父、異世界から帰還する
帰路のニック達を待っていたのは、熱烈な歓迎と歓声だった。雲があるわけでもないのに昼間でもどんよりと薄暗かった世界に一〇年ぶりに迸った閃光は世界全てを駆け巡っており、神の復活は世界中に知れ渡っていたからだ。
それに加えて、本来ならば大挙して押し寄せてくるはずの陰獣の群れが現れなかったことも大きい。あの光で焼き尽くされてしまったのか、あるいは大本の陰獣が生き残ることで大軍を生み出していたのかは今となっては定かでは無いが、少なくとも一行が帰る際に立ち寄った町で、陰獣に襲われた場所は一つとしてなかった。
ならばこそ、旅は順調に進んで行く。王家の紋章を刻んだ馬車は予定よりも三日ほど早く王都スデニヌイデルンへと辿り着き、大歓声のなか大通りをゆっくりと進み、やがて城の中へと辿り着く。そこにもまた大勢の人々が待機しており、その中には意外な人物も含まれる。
「陛下! 何故このような場所に!?」
謁見の間ではなく、城の正面入り口に立っていた国王の姿に、馬車から飛び出したヴィキニスとセパレーティアが慌てて傅く。だがそんな二人をウマレタ王は朗らかな笑みで出迎える。
「畏まらずともよい。むしろ余の方が頭を下げたいくらいだからな。ヴィキニス、それにセパレーティアよ。此度の働き、大義であった。後ほど正式に褒美を取らすが……今はほれ、そこでソワソワしているクイコミリアムに顔を見せてやりなさい」
「陛下……ありがとうございます! 兄様!」
「ちょっと姉さん!? 失礼します、陛下」
ウマレタの気遣いに謝意を示したヴィキニスがクイコミリアムの方へと飛びだしていき、その後を一礼したセパレーティアが慌てて追いかける。そんな非礼をニコニコ笑いながら見送るウマレタ王の前に歩み出てきたのは、他ならぬ実の娘。
「陛下……大命、確かに果たして参りました」
「うむ。実に見事であった。そして……」
「よくぞ生きて帰ってくれました。母は、母は……っ」
「お母様……っ!」
ウマレタの隣で口を押さえ、必死に嗚咽を堪える母の姿を目の当たりにし、アルガがソノの胸に飛び込んでいく。ガッシリと抱き合った母娘は肩を揺らして涙を流し、その再会に心から喜び合う。
そしてそんな妻と娘の姿を見たウマレタ王が最後に顔を向けたのは、ゆったりとした動作で馬車を降りてきた全神の勇者……ニックだ。
「勇者様……世界を救っていただいたばかりか娘まで助けていただけるとは……このウマレタ・ママーニ・スッパダカリア、王として父として、心からの感謝と敬意を。ありがとうございました」
その立場故、見送るときは下げられなかった頭。だが今この場にて王が頭を下げることを非難するような者は一人もいない。そのためにこそ王として座す謁見の間ではなく、ただこの場で人として待っていたのだから。
「無論、勇者様にもできうる限りの報奨をお渡し致しますので、何かご希望があれば遠慮無く仰ってください。可能な限り応えさせていただきます」
「ふふ、気にするな。儂は約束を守っただけだしな。それに……」
そんなウマレタの申し出に、ニックは笑いながら軽く周囲を見回し、耳を傾ける。城壁の向こうからは今も町の人々の嬉しそうな声が響いており、兄のみならず同僚の騎士達とも笑顔をかわすヴィキニス達や、気が抜けたのか年相応の少女らしさで母に甘えるアルガの姿を目にすれば、ニックの顔は自然とほころんでしまう。
「この光景を目にできただけで、儂が拳を振るった意味は十分だ。皆の喜びと幸せに満ちた声、互いに見合わせ笑い合う顔。この景色より素晴らしい報奨など、儂には何も思いつかん」
「……その高潔なお心。正に貴方こそ真の英雄です。全神の勇者、ニック様」
空に輝く太陽のように優しく温かい微笑みで皆を見つめるニックの姿に、ウマレタ王はもう一度心から頭を下げるのだった。
その後は一応陰獣への警戒を維持しつつも、スッパダカリアでは国を挙げてのお祭が連日催された。その間はニックもまた町へと繰り出し、お忍びで城を抜け出したアルガやその護衛として同行したヴィキニス達と共に、賑やかな日々を満喫する。
そしてそんな熱狂も落ち着いた、五日後の朝。ニックは遂に元の世界へと戻るため、城の中庭にいた。
「ニック様、こちらが頼まれておりました加工済みの陰獣の革、その一部となります」
「うむ、ありがとう」
アルガが差し出した真っ黒な革を、やっと服を着ることのできたニックが受け取りその腕に抱える。
「確認ですが、残りに関してはこちらで保管しておくということで宜しいでしょうか?」
「ああ、それでいい。無事に持って帰れることがわかったら、いずれまた取りに来させてもらう。量が量だけに邪魔だとは思うが……」
「まさか! ニック様の所有物となれば、国宝と同じです。光の神ラーのご神体共々、厳重に保管させていただきます」
「そうか。ではしばしの間、頼むぞ」
「はい!」
ニックの言葉に、アルガが力強く返事をする。
神のご神体と、全神の勇者の遺物。どちらも他国の為政者が喉から手が出るほど欲しがるものだが、ご神体に関してはあくまでも一時的に保管しているだけで聖地ハダ・カンボで神殿の再建が終わればそちらに戻すと主立った国には通告してあるし、ニックからの預かり物に関してはあくまでもニックからアルガへの頼み事なので、誰が何を言ってこようと無視して突っぱねることができる。
「フフフ……いずれニック様が取りに戻られると約束してくださった品です。我が国の総力を挙げて厳重な警備を施し、小さな切れ端一つだろうとも絶対に誰にも渡しませんわ!」
「いや、そこまで気合いを入れずともいいのだが……まあ、ほどほどにな」
フンスと鼻を鳴らす勢いでやる気を見せるアルガに、ニックは苦笑してから背を向ける。その後は腕に力を漲らせ、何も無い場所を思いきり殴りつければ……
バリンッ!
「……っ!? 世界が、本当に……っ!?」
「では、またな!」
驚くアルガをそのままに、ニックはあっさりと世界の割れ目へと飛び込み、初めての異世界を後にした。目まぐるしく変わる極彩色の景色の向こう側に元の世界を……娘の気配を感じ取って飛び込めば、目の前に広がるのはあまりにも見慣れた懐かしい景色。
「ここは……儂の家、か?」
無意識に自分も家族を求めてしまっていた、その事実に思わず苦笑するニックに、やっと股間から開放されたオーゼンの声が届く。
『そのようだな。それに、どうやら服も無事だったようだ』
「おお!」
オーゼンに言われて見てみれば、ニックが着ている服には特に破損した様子はなく、抱えていた陰獣の革の方も無事だ。
「これはどういうことだ? こっちから持って行くのは駄目で、他の世界から持ち帰る分には平気ということだろうか?」
『現段階では何とも言えぬな。あるいはその陰獣とやらの素材特性が、世界を越える際の負荷に耐えられるようなものなのかも知れん。革だけでなく、その服にも陰獣の素材が使われているのだろう?』
「そう言えばそうだったな。なるほど……となると今回の旅、この革を得られたことは大きな収穫だったと言えるか。革ならお主の体を作る材料としても使えそうだしな」
『む? 我はそんな真っ黒な体など……いや、ちょっと格好いいかも知れんが……』
「ははは。まあ体ではなくても、これで作った服を着るというのもありだろう。というか、そうでなくてはお主は体を持ったままでは世界を越えられぬのではないか?」
『ぐぬっ!? それは……いや、だが体が完成してしまえば、もう世界を越える意味も無いのではないか?』
「意味があるかどうかはともかく、越えられた方が楽しいであろう? 体があるなら普通にアルガ達に紹介しても問題ないだろうしな」
『……確かに貴様の股間に縛られる必要がなくなるなら、検討する価値はあるな』
「ということで、まずはアトミスの所にでも行ってみるか」
『うむ!』
異世界から帰ってきても、ニックが落ち着く暇はない。意気揚々と「鍵」を取りだし、アトミスの居るであろう天空城へと扉をくぐって出向いていく。
こうしてニックの初めての異世界の旅は終わり……早速戻ってきたニックに「え、もう!?」とアルガが目を丸くするのは、それから一週間後の事であったという。
ということで、これにて「最強無敵のお父さん 最強過ぎて勇者(娘)パーティから追放される」は本当に完結となります! 外伝も含めた全800話、最後まで楽しんでいただいて本当にありがとうございました。





