けませんでした」
「データそのものではなく、接続先の識別番号を調べてください」
日和が指示どおり、文字列の参照経路を追う。
核に残されていたデータは、単独で完結していない。
外部に保管された別の記録を読み込むことを前提としている。
一つ目の接続先は、既に閉鎖された星務庁の研究区画。
二つ目は、所有者不明。
そして三つ目。
現在も稼働している施設名が表示された。
「国立星律士官学校……」
蘭の声が低くなる。
参照先は、士官学校の星脈記録保管区。
在学生と卒業生の星脈検査記録が保存されている場所だった。
「接続履歴を出せ」
榊原が命じる。
日和が記録を開く。
旧管理権限は、地下搬送路の防護機構を解除しただけではなかった。
事件の三日前。
国立星律士官学校の記録保管区へ接続している。
閲覧された記録は、在学生二百八十一人分。
「全員の星脈記録が見られています」
日和の声が震える。
「適性検査、星素量、発現系統、過去の負傷歴……全部です」
大門剛士が選ばれた理由。
十年前の星脈検査記録。
強制的な発現に耐えられる人間を、敵は事前に選別していた。
同じことが、今度は士官学校の在学生へ行われている。
「すぐに士官学校へ連絡しろ」
榊原が立ち上がる。
「全生徒の記録を外部回線から切り離せ。校内警備を最高段階へ引き上げる」
「待ってください」
日和が画面を見つめたまま言う。
「接続は、まだ続いています」
「切断できるか」
「こちらからは無理です。あの旧管理権限が、士官学校の基幹システムにも入っています」
榊原が久世を見る。
「雅臣」
「星務庁へ悟られないよう、私の方から士官学校へ連絡します」
「頼む」
「ただし、理由を知らせれば内部協力者にも伝わる可能性があります」
「設備点検で構わん。とにかく生徒を守れ」
久世が端末を取り出す。
蘭は、閲覧された二百八十一人分の記録を見つめていた。
既に情報は奪われている。
接続を切ったところで、敵の手元から消えるわけではない。
「蘭さん」
日和が、一つの項目を指す。
閲覧された星脈記録の横に、新たな分類が追加されていた。
《適合評価》
大半の生徒は、低い数値。
だが、その中に数名だけ、突出して高い評価を与えられた者がいる。
敵は、士官学校の記録を盗んだだけではない。
一人ずつを調べ、何かの基準によって選別している。
「候補者を探してる……」
蘭が呟く。
何の候補者なのか。
ギフテッド計画が、どこを目指しているのか。
まだ分からない。
そのとき、画面の最上部に赤い警告が表示された。
《外部接続終了》
旧管理権限が、士官学校の記録保管区から切断される。
直後。
閲覧履歴と適合評価の一覧が、一斉に消去され始めた。
「消されます!」
「複製しろ!」
「やってます!」
日和が必死に操作する。
消去されていく二百八十一人分の記録。
蘭も別の端末から保存を開始する。
残り七十パーセント。
五十。
三十。
適合評価の高い生徒から、優先的に記録が消えていく。
「間に合って……!」
残り五パーセント。
画面が暗転した。
すべての接続記録が失われる。
日和が複製データを確認する。
「一部だけ、残りました」
「名前は?」
「消されています。識別番号と評価値だけです」
蘭が保存された一覧を見る。
氏名のない、複数の候補者。
その中で最も高い評価を示した一つの記録だけが、赤く表示されている。
《適合評価――A》
榊原が画面を見つめる。
「士官学校へ警戒命令を出せ」
久世が静かに答える。
「既に送っています」
「各隊にも待機を命じろ。理由は伏せて構わん」
「了解」
蘭は統合管制室へ戻るため、端末を手に取った。
まだ事件は起きていない。
敵が士官学校を狙っている証拠もない。
それでも、蘭には確信があった。
大門剛士のときと同じ。
敵は、選んでいる。
強制的な発現に耐えられる者。
強力な星能を得る可能性を持つ者。
そして今度は、その候補者が集まる場所を見つけてしまった。
国立星律士官学校。
未来のアストラ隊員たちが学ぶ場所。
画面に残された最後の一行。
《GIFTED――次段階対象選定完了》
その文字を見つめる蘭の背後で。
本部長室の窓の向こう。
白き幽星の縁を侵す赤い光が、また僅かに広がった。




