信頼に必要なのは
朝になり、私は目覚めた。今日も利の方が先に起きている。私は昨日のことを振り返る。いまだに信じられない。穂香がコカインを売りさばいていたなんて。でもあの子の身が危ないという事実は変わらない。早く見つけて話を聞いてあげないと。
昨日の話でとりあえずの方向性は決まったので私たちは最初に穂香の勤務先に向かった。だが、手掛かりはゼロだった。それらしいものは出てこなかった。同僚からも金絡みの噂も出てこなかった。そうして私たちは次の手掛かりである穂香の実家へと向かった。
家の前に着き、インターホンを鳴らす。しばらくして中から人が出てくる。
「どちら様でしょうか?」
「お久しぶりです。おばさん。」
おばさんは私の姿を見て目を輝かせた。
「あら~ 立派な女性になったね。」
高校以来に会ったおばさんは少し老けてはいたが、あまり変わっていなかった。
「今日は穂香についてで来ました。この方は知り合いの警察官でお願いして来てもらいました。」
それを聞いたおばさんは真剣な表情になり、中に入れてくれた。
「あの子の手掛かりは何か見つかったの?」
おばさんはとても不安そうに私たちに尋ねてきた。一人娘である穂香がいなくなってからもうすぐで一か月になる。失踪前は頻繁に連絡をとっていたらしく、地元の会社に就職が決まったときは実家からも通えたが、本人が自立したいという希望もあったため一人暮らしをしていた。私はおばさんに言葉を選びながら答える。
「穂香については何もわかっていません。まだなにも情報がなく、行方不明になる直前になにか変わったことはありませんか? または最近、気になることがあるとか?」
穂香に関する薬物売買の件は伏せつつ、聞いてみたがおばさんは首を横に振った。いちおう、部屋の中も見せてもらったが、最後に家に帰ってきたのは失踪前の二か月も前だったため手掛かりはなにもなかった。
その日一日何も手掛かりがなく家に帰ってきてしまった。利はこんな日もあると言ってくれたが、私は焦るばかりだった。そんな私に彼が話しかけてくる。
「家の近くに店があるんだ。連れて行ってやろう。」
家があるマンションから少し歩くと営業中と書かれた店が見えてきた。中に入るとカウンター席に棚には様々な種類のお酒、奥にはソファとテーブルもある。いわゆるバーという店だ。バーカウンターには男が一人立っていた。
「いらっしゃい。まずはいつものかな。」
利はああと言うとそのままカウンター席に座った。私も彼の横に座った。
「そっちのお嬢さんは何にするんだい?」
店員は手際よくお酒を作りながら注文を聞いてくる。私はこういうところに来たことがなかったので悩んでいると店員は「任せときな」というと利の分と私の分のお酒を出してくれた。出されたお酒を恐る恐る飲んだ。私はあまりお酒が得意ではないが、これはとても飲みやすい。店員と利は世間話をしていた。かなり通い詰めているのだろう。私はちびちびと飲んでいたが、利はかなり早いペースで飲んでいた。それなりの時間が過ぎたとき店員が私に突然話しかけてくる。
「君は新人さんかなにかかな?」
突然話しかけられた私は少し驚いた。隣を見ると利は潰れていた。強そうに見えて意外と弱いんだな。
「いや、他所から来て今はあの男と一緒に仕事をしている。」
この店員この男について知っていそうだな。いい機会だと考えていたところ、黒いのが近づいてくる。
「にゃー」
声の主の黒い物体は私に寄ってくる。
「黒猫だ!」
猫はかわいい。癒しだ。黒猫は私の膝に跳びそこからテーブルに行った。
「この子はリン君って呼んでるんだよ。」
「え?リン?」
「そうだけど。・・・・ほれ~こっちおいで―」
そう言って店員が黒猫を撫でようとしたが、黒猫は店員の顔に跳び付き、顔をひっかいてどこかに行ってしまった。
気を取り直して私は質問をしてみる。
「この男とは長い付き合いになるのか?」
店員は顔の傷を少し痛がりながら答える。
「五年前にこの店ができてそれからの常連さんだね。」
それなりの付き合いだな。色々と聞けそうだ。
「この男はやはり人付き合いが苦手なのか?」
店員はそれを聞いて少し笑いながら答える。
「君も最初会ったときに苦労したんだね。たしかにちょっと難しいところはあるけど話せばわかってくれる男だよ。 少し前までは元気がなかったけど今日は最初に会ったときのような元気に溢れていたね。」
「そうなのか? とても元気には見えないが。」
会ってから今まで元気であるというほどものを見ていない。もしかするとこれが平常運転でちょっと前まではこれよりもひどかったということか。私が考えていると店員が話を続ける。
「二年前になにかあったみたいでしばらく店にも来なかった。久しぶりに来たと思ったら、ひどい顔をしていたよ。あ、このことを私が言ったのは内緒で。」
そういえば最初に会ったあの日、「相棒殺し」と言われていた。そのことになにか関係があるのだろうか。
「私はこの男とは相性が悪い。でも一緒に大事な仕事をしなければいけない。私はもっと彼について知りたい。」
私は穂香を探すためにはこの男の協力が必要だ。そのためにも彼について知らなければならない。そう考えていたが、店員は首を振り、私に言う。
「さっきも言ったけど、この人はわかってくれる人だよ。でもそれは相手が心を開いていなきゃいけない。君は彼に心を開いているかな? ちゃんと開いていれば、自ずと彼のことも理解できるよ。」
私はまだ、自分のことについて隠していることがある。でもそれは致し方ないこと。いや、私たちは仮にもパートナーだ。私は心のどこかで彼を信用しきれていなかった。してこなかった。いけ好かない男だったが、今までこんな私にやさしくしてくれた。でも今は信用には十分足りている。私は改めて覚悟を決める。
朝、目が覚めると利はいつものように朝食の準備をしていた。昨日は利がつぶれたままだったので私が担いで帰った。あの店員は小柄な私が利を担いだのを見て驚いていたな。
席につき、今日も伴に食事をとる。
『昨夜、政府は紛争が続く中東情勢について次のような発表を行いました。≪我が、日本帝国政府は不安定な状態が続く中東に強い危機感を持っています。中東の紛争は現地に留まらず、東アジアや東南アジア地域にまで影響を及ぼしています。平和を希求する我が国にとってこのことは由々しき事態であります。現地には邦人や日本企業が多く存在するため政府は国民の生命と財産を守る責務を遂行する必要があります。以上のことから政府は米国や国連の協力のもと平和貢献活動として帝国軍の派兵を決定致しました。詳細につきましては後ほど防衛省が発表し、その他、議会の承認につきましても————≫ この発表後、防衛省は会見を開き、派遣部隊の発表を行いました。部隊規模は大陸戦争に次ぐ規模となり、有事でない海外派兵は第二次世界大戦以降初となります。派遣される部隊は帝国海軍、連合艦隊、大和以下戦艦4 空母1を中核とし、帝国陸軍は第四師団、第七師団からなる混成部隊、帝国空軍からは第7航空団とのことです。この大規模派兵について野党からは批判の声があがり———』
今日も点いているテレビからは新たな戦争についての報道が流れていた。〝戦後〟が十年前となってしまったあの戦争を経ても人類はいまだに戦争をしている。
食事をとり終え、昨日のことを実行するときがきた。私は彼に話かける。
「お前はいつも私に優しくしてくれた。そのことに改めて感謝する。」
「なんだよ。改まって」
私はもう一度覚悟を決め、口を開く。
「私はお前に言っていないことがある。今まで聞かなかったお前に甘えていたこともあるが私は未だに心を閉ざしていたと思う。」
利はなにも言わず、黙って私の言葉に耳を傾けている。私は続けて語る。
「私は、知っての通り、警察官ではない。所属は防衛省、情報本部、戦略国土補強配備調査室だ。主に軍の特に機密性の高い情報についての漏洩調査やその予防活動を行っている。私は五年前に配属され、その前までは陸軍の特殊作戦団に所属していた。十年前の大陸戦争では旧中華連邦にも行った。」
本当はここで話を終わらせるつもりだったが、自然と口が動いてしまう。
「私の部隊は、拠点を敵の奇襲で失い、仲間とははぐれ、拳銃だけをもち友軍の合流を目指した。でも途中で敵に囲まれた仲間を見つけた。その人は私と同い年の女の子で男ばかりの軍隊だったから仲が良かった。その子を見つけた時には体に死なない程度の銃弾を受けていた。私は彼女を助けたかったが分が悪かった。茂みの中に隠れていた私をあの子は見つけた。そして言ったんだ。『撃ってくれ』って。敵は単なる慈悲を求めていると思っていたらしく私の存在には気づいていなかった。すると敵の一人が斧を持ってあの子に近づいていくんだ。あいつらは人殺しを楽しんでいたんだ。あの子の顔が絶望に染まっていくのがわかった。でも、私はなにもできなかった。あの子の悲鳴はしばらく続いた。私の名前も叫んでた。敵が去って、息のない彼女に近づいた。体には爆弾がつけられていた。おそらく、彼女を助けようとした友軍が彼女を動かしたときに巻き込むためだろう。だから、私は彼女をそのままにすることしかできなかった。私の行動は正しかったかもしれないが、とても大事なものを失った。・・・・・すまないこんな嫌な話を聞かせるつもりはなかった。忘れてくれ。」
利はずっと黙って私の話を聞いてくれた。彼は私の話を聞いて失望しただろうか、それとも軽蔑しただろうか。だが彼は予想外の行動をとった。彼は席を立ち、私の横に立った。そして私の頭の上に手を置いた。
「お前の採った結果でたしかにその子は死んだかもしれないが、必ず救えたとも限らないだろ。お前の行動の結果次第では今、こうやって大事な人を助ける行動を起こすこともできなかったかもしれない。自分の選択を後悔しても囚われるな。それが生きる者の定めだ。」
彼の言葉には重みがあった。まるで自分に言い聞かせているようだ。
「お前にも経験があるのか?」
利は少し考え、口を開く。
「私は、同僚を——信じなかった。私は人よりも優秀だと思っていた。周りは取るに足らない。だから——」
利は言葉が詰まりそれ以上、話すことはできなった。秋津も聞くことはしなかった。
秋津は今日、一度、本省に戻って報告をしなければならなかったため利とは別行動をとっている。報告を終え、庁舎から出ると正門には多くの報道陣がいた。さすがにカメラの前に出るのは憚られたため裏門から出て正門の外側まで回った。昨日の大規模派兵の発表を受けてマスコミが集まっているのだろう。すると突然話しかけられた。
「あれ? 秋津さん?」
びっくりして振り返ると知っている人物だった。
「粋川か。なんでこんなところにいる?」
つい一昨日の同窓会で久しぶりに会ってまさかこんなすぐに再会するとは。
「それはこっちのセリフだよ。僕はほら、仕事。」
そういって彼はカメラと全東京テレビ局のワッペンを見せた。そういえば彼はマスコミの人間だって同窓会で言っていたな。
「僕は本当は日常系のほっこりするようなニュース担当なんだけど社会部に駆り出されちゃって。 そうだ、ここでの立ち話もなんだしお昼どう?」
そうして私たちはランチにした。席について二人で料理を注文した。
「そうだ。佐藤さんとあれから連絡ついた?」
まずい、言い訳を考えてなかった、どうしたものか。
「どうやら忙しいみたいだぞ。」
「そうなんだ。」
なんとか乗り切ったのか。それからお互い、同窓会で話せなかったことを話した。料理を食べ終え、食後のコーヒーに手を付けたときに粋川が少し声を潜め話始める。
「実は同窓会のとき人がいたから言えなかったけど本当は僕、佐藤さんに去年会ったんだよ。」
驚いた。去年ということは穂香が売人をやっている時期だ。
「街中で見かけたんだけど、そこに綾小路も一緒にいたんだよ。で、佐藤さん、その時、私に気づいていたみたいで後日、連絡がきて会ったんだよ。その時はお互いの近況を話して綾小路さんと会ってたことを誰にも言わないでって言われたんだよね。それから二、三回会ってたんだよね。」
穂香が綾小路と会っていたなんて。売人をやっていたときにということは綾小路が穂香になにか吹き込んでいたのか。
「秋津さん?大丈夫?」
粋川の言葉で我に返る。いけない、彼を不安がらせてしまうな。
「その、粋川は穂香と付き合っていたのか?」
「え?」
少しテンパって変なことを聞いてしまった。でも、関係性によっては重要な情報が聞けるかもしれない。
「付き合ってないよ。ホント、前にも言ったけど佐藤さんとなにもないよ。」
しまった、同窓会の時にも似たような質問をしていた。
「穂香となにしてたの?」
「んー、ご飯食べてただけかな。そう言えば一回だけ珍しい銀行に行ってたね。あれ、たしか、外資の銀行だから、やっぱお金持ちなんだね。」
そうか外資の銀行か。今すぐにでも、利と合流しよう。
「すまないが急ぎの用があるから先に行く。お金はここに置いておくから。また今度、機会があれば。」
私はそうやって足早に店をでた。一人残された粋川は呆気にとられポツンとしていた。
店をでた私はすぐに利に連絡をした。利は警視庁にいたのですぐに迎えに来てくれた。利の車に乗り、先ほどの話をする。
「なるほど、たしかにその銀行は怪しいな。ただ、理由もなしに銀行の個人情報は調べられない。行方不明者の捜索では弱い。」
情報にない銀行なら逃亡先で使っているかもしれない。外資の銀行なら海外にすでにいるかもしれない。とにかく、穂香の手掛かりになる。
「あとはその綾小路というやつも気になる。だが、なぜ接触したんだ? コカインとなんの関係がある?」
「穂香は綾小路に売人をさせられていたのではないか? 高校の時に陽七と関わりを持つために穂香のことを利用してきた。だから今回も小遣い稼ぎに利用したのだろう。」
私の推理に対して、利はどこか引っかかっているみたいだ。
「綾小路についてよく調べよう。ただ、例の銀行については時間がかかる。そのことは理解してくれ。」
利の言葉に私は頷く。今すぐにでも調べたいが、こればかりは仕方ない。ここは我慢時だ。私はこの時、大きな進展に舞い上がっていた。穂香にようやく近づけた、もう少しで会えると思った。でも穂香との再会は予想していたよりもすぐに来た。




