1話 流れて来た変人
「だからそれ今じゃなくねええええええっ!?」
目をクワっと開いてすぐに上半身を起こし、「あぅっ!?」急いで周囲を確認するが、あの豚の鳴き声は聞こえず、知らない場所だ。
「あれっ……あの豚はどこに」
あの二足歩行の豚が追いかけて来て、それからどうなった? んんっ……よく思い出せないな。なんで俺は座ってるんだ?
「俺……生きてる?」
あっ夢かぁ。
そりゃそうだよ、あんなん夢だわな。
「ははっ、汗凄っげ……」
額から吹き出す汗を、ジャージで拭う。
中々にリアルな夢だった。
流石の流さんも、失禁五秒前発射オーライ。
「うぅっ……あのぉ」
視界の端に可愛い犬耳が見える。
夢ならば良しだ。俺の心にファンタジーな少年心が残っている、立派な証拠だからな。
「……すみません」
視界の端に可愛い犬耳が見える。
あーっ、何か疲れているな。
アレだ、悪い夢を見たせいだ。
「もしもーし」
視界の端に尻尾が見える。
アレかな? まだ夢の中に居るってヤツ。
それなら話は早い。
俺はそっと横になり、瞼を閉じた。
「寝ないでくださいっ!」
「ふぐっ!?」
ドスンっと腹の上に、何かが乗っかかり、俺を寝させまいと揺さぶってくる。
「お願いしますっ! 寝させてくださいっ!」
現実逃避したって、良いじゃないか。
夢じゃない事ぐらい、分かってるんだ。
だって体の節々が、痛いんだから。
「……どっこいせっ」
再度身体を起こして、この場所を確認する。
どこからどう見ても、今にも倒れそうなボロ小屋の中に、居る様な感じしかしない。
そして目の前には、犬耳っ子。
金色がかった、くりくりっとした可愛いお目々に、茶髪の愛らしい巻き毛から、垂れ下がった犬耳が見える。
ファンタジーだ。
異世界だ。
心を無にして。
とりあえず撫でておこう「やっ!」と、頭に手を伸ばしたら、パシィッ──とその手を、叩かれてしまった。
「……」
「……」
無言の空気が流れている。
そんな事は気にせずに、可愛いモフモフ尻尾を撫でようと手を伸ばし、「やっ!」バシィッ──とその手を、叩かれてしまった。
「……」
「……グゥゥッ」
見つめ合う、俺とケモ耳っ子。
俺の叩かれた手が、虚空を彷徨っている。
それに、ケモ耳っ子が若干歯を見せて、威嚇してきてるのだが、そんな事は気にしない。
俺は諦めずに、その垂れた可愛いお耳に手を伸ばしたその時──ケモ耳幼女が牙を剥いた。
「がうううっ!」
「っ、痛ってええええええっ!」
調子に乗ってやり過ぎたのか、ガリっと腕を凄い噛まれたましたとも。クソ痛てぇっ。
「ちちっ、傷出来たんじゃ……?」
なんか、全然血が出てない。と言うより、痛みはあれど、傷が無いんです。
何故に?
今の痛さで、甘噛みですか?
「グウウッ……」
少し離れた所で、まだ怒っている。
「あ──っ、御免なさい。気が動転して思わず手が出ちゃったんだ。そんな警戒しなくても、もう大丈夫だ……」
「ゔぅっ、もう勝手に、さわろうとしない?」
疑心暗鬼か? 大丈夫、大丈夫、もう手は伸ばさないぞ。だからその可愛いお目々で、疑いの眼差し止めてね。
「大丈夫だ……約束する。勝手に触ろうとして、悪かったな」
「……怪しい」
疑われるのは仕方がない。
しかし、しかしだ。俺は大人だからな。
大人だから、はっきりと伝える。
「俺は謝ったぞ。だから犬耳っ子も、噛み付いた事を謝ろうな?」
犬耳っ子だとしても、駄目な事は駄目。
こうして"ニコォッ"と笑顔で指摘すれば、犬耳っ子も分かってくれる筈だよね?
「っ……うぅっ」
犬耳っ子は、何故かビクッと身体を振るわせて、おどおどと近づいてくる。
俺笑顔だけど?
怒ってないよ?
「噛んで……御免なさい」
「はい、良く出来ました。で、ここはどこ?」
「私はだあれ?」
何で犬耳っ子が……そのネタ知ってんの?
そんなこんなで自己紹介。
犬耳っ子の名前はミルン。
可愛らしい、犬耳の女の子。
そのミルンが、川でお魚を探していた時、川上から流れて来た俺を見付けて、何とか引っ張り上げてくれたらしい。
より正確には、赤ジャージがズレてて、半分尻が出たまま流れて来た様で、食い物と思って近付いたら、俺の"尻"でしたみたいな。
俺の尻は、桃の尻ですからね。
齧ると臭い、おっさんの尻だけどね。
んで、この場所は、ナントカ王国の領地の、ナントカって村の外れにある、魔龍の川付近。
「魔龍の川……ラスボス近くに居ないよね?」
地獄の入口だろうか。何でそんな場所に、ミルンはたった一人で、ボロ屋に住んでるのか。
「あまり詳しくなくて、すみません……村は有るんですけど、獣族の私はっ、入れないの」
犬耳が垂れて、物凄くしょんぼりしている。
やだ可愛い。
「そうなのか……でもそのおかげで俺は、桃尻見つけて貰って、助かったんだよな?」
尻尾が少し、左右に揺れている。
「あのっ、おじさんは」
「俺の名前は、流だ。小々波流」
おじさん呼びは嫌だ。
子供も居ないし、結婚もしていない身で、おじさん呼びされるのは、絶対に嫌だ。
「……さざなみ、さん?」
「流れで良い、呼び捨てで構わない。それと、これは言っておかないとな」
俺は、ミルンに会って初めて、真正面から頭を下げて、伝えるべき言葉を口にした。
「助けてくれて、ありがとう御座います」
「そんなっ、頭を上げて下さい! 人種である貴方が、獣族に頭を下げるなんて!」
ミルンは慌てて俺の頭を掴み、幼女に似合わぬ馬鹿力で、下げた頭を上げようとしてくる。
「頭をっ、上げてっ!」
「っっっ、命の恩人に対してっ、良くわからん種族だのっ、人種だの関係ないんだっ! 助けて貰ったんだ……っ、ミルンにっ‼︎」
あっ、万力収まった? 首折れるかと思ったわ。ようやく、ミルンの目を見て、笑顔で伝える事が出来るな。
「助けてくれて────」
ピンポンパンポーン(上がり調)
レベルが1上がりました(キリッと)
ピンポンパンポーン(下がり調)
「───有り難うおおおいっ!?」
だからっ、今じゃ無くねっ! 本気でタイミングっ、おかしくないかっ!?




