↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/35

一話「白き星の下で」

『白き幽星は命に脈を授け、巡る星素は天地を鎮める。


 されど幽星、緋に蝕まれし刻、天の衡は失われ、世は相容れぬ二つの理へと裂かれん』


          ◇


 星歴一〇〇九年。


 人類が幽星を発見してから、千九年。


 昼間でさえ空に浮かぶその白い星は、すべての人間へ星脈を与え、自然に安寧をもたらしたと伝えられている。


 星脈を通じて現実へ発現する超常の力――星能。


 その恩恵を受けた人類にとって、幽星は文明と生命の象徴だった。


 だが、幽星が赤く染まれば、世界は二つに裂かれる。


 かつては誰もが恐れた神話も、今では古いおとぎ話にすぎない。


 少なくとも、この日の朝までは。


          ◇


 国家星能防衛本部の演習区画に、金属同士の衝突音が響いた。


 壁面へ打ち込まれた四本の杭。その末端から伸びる鎖が、広い演習場を縦横に走っている。


「第一班、正面に固まりすぎだ! お前ら全員まとめて吹き飛ばされてえのか!」


 怒声を飛ばしたのは、堂前蓮司。


 三十二歳。短く整えた髪に無精髭を蓄え、白い隊服の上からでも分かるほど逞しい身体を持つ男だった。


 左腕には、銀色を基調とした指揮章が輝く。


 本部直属、天衝隊副隊長の証である。


「第二班は右へ回れ! 正面は俺が押さえる! 標的の足が止まったら第一班が制圧しろ!」


「了解!」


 隊員たちが左右へ展開する。


 中央に立つ模擬標的が、物理系星能者を想定した機械腕を振り上げた。


 蓮司が右手を引く。


 金属音とともに鎖が収縮し、壁面へ打ち込まれていた杭の一本が抜けた。


 高速で引き戻された杭が模擬標的の腕へ巻きつき、その動きを止める。


「今だ!」


 三人の隊員が同時に踏み込んだ。


 一人が標的の脚を払い、もう一人が腕を押さえ、最後の一人が胸部の停止装置へ手を叩きつける。


 機械音を響かせて、模擬標的が沈黙した。


「制圧完了!」


「遅い。十七秒もかかってる」


 喜びかけた隊員たちの表情が固まった。


 蓮司は鎖を消しながら、倒れた模擬標的へ歩み寄る。


「相手が物理系なら、正面に立ってる時間が長いほど死人が増える。副隊長が止めてくれる。隊長が倒してくれる。そんな考えで現場に出るな」


 隊員たちが姿勢を正す。


「俺たちの仕事は勝つことじゃねえ。一般人を生きて帰すことだ。忘れるな」


「はい!」


 その返事と同時に、演習区画へ警報が鳴り響いた。


 壁面の表示が赤へ切り替わる。


《天衝隊へ緊急出動要請》


 天井の通信装置から聞こえた声に、隊員全員の表情が変わった。


 扇原蘭。


 本部の統合管制室から、三つの直属部隊へ指示を送るオペレーターである。


《第三居住区の複合商業施設で、星能者による暴走事件が発生しました。施設内に逃げ遅れた民間人を確認。天衝隊は直ちに出動してください》


「星能系統は?」


《推定物理系。対象は一名。星能の詳細は不明です》


「ギフトか、クラフトか」


《星能者登録に該当なし。過去の発現記録もありません》


 蓮司の眉がわずかに動いた。


 生まれながら星能を宿すギフトなら、幼少期に発見される場合がほとんどだ。


 鍛錬や経験によって後天的に目覚めるクラフトであっても、発現前には何らかの兆候が確認される。


 何の記録も持たない人間が、突然強大な星能を発現し、暴走することなど滅多にない。


「取り残された人数は?」


《現在確認できるだけで八名。警備局が施設を封鎖していますが、対象の攻撃範囲を特定できていません》


「了解。第一班から第三班まで出す。救護班も一班つけろ」


《承認します。現場指揮は蓮司さんに一任します》


 演習を終えたばかりの隊員たちが、一斉に出動口へ走り出す。


 その中で、一人の若い隊員が足を止めた。


「獅堂隊長は出動されないのですか?」


「この程度で隊長を呼んでたら、街がいくつあっても足りねえよ」


《空は本部待機です。現時点では副隊長級案件と判断します》


 直後、別回線が強引に接続された。


『あたしも行く』


 勝ち気な女の声。


 獅堂空。


 天衝隊を率いる隊長であり、物理系最強と呼ばれる女性だった。


《空は待機して》


『相手は物理系なんだろ。あたしが行った方が早い』


《一般人八名が取り残されています。施設の耐久性も低下しています》


『だから、壊さねえように加減する』


「隊長の加減が一番信用できねえんだよ」


『あ?』


「何でもありません。副隊長以下で片づけてきますよ」


『十分で終わらせろ。長引いたらあたしが行く』


「へいへい」


《蓮司さん。制限時間ではありませんからね》


「分かってるよ、ランラン」


《任務中にランランと呼ばないで》


 蓮司は口元だけで笑い、輸送車両へ乗り込んだ。


          ◇


 第三居住区中央複合施設。


 買い物客で賑わう五階建ての建物は、今や見る影もなかった。


 正面玄関のガラスは砕け、外壁には内側から殴りつけられたような亀裂が走っている。


 天衝隊の車両が封鎖線の前へ停車した。


 降り立った蓮司へ、警備局員が駆け寄る。


「対象は四十二歳の男性です。施設内の飲食店に勤務していました。三十分前に突然暴れ始め、現在は一階中央広場にいます」


「武器は?」


「所持していません。ただ……」


 警備局員が言葉を切った直後、施設の内側から轟音が響いた。


 砕けたガラス片が、正面玄関から噴き出す。


 蓮司が腕を振ると、地面へ二本の杭が突き刺さった。杭の間に幾重もの鎖が張られ、飛来する破片を受け止める。


 隊員たちは既に、その後方へ退避していた。


「今のが攻撃か?」


「対象が床を殴った衝撃です。接近した警備員三名が負傷しました」


《施設の監視映像を確認。対象の筋力、骨格強度、反射速度が急激に上昇しています》


「物理系の強化型か」


《断定はできません。星素値が安定していない》


 蓮司は正面玄関から内部を覗いた。


 吹き抜けの中央広場に、一人の男が立っている。


 破れた制服。


 異様に膨張した両腕。


 皮膚の下を、白い光が血管のように走っていた。


 男は周囲を睨んでいるわけではない。


 怯えていた。


「違う……俺じゃない……」


 頭を抱え、何かから逃れるように身体を震わせている。


「俺は、こんなこと……したくない……」


 その拳が、本人の意思に反して床へ叩きつけられた。


 衝撃が中央広場を走る。


「防御!」


 隊員たちが携行盾を構えた。


 衝撃に後方へ押されながらも、誰一人として隊列を崩さない。


 演習のときとは違う。


 盾を構える者。


 その肩を支える者。


 周囲の瓦礫から民間人を守る者。


 全員が、自分の役割を理解している。


《逃げ遅れた八名の位置を送ります。一階東側に三名。二階店舗内に二名。残る三名は西側階段付近です》


「第一班は正面で注意を引け。攻撃する必要はねえ。第二班は東側、第三班は二階へ。西側の三人は俺が行く」


「了解!」


「対象はどうしますか?」


「全員を外へ出してからだ。順番を間違えるな」


 蓮司が杭を放つ。


 一本は二階の手すりへ。


 もう一本は、西側通路の柱へ突き刺さる。


 鎖を収縮させ、その身体を一気に引き上げた。


 中央広場を飛び越えた蓮司へ、男の腕が向く。


「来るぞ!」


 床を殴った衝撃が、蓮司の背後へ迫った。


 第一班の隊員が横から飛び込み、耐久力を強化した両腕で携行盾を支える。


 激しい衝撃に盾が軋んだ。


「副隊長、今のうちに!」


「助かった!」


 蓮司は西側階段へ着地した。


 崩れた柱の陰に、母親と幼い子供、足を負傷した老人が取り残されている。


「天衝隊だ。迎えに来たぞ」


「歩けないんです! この人が……!」


「分かってる。全員連れていく」


 蓮司は老人の身体へ鎖を巻きつけた。


 締め上げるためではない。


 脇と腰を支え、担架の代わりとして固定する。


 別の鎖を母子の前へ張り、落下する瓦礫を防いだ。


「この鎖から手を離すな。出口まで案内してくれる」


「あなたは?」


「あいつを止める」


 母親が鎖を握ると、出口側の隊員がゆっくりと巻き上げ始めた。


 蓮司は三人が安全圏へ入ったことを確認し、中央広場へ引き返す。


《東側三名、救出完了。二階の二名も避難経路へ入りました》


「残りは?」


《今、蓮司さんが救出した三名で最後です。民間人全員の退避を確認しました》


「よし」


 蓮司が両手を広げる。


 周囲の壁と床へ、十本を超える杭が突き刺さった。


「天衝隊、対象を制圧する!」


 隊員たちが一斉に動く。


 第一班が正面から防御を固め、男の攻撃を受け止める。


 第二班が左右から接近し、脚へ拘束具を撃ち込む。


 男が腕を振り上げた瞬間、蓮司の鎖がその手首へ巻きついた。


「押さえろ!」


 四方の杭へ接続された鎖が、一斉に収縮する。


 男の両腕が大きく開かれ、動きを封じられた。


「嫌だ……やめてくれ……!」


「分かってる。お前の意思じゃねえんだろ」


「声が……声がするんだ……!」


「声?」


「星は……誰にでも、あるからって……」


 男の皮膚を走る白い光が、急激に強まった。


《対象の星素反応が上昇!》


「全員離れろ!」


 男の身体から衝撃が放たれた。


 鎖が激しくしなり、杭の数本が床から抜ける。


 それでも天衝隊員は退かなかった。


 一人が蓮司の前へ飛び出し、強化した身体で衝撃を受け止める。


 二人が抜けた杭を拾い、再び床へ打ち込む。


 別の隊員が男の足元へ飛び込み、追加の拘束具を装着した。


「固定完了!」


「鎮静剤を投与します!」


 救護隊員が男の首筋へ注射器を押し当てた。


 蓮司が鎖を引き絞る。


 男はしばらく抵抗を続けていたが、やがて全身から力が抜けた。


「対象の沈黙を確認!」


「拘束を維持したまま救護班へ渡せ! 星能が停止したとは限らねえぞ!」


 隊員たちが迅速に男を担架へ乗せる。


 誰か一人の力で制圧したのではない。


 防御する者。


 救出する者。


 拘束する者。


 天衝隊の全員が役目を果たした結果だった。


 若い隊員が息を弾ませながら、蓮司を見る。


「制圧まで九分二十七秒です」


「隊長が来る前に終わったな」


 蓮司はそう答えたが、表情を緩めなかった。


 担架に乗せられた男の腕から、膨張が引いていく。


 代わりに、皮膚の内側を走っていた光が赤黒く変色し始めた。


「救護班?」


「星素値、急低下! 呼吸も弱まっています!」


「星能の反動か?」


「違います。これは……星脈そのものが損傷しています!」


 救護隊員が蘇生処置を始める。


 男の口から血が溢れた。


 蓮司は担架のそばへ膝をつく。


「おい。聞こえるか。さっき言ってた声ってのは、誰の声だ」


「分から……ない……女の……声……」


「何を言われた?」


 男の焦点が合わない目が、昼の空へ向けられる。


 青空の中で、幽星が白く輝いている。


「あなたにも……星は……ある……」


「それだけか?」


「開いて……あげる、って……」


 男の身体から、すべての力が抜けた。


 救護装置が長い警告音を鳴らす。


「心肺停止!」


「蘇生を続けろ!」


 必死の処置が続けられた。


 しかし、男が再び目を開くことはなかった。


          ◇


 事件発生から二十七分後。


 現場確認のため本部を出た獅堂空が、破壊された施設へ到着した。


 高く結った金髪を揺らしながら、救助された人々と天衝隊員を見渡す。


『終わったのか?』


「ああ。民間人は全員無事だ。隊員にも重傷者はいねえ」


『なら、どうしてそんな顔してる』


 蓮司は、白い布を掛けられた担架へ目を向けた。


「戦うべき相手じゃなかった」


 空から、普段の軽い調子が消える。


『何があった』


「本人に発現の自覚はなし。星能者登録も、発現の兆候もなかった。星能を止めた直後、星脈が崩壊して死亡した」


《対象の過去の記録を確認しました》


 蘭の声も、普段より低い。


《星能に関する訓練歴はありません。強い肉体的負荷を受けた記録も、クラフトが発現するほどの極限経験も確認できませんでした》


「だったら、あの力はどこから来た」


《分かりません》


 短い沈黙が落ちる。


「最後に、女の声を聞いたと言ってた」


《内容は?》


「あなたにも星はある。開いてあげる――だとよ」


 空が担架を見つめる。


『ランラン。この事件の記録を全部、あたしたち三人へ送れ』


《分かった》


『それと、似た事件が過去になかったか調べろ』


《もう照合を始めています》


「隊長」


 蓮司は破壊された施設を振り返る。


「あれはクラフトじゃねえ」


『……ああ』


「鍛えて、積み重ねて、自分の生き方の先で手に入れた力じゃねえ。あんなものをクラフトと呼んでたまるか」


 空は答えなかった。


 白い布の下に横たわる男へ、静かに目を向けていた。


 その頭上では、今日も幽星が白く輝いている。


 誰一人、気づいてはいない。


 純白だった星の縁に、針先よりも小さな赤い光が灯ったことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。