十二話「全員そろって」
同日、午後一時二十分。
アストラ本部、第二管制室。
正面の大型画面には、西部区域の立体地図が表示されていた。
地図の中央で点滅しているのは、現在使用されていない旧変電施設。
その周囲を、複数の監視部隊が取り囲んでいる。
統合管制室では、扇原蘭が十五人の候補者に関する捜索と保護を一括して指揮していた。
第二管制室を任された羽鳥日和は、椅子へ座ったまま何度も資料を確認している。
画面の端に、一人の男の顔写真が表示されていた。
須藤圭吾。
三十四歳。
西部区域にある金属加工会社の元作業員。
十年前の星脈検査では、強制的な発現にも耐え得る太い星脈と、高い星素感応性が記録されている。
三日前から所在不明。
家族や勤務先への連絡も途絶えていた。
その須藤を乗せている可能性がある輸送車両が、旧変電施設へ入ったことが確認された。
車両の登録番号は偽造。
運転手の身元も分かっていない。
施設周辺からは、黒い装置と同質の星素波形が検出されている。
「日和」
隣から蘭が声をかけた。
統合管制室へ戻る前に、最終確認へ来ていた。
「任務内容は把握できてる?」
「はい。須藤圭吾さんの救出。正体不明の輸送車両と、旧変電施設の調査。黒い装置を発見した場合は回収します」
「現場は?」
「堂前副隊長を指揮官として、五名の混成班です」
日和が担当者一覧を開く。
現場指揮官、天衝隊副隊長――堂前蓮司。
感知担当、心導隊副隊長――雨宮奏。
先行及び救助担当、天衝隊――鳴海颯真。
防護担当、天衝隊――香坂真琴。
施設保全担当、創雅隊副隊長――片桐茜。
「須藤さんの星能が発現した場合、種類も規模も予測できないよ」
「分かっています」
「危険だと判断したら、現場からの撤退を優先して」
「はい」
日和の返事に迷いはない。
蘭はその横顔をしばらく見つめたあと、別の資料を画面へ表示した。
瀬川直人が白き幽星から星素を受け入れた、十二秒間の観測記録。
本来の造形系クラフト「護殻」とは異なる反応が、一瞬だけ重なっている。
「もう一つ、気に留めておいてほしいことがあるの」
「この波形ですか?」
「うん。一人の星能者から、異なる二種類の星素反応が検出されてる」
「外部から星素を取り込んだ影響では?」
「その可能性はあるよ。でも、二つの反応は混ざってないの。一つの星脈の中に、別々の流路ができたように見える」
「一人の星能者が、二つのクラフトを持ったということですか?」
「まだ断定はできない。ただ、理論上だけ存在すると言われている現象があるの」
蘭が古い研究資料を開く。
正式な観測記録ではない。
星能研究者の間で、長年仮説として扱われてきた現象。
幻の複系統星能――ツインズ。
「異なる二つの系統を、一人の星能者が持つ……」
「公的に確認された例はないよ。瀬川さんの反応も、観測誤差かもしれない」
「今回の任務と関係があるんですか?」
「分からない。でも、黒い装置と幽星が星脈へどんな影響を与えるのか、まだ何も分かってないから」
蘭が資料を閉じる。
「現場で通常と異なる反応が出たら、記録だけは残しておいて」
「了解しました!」
蘭は小さく頷いた。
「任せるね」
「任されました!」
「それと、資料の順番は?」
「今日は一枚も動かしていません!」
「今日は?」
「言葉の綾です!」
蘭が僅かに笑う。
「何かあったら、すぐに統合管制室へ繋いで」
「はい、蘭先輩」
蘭が第二管制室を出ていく。
扉が閉まると、室内には日和一人だけが残された。
目の前には、五人分の生体情報。
星素残量。
旧変電施設の構造。
周辺住民の避難状況。
日和は全ての情報を確認してから、混成班の通信回線を接続した。
《皆さん、お待たせしました! 西部区域の管制は、明るさと正確さを兼ね備えた羽鳥日和が担当します!》
「自分で言うな、ひよりん」
蓮司が即座に返した。
《堂前副隊長。今日は蘭先輩から、完璧に任務を終わらせるよう言われています!》
「蘭は完璧とまでは言ってねえと思うぞ」
《細かいことを気にすると、髭が伸びますよ》
「関係ねえだろ」
「日和先輩。任務と無関係な会話は、到着までに終わらせてください」
奏の冷静な声が届く。
《雨宮副隊長、相変わらず厳しい!》
「当然の指摘です」
「俺は、いつもの日和で安心したけどな」
鳴海が会話へ入った。
《さすが鳴海くん。同期の良さを分かっていますね!》
「訓練じゃないんだから、指示だけは間違えるなよ」
《一言多い!》
「大丈夫よ。日和ちゃんが本気になったときの指示は正確だから」
香坂真琴の声だった。
《香坂先輩まで、普段は本気じゃないみたいに言わないでください!》
「そういう意味じゃないわ」
「今のは、そういう意味にしか聞こえへんかったけどな」
茜が笑う。
《茜副隊長も笑ってないで助けてください!》
「ひよりんは、いじられとるくらいがちょうどええやろ」
《そんな立ち位置を希望した覚えはありません!》
「お前ら、そろそろ切り替えろ」
蓮司の声が低くなる。
騒がしかった回線が静まった。
日和も表情を改め、各員の端末へ旧変電施設の立体図を送る。
《対象を乗せている可能性がある輸送車は、施設中央の整備棟前に停車しています》
《運転席と荷台から、それぞれ一名分の生体反応を確認。荷台の反応が須藤圭吾さんと推定されます》
《施設内に、それ以外の生体反応はありません。ただし、複数箇所から微弱な星素波形が検出されています》
「装置の数は?」
《特定できません。施設内の金属設備が波形を反射して、発生源が分散しています》
「最初から厄介やな」
茜が呟く。
《堂前副隊長は現場指揮。雨宮副隊長は輸送車と須藤さんの感情を確認してください》
《鳴海くんは先行して周辺の安全確認。香坂先輩は輸送車を開く際の防護をお願いします。茜副隊長は建物と設備の保全を優先してください》
「了解した」
「承知しました」
「了解」
「了解したわ、日和ちゃん」
「任せとき、ひよりん」
五人の返事を聞き、日和は一度息を吸った。
《では――全員そろって帰ってきてください!》
混成班が、旧変電施設へ突入した。
◇
施設内には、使われなくなった変圧器や送電設備が並んでいた。
長期間放置されているにもかかわらず、機材の一部には新しい傷がついている。
大型の金属板が移動させられた跡。
床に残る複数の靴跡。
何者かが、この場所を一時的に使用していたことは明らかだった。
鳴海が先頭を走り、整備棟の陰から輸送車を確認する。
「車両を発見。外から見える範囲に人影はない」
《運転席の生体反応は動いていません。意識を失っている可能性があります》
「先に運転手を確認する」
鳴海が姿勢を低くした。
青白い星素が足元で弾ける。
一瞬で輸送車の横へ移動し、運転席の窓から内部を覗き込んだ。
男が一人、ハンドルへ突っ伏している。
「生きてる。呼吸もある」
「感情は?」
蓮司が尋ねる。
奏は車両から少し離れた場所で目を閉じていた。
「恐怖が残っています。ですが、現在の意識はありません」
「荷台は?」
「一人です」
奏の眉が僅かに寄る。
「強い混乱と恐怖。それから……怒り」
「須藤か」
「おそらく」
蓮司が輸送車へ近づく。
「香坂。荷台を開ける。防護を頼む」
「了解」
真琴が両手を荷台へ向ける。
白い星素が広がり、輸送車の周囲を薄い殻状の構造物が覆った。
完全には閉じない。
爆発が起きた場合、衝撃を上方へ逃がすための隙間が残されている。
《香坂先輩、荷台内部の星素反応が上昇しています!》
「分かったわ」
「下がれ!」
蓮司が叫ぶ。
次の瞬間。
輸送車の荷台が内側から爆発した。
炎と金属片が周囲へ飛び散る。
真琴の繭殻が衝撃を受け止めた。
白い殻へ無数の亀裂が走る。
それでも、破片は一つも外へ出ない。
「香坂!」
「大丈夫!」
真琴が両腕へ力を込める。
砕けかけた繭殻が厚みを増し、二度目の爆発を内部へ封じ込めた。
《香坂先輩、繭殻の右側へ負荷が集中しています!》
「分かってる!」
《鳴海くん、運転手を車両から離してください!》
「了解!」
鳴海が運転席の扉を引き剥がす。
意識を失っている男を担ぎ上げ、その場から一気に離脱した。
炎の中。
破壊された荷台から、一人の男が姿を現した。
須藤圭吾。
右耳の後ろに、黒い装置が取りつけられている。
作業着は各所が裂け、皮膚の下を赤黒い星素が走っていた。
「助けてくれ……」
須藤が掠れた声を漏らす。
「身体が……勝手に……」
周囲に散らばっていた金属片が、音を立てて浮かび上がった。
輸送車の外板。
砕けた変圧器の部品。
床へ落ちていた鉄骨。
あらゆる金属が須藤の身体へ引き寄せられていく。
「全員、離れろ!」
蓮司が杭を射出する。
鎖が須藤の両腕へ巻きつく。
しかし、腕を覆った金属が急激に膨張した。
鎖が軋む。
須藤が腕を広げた瞬間、二本の鎖が弾き飛ばされた。
「力を受け入れなさい」
黒い装置から女の声が流れる。
「あなたを縛る全てを壊して」
「違う……俺は、こんなもの……!」
「拒絶する者を排除しなさい」
赤黒い星素が噴き上がる。
須藤の背後に積まれていた金属設備が、一斉に引き剥がされた。
腕。
胸部。
両脚。
頭部。
幾重もの金属が須藤の身体を覆い、人間の輪郭を失わせていく。
その全高は、五メートルを超えていた。
「でかくなりすぎやろ……!」
茜が見上げる。
「須藤さんの星素量、二万九千……三万二千……まだ上昇しています!」
奏が告げる。
「意識は?」
「残っています。ですが、装置から流されている衝動に呑まれかけています!」
金属の巨腕が振り上げられた。
標的は、繭殻を維持している真琴。
《香坂先輩、右です!》
日和の声と同時に、真琴が繭殻を重ねる。
巨腕が白い殻へ叩きつけられた。
轟音。
繭殻の表面が大きく陥没する。
真琴の身体が後方へ押された。
「くっ……!」
「真琴先輩!」
鳴海が駆け寄ろうとする。
「来ないで!」
真琴は踏みとどまり、壊れた繭殻を再形成した。
「私は大丈夫! 運転手を安全な場所へ!」
鳴海が奥歯を噛み、意識を失った男を整備棟の陰へ運ぶ。
「須藤さんから、香坂さんへの殺意を感じます!」
奏が声を上げる。
「本人のものか?」
「違います! 装置が、正面の障害を排除しようとしている!」
「だったら、次も香坂を狙うな」
蓮司が地面へ杭を打ち込む。
鎖を引き、自分の身体を一気に加速させた。
巨体の側面へ回り込み、四本の鎖を射出する。
二本が右腕。
一本が左脚。
最後の一本が首へ巻きついた。
「こっちだ、でくの坊!」
蓮司が鎖を引く。
巨体の動きが止まった。
真琴へ向いていた頭部が、蓮司の方角へ動く。
金属の拳が横薙ぎに振るわれた。
「左から来ます!」
奏の声。
蓮司は拳が動くより早く、別の杭を背後の地面へ射出した。
鎖が収縮する。
身体が後方へ引かれ、巨大な拳が胸元を掠めた。
風圧だけで、蓮司の隊服が大きく揺れる。
《堂前副隊長、対象が周囲の設備を取り込み続けています!》
「見りゃ分かる!」
《このままでは施設全体が対象の装甲になります!》
「茜!」
「分かっとる!」
茜が両手を地面へついた。
黄色い星素が床を走り、引き剥がされかけていた鉄骨と基礎を繋ぎ止める。
造形系クラフト――「ツグカネ」。
破損した物体同士を接合し、その構造を一時的に補強する星能。
須藤へ向かって浮き上がっていた鉄骨が、床へ引き戻された。
だが、全ては止められない。
「ひよりん! 固定できるんは近くの設備だけや! 細かい破片までは止められへん!」
《大きな設備だけで構いません! 対象がこれ以上巨大化するのを防いでください!》
「了解や!」
須藤の身体を覆う金属鎧が、さらに厚みを増す。
蓮司の鎖が一本ずつ引き千切られていく。
通常の拘束では止められない。
一本の鎖へ力を集中させれば、その一本が破壊される。
数を増やしても、同じ箇所へ力が集まれば結果は変わらない。
蓮司は周囲を見る。
広い施設。
地面へ固定された大型設備。
茜が補強した二本の支持柱。
真琴が展開する繭殻。
そして、巨大化した須藤。
「ひよりん」
蓮司が通信を開く。
「こいつを中心に、半径十五メートルの負荷を計算できるか」
《何をするつもりですか?》
「陣を敷く」
蓮司が一本目の杭を地面へ打ち込む。
「八本使う。四本は地面。二本は支持柱。残り二本は香坂の繭殻だ」
「私の繭殻を、杭の固定に使うんですか?」
「ああ。地面だけじゃ、こいつの力に耐えられねえ」
「できます」
真琴は迷わず答えた。
「必要な場所を教えてください」
《香坂先輩、繭殻を対象の北側と南西へ展開してください! 厚さは今の二倍!》
「了解!」
白い星素が地面から立ち上がる。
二つの巨大な繭殻が、須藤の逃走経路を塞ぐように形成された。
《茜副隊長、東側と西側の支持柱を補強してください!》
「どれくらい要る?」
《最大で一基あたり六千St相当の負荷がかかります!》
「無茶言うなあ!」
茜は笑いながら、二本の支持柱へ手を向けた。
「せやけど、やったる!」
黄色い星素が二本の柱を包み込み、地中の基礎と接続する。
古い鉄骨が軋む。
柱の表面に走っていた亀裂が塞がり、周囲の床と一体化した。
蓮司が二本目、三本目の杭を地面へ打ち込む。
須藤が、その動きに気づいた。
装置から女の声が流れる。
「拘束を許してはいけない」
「自由を奪う者を壊しなさい」
須藤が蓮司へ向かって踏み出す。
「堂前副隊長へ殺意が集中しました!」
奏が叫ぶ。
「鳴海!」
「了解!」
鳴海が須藤の視界を横切る。
青白い星素をまとい、金属の巨体の周囲を高速で駆ける。
須藤の腕が鳴海を追う。
巨大な拳が床へ叩きつけられた。
鳴海は直前で方向を変える。
路面が砕け、金属片が周囲へ飛び散った。
《鳴海くん、右へ七メートル!》
「分かってる!」
《その先に杭を打つ場所があります! 対象を誘導してください!》
「先に言え!」
鳴海が右へ進路を変える。
須藤が追う。
巨体が指定された位置へ踏み込んだ瞬間、蓮司の四本目の杭が足元へ突き刺さった。
砕けた床から、鋭い金属片が奏へ向かって飛ぶ。
「奏!」
鳴海の声。
通信端末からではない。
奏の右前方。
十四メートル先。
須藤の巨体を挟んだ向こう側。
鳴海の声が存在する場所そのものが、一つの点として奏の意識へ流れ込んできた。
そこまでの距離。
方向。
間にある障害物。
同時に、自分へ迫る金属片の位置まで分かる。
今いる場所と、鳴海がいる場所。
二つの地点が、細い線で繋がった。
行ける。
なぜか、そう思った。
奏が身を翻す。
金属片が制服の袖を掠め、背後の床へ突き刺さった。
《雨宮副隊長、応答してください!》
日和の声で、奏が我に返る。
「聞こえています」
《星素反応が一瞬だけ二つに分かれました。身体に異常は?》
奏が胸へ手を当てる。
微かな耳鳴り。
平衡感覚も僅かに乱れていた。
だが、すぐに収まる。
「問題ありません。施設内の金属へ反響した声を、同時に拾っただけです」
《通信波形にも乱れがあります。観測誤差の可能性を記録します。異常を感じた場合は、すぐに報告してください》
「承知しました」
先ほど感じた二つの地点は、もう繋がっていない。
奏は目の前の任務へ意識を戻した。
「あと四本だ!」
五本目が東側の支持柱へ打ち込まれる。
六本目は西側。
鎖が須藤の身体を囲むように広がっていく。
しかし、まだ陣は閉じていない。
須藤が蓮司の狙いを振り切るように、北側へ走り出す。
「逃げます!」
奏の声。
「香坂!」
「止める!」
真琴が両手を突き出した。
北側に展開された繭殻が急速に厚みを増す。
須藤の巨体が正面から激突した。
白い殻へ亀裂が走る。
真琴の口元から、僅かに血が流れた。
「香坂先輩!」
《維持できますか!?》
「できる!」
真琴は即答した。
「日和ちゃん。杭の位置を!」
《繭殻中央から右へ二メートル!》
「副隊長!」
「見えてる!」
蓮司が七本目の杭を射出する。
杭が繭殻へ突き刺さった。
白い殻が一度大きく揺れ、それでも杭を受け止める。
須藤が後退し、今度は南西へ向きを変えた。
その先には、もう一つの繭殻がある。
「八本目、来るで!」
茜が叫ぶ。
ツグカネの星素が、繭殻の外周と地面を接続する。
白い殻の根元が黄色い光で補強された。
須藤の巨体が繭殻へ衝突する。
蓮司が最後の杭を放った。
八本目。
杭が繭殻の中央へ深く突き刺さる。
八本の杭が、須藤を中心として円状に配置された。
地面に四本。
支持柱に二本。
二つの繭殻に一本ずつ。
全ての杭から伸びる鎖が、空中で交差する。
《八点の固定を確認!》
日和が負荷の流れを画面へ表示する。
《堂前副隊長、対象の力を一つの杭で受けないでください! 北側へ一八、西側へ一五、地面の四点へそれぞれ一二! 残りを南西と東側へ分散!》
「細けえ数字を一気に言うな!」
《堂前副隊長なら処理できます!》
「簡単に言いやがる!」
蓮司が両腕を広げた。
八本の鎖が一斉に動く。
須藤の両腕。
両脚。
胴。
肩。
首。
金属鎧の各所へ巻きついていく。
須藤が全身へ力を込めた。
鎖が軋む。
一本目の杭へ負荷が集中する直前、蓮司が鎖の流れを切り替えた。
力が二本目へ。
そこから三本目、四本目へ流れる。
一点へ加えられた力を、八方向へ分散させる。
地面が沈む。
支持柱が軋む。
繭殻へ新たな亀裂が走る。
それでも、どの杭も抜けない。
須藤の巨体が、陣の中央で止まった。
「鎖陣――」
蓮司が両手を強く握る。
無数の鎖が収束した。
「地縛牢!」
須藤の両膝が地面へ落ちる。
金属の巨腕が鎖を引き千切ろうと動く。
しかし、その力は八本の杭へ分散され、どこにも届かない。
右へ動けば、左側の鎖が締まる。
前へ出れば、背後の杭が引き戻す。
上へ逃れようとすれば、八方向から同時に地面へ押さえつけられる。
「止めた……!」
鳴海が足を止める。
「副隊長、こんな技を……」
「感心してる暇があったら、装置を外せ!」
蓮司の額から汗が流れる。
地縛牢を維持している間、蓮司自身はその場から動けない。
鎖一本ごとの負荷を調整し続けなければ、陣は一瞬で崩壊する。
「ひよりん! 長くは保たねえぞ!」
《雨宮副隊長、須藤さんの意識は!?》
「残っています!」
奏が拘束された須藤へ近づく。
金属の隙間。
その奥にある須藤本人の感情へ意識を集中させる。
「怖がっています」
「何をだ!」
「私たちではありません。自分の力で、誰かを傷つけることを恐れています!」
須藤の右腕が再び動く。
八本の鎖へ凄まじい力がかかった。
蓮司の足元が沈む。
「ぐっ……!」
「力を受け入れなさい」
黒い装置が告げる。
「あなたを止める者を排除して」
「違う……」
金属の奥から、須藤の声が漏れる。
「俺は……助けてほしい……!」
「今です!」
奏が叫ぶ。
《鳴海くん、右耳の後ろです!》
「了解!」
鳴海が床を蹴る。
青白い光となって、鎖の隙間を駆け抜けた。
須藤の肩へ飛び乗る。
黒い装置へ手を伸ばす。
その瞬間、頭部を覆っていた金属が鳴海を押し潰そうと閉じ始めた。
《香坂先輩、鳴海くんを防護してください!》
「間に合わせる!」
真琴が片手を須藤へ向ける。
鳴海と金属鎧の間へ、薄い繭殻が形成された。
閉じる金属を、白い殻が僅かに押し止める。
「今よ!」
鳴海の指が、黒い装置を掴んだ。
力任せに引き剥がす。
装置と須藤の皮膚を繋いでいた赤黒い星素が、細い糸となって伸びた。
「鳴海、投げろ!」
蓮司の声。
鳴海が装置を地面へ投げる。
茜が右手を向けた。
黄色い星素が装置の下にある金属板と床を接続する。
装置が、その場へ縫い止められた。
真琴の繭殻が上から覆い被さる。
次の瞬間。
黒い装置が爆発した。
白い殻が赤黒い炎を内部へ封じ込める。
須藤の身体から噴き出していた星素が弱まった。
全身を覆っていた金属鎧が崩れ始める。
「日和!」
鳴海が叫ぶ。
《須藤さんの星素反応が低下しています! 雨宮副隊長、星脈鎮静剤を!》
奏が須藤の首筋へ注射器を突き刺す。
薬剤を注入する。
赤黒い星素が消えた。
須藤の意識が途切れる。
「堂前副隊長、解除できます!」
「全員、離れろ!」
蓮司が鎖の拘束を一段ずつ緩める。
急激に解けば、支えを失った金属鎧が須藤本人へ崩れ落ちる。
八本の鎖で外側の装甲を支えながら、中心にいる須藤の身体だけを地面へ下ろしていく。
「香坂!」
「分かってる!」
真琴が須藤の周囲へ繭殻を形成する。
白い殻が、崩れる金属片からその身体を守った。
「茜!」
「こっちも任せとき!」
茜がツグカネを展開する。
崩れ落ちる大型設備を床へ接続し、二次崩落を防いだ。
最後の金属片が地面へ落ちる。
蓮司が地縛牢を解除した。
八本の杭と鎖が、星素の粒子となって消えていく。
途端に、蓮司の身体が大きく揺れた。
「副隊長!」
鳴海が駆け寄り、その肩を支える。
「触るな。自分で立てる」
「でも、足が震えてますよ」
「うるせえ」
《堂前副隊長の星素残量は、二割を下回っています。その場で待機してください》
「ひよりん。そういうのは言わなくていい」
《必要な情報です。医療班が到着するまで動かないでください》
「新技を使った直後くらい、格好つけさせろ」
《転倒すれば救護対象が増えます。指示に従ってください》
「容赦ねえな」
張り詰めていた空気が、僅かに緩む。
奏が須藤の状態を確認した。
「呼吸は安定しています。星脈にも反応があります」
《崩壊の兆候は?》
「ありません。すぐに医療班へ搬送すれば助かります」
《了解しました》
日和が救護班へ進入許可を送る。
画面に並ぶ生体情報を、一人ずつ確認した。
堂前蓮司。
雨宮奏。
鳴海颯真。
香坂真琴。
片桐茜。
全員、生存を示す緑色。
須藤圭吾。
意識はない。
それでも、生命反応は確かに残っている。
◇
午後三時五十二分。
混成班がアストラ本部へ帰還した。
須藤圭吾は医療区画へ搬送。
強制的に開かれかけた星脈には軽度の損傷が確認されたが、崩壊には至っていない。
適切な治療を受ければ、後遺症が残る可能性も低いと診断された。
輸送車の運転手も意識を取り戻している。
本人の証言によれば、仕事の依頼を受けて車両を運転しただけで、荷台に誰が乗せられていたのかは知らなかった。
施設内からは複数の監視装置と、強制クラフトの観測に使用されたと考えられる機器が回収された。
第二管制室。
日和は各員から送られてきた帰還報告を、一件ずつ確認していた。
最後の報告へ承認を入れる。
五人の表示は、全て緑色。
日和が通信回線を開いた。
《本日の任務、これにて終了です。皆様、お疲れさまでした!》
「お疲れ、ひよりん」
蓮司の声。
「帰ってからも星素残量をばらすのはやめろよ」
《管制官として当然の報告です!》
「日和先輩、お疲れさまでした」
奏が続く。
「任務中の指示は正確でした」
《任務前も完璧だったと言ってくださって構いませんよ!》
「そこまでは言っていません」
「俺は、いつもの日和で安心したけどな」
鳴海の声が入る。
《さすが鳴海くん。同期の良さを分かっていますね!》
「任務が始まった途端、別人みたいに静かだったけどな」
《真剣に仕事をしていたんです!》
「お疲れさま、日和ちゃん」
真琴の穏やかな声が届く。
「繭殻を杭の支点にする位置、よく見つけたわね」
《香坂先輩が耐えてくださると信じていました!》
「次は事前に言うてほしいけどな」
茜が笑う。
「いきなり六千St分の負荷を支えろ言われたときは、さすがに驚いたで」
《茜副隊長ならできると思いました!》
「無茶振りの仕方が、ちょっと蘭先輩に似てきたんちゃうか、ひよりん」
《それは褒め言葉として受け取ります!》
日和は五人の声を聞きながら、帰還表示をもう一度確認した。
一人も欠けていない。
普段と変わらない明るい声で、最後に告げる。
《全員そろって帰ってきてくださって、ありがとうございました》
「当たり前だ、ひよりん」
「約束しましたから、日和先輩」
「次もちゃんと帰るよ、日和」
「ええ。またよろしくね、日和ちゃん」
「ひよりんに礼言われるまでは、帰還したことにならへんからな」
日和が笑う。
通信を終了した。
静かになった第二管制室で、ようやく椅子の背もたれへ身体を預ける。
「……疲れた」
扉が開いた。
統合管制室から戻ってきた蘭が、日和の隣へ立つ。
「お疲れさま」
「全員、帰ってきました」
「うん。見てたよ」
「私の指示、完璧でしたよね?」
「任務が始まってからはね」
「始まる前も完璧でした!」
日和が胸を張る。
蘭は小さく笑い、任務中の星素記録を画面へ表示した。
「日和。雨宮副隊長の反応が分かれたのは、いつ?」
「午後二時三分四十一秒です。施設内の金属設備へ通信が反射した影響だと判断しました」
「本人も、複数の声を同時に拾っただけだと言ってたんだよね」
「はい。一秒にも満たない反応です。身体にも異常はありませんでした」
蘭が波形を拡大する。
一つは、奏が持つ精神系クラフト「リフレイン」の反応。
もう一つは、系統判定が完了するより早く消えていた。
だが、その形は精神系ではない。
「朝に見せた、瀬川さんの波形と似てる」
「ツインズ……ですか?」
「まだ分からないよ。施設内の環境が特殊だったのは事実だから」
蘭は記録を削除せず、経過観察を示す黄色い印をつけた。
「雨宮副隊長には?」
「今は伝えない。根拠のない情報で、本人を不安にさせる必要はないから」
「では、観測だけ続けます」
「お願い」
蘭が別の画面へ、須藤の黒い装置から回収された記録を表示した。
「それと、こっちも見て」
「何ですか?」
装置が起動した時刻。
その数時間前に、別の反応が記録されている。
午前十時五十一分〇秒から、午前十時五十一分十二秒まで。
十二秒間。
白き幽星から赤い星素が地上へ流れていた時間と、完全に一致していた。
「この装置、須藤さんへ取りつけられる前から反応しています」
「幽星の星素に反応した?」
「おそらくね」
蘭が市内の観測記録と照合する。
同じ十二秒間。
西部区域以外でも、黒い装置と同質の微弱な波形が確認されていた。
一つ。
二つ。
三つ。
地図の上に、赤い点が浮かび上がる。
その中には、失踪した候補者の居住地域も含まれている。
「これ、全部……」
「黒い装置だと思う」
最後の一点。
北部廃棄区域。
公的な施設も、居住記録も存在しない場所。
そこから発せられた波形だけが、他のものより遥かに強い。
日和が反応を分離する。
一つではない。
同じ座標に、複数の波形が重なっている。
「蘭先輩。ここに、少なくとも三つあります」
蘭がすぐに通信回線を開いた。
《彩乃先輩。今、話せる?》
「何か見つかったの?」
《北部廃棄区域で、複数の黒い装置が反応してる》
「数は?」
《少なくとも三つ。失踪した候補者が集められている可能性があるよ》
短い沈黙が流れる。
「座標を送って。界航隊と確認するわ」
《お願い、彩乃先輩》
通信が切れる。
第二管制室の画面には、北部廃棄区域を示す赤い点が残されている。
窓の向こう。
昼の空に、白き幽星が薄く浮かんでいた。
その縁を侵す赤い光が、僅かに脈打った。




