父、蘇らせる
本日から新連載を始めました! 是非ともそちらも読んでいただけると嬉しいです。
「勇者パーティから追放されないと出られない異世界×100~気づいたら最強になっていたので、もう一週して無双します~」
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「ということで、儂等はちょっと食われてくるから、後を頼むぞ」
「…………はっ!? いやいやいやいや、無理ですし無茶ですよ!?」
いい笑顔を浮かべたニックの言葉に、我に返ったヴィキニスが慌ててそう返す。アルガ王女を陰獣に食べさせるなど同意できるわけもないし、自分と妹が協力したくらいであの巨大な陰獣を足止めするのもまた無理だ。
だがそんなヴィキニスの態度にも、ニックの笑顔は崩れない。
「ははは、大丈夫だ。アルガは無事に返すと約束しているのだから、危険があればすぐに連れ戻る。それに陰獣の方もちゃんと手は打とう……しばし待て」
そう言うが早いか、ニックの姿がその場から掻き消える。それに一行が驚く間もなく聞こえてきたのは、陰獣の悲痛な叫び声だ。
「ブギィィィィィィィ!?」
「ぬぅん!」
ニックの拳が陰獣の足に炸裂し、見るも無惨に折れ曲がったうえにぺしゃんこになるまで叩かれる。とはいえそのままではほんの数秒で再生してしまうわけだが、ニックはすかさず地面を殴って亀裂を入れ、そこに無理矢理に陰獣の足を押し込んだ挙げ句、その上からギチギチに踏み固めてしまった。
「まずは一本! さあ、ドンドン行くぞ!」
「ブギィィィ! ブギィィィ!?」
哀れな鳴き声をあげる陰獣の足が、次々と地面に埋め込まれていく。亀裂の中で再生し膨らんだ足は自らの質量により更に強固に固定されてしまい、もはや陰獣は一歩たりとも動くことができない。
「ハッハー! どうだ? これならば近づかずに見守る分には問題あるまい?」
「は、はあ。そうですね……」
五分とかからず作業を終えて戻ってきたニックに、セパレーティアが引きつった笑みを浮かべて答える。その隣ではヴィキニスが「何かちょっと可哀想」という感想を抱いたりもしたが、流石にそれを口にしたりはしない。
「では行くか、アルガよ」
「はい! ニック様!」
最後にもう一度聖水を浴び、半神の状態を強化したアルガがニックに抱きしめられて鳴き叫ぶ陰獣の口へと飛び込んでいく。そんな二人を待っていたのは、文字通り「陰」の世界だった。
(ふむん? これはちと予想外だな……)
陰獣の内部に待ち受けていたのは、強い粘性を持つ闇とでも言うべき空間だった。どれだけ目を凝らしても何も見えないのは死の螺旋に入り込んだ時に似ているが、あちらは見えるものすら何も無いという感じだったのに対し、こちらはみっちりと闇、というか陰が詰まっているせいで視界が通らないのだろうと思われる。
(この状態で息を吸うと、何だかわからんものを大量に飲まされそうだな。儂は平気だが……)
ニック自身は、呼吸ができない程度でどうにかなったりはしない。だが自分が抱いているアルガは別だ。心配になって視線を落とすと、腕の中のアルガは淡い光に包まれた状態でキョロキョロと辺りを見回している。
「これが陰獣のなか……こんなところに入ったのは、きっと私達が初めてでしょうね」
そう言うアルガに苦しそうな様子はない。というか、言葉を話している時点でニックのように呼吸ができない状況というのはあり得ない。
「……? ニック様、どうかなさいましたか?」
「……………………」
そんなニックを不思議そうに見上げるアルガに、ニックは無言のまま右手で己の口をポンポンと叩いて見せる。
「……ひょっとして呼吸ができないのですか? 大変、どうすれば……!? というか、どうして……?」
そんなニックの意図を読み取り、アルガが慌てる。自分とニックで何が違うのかを考え、それが「神の加護」の有無だとわかった瞬間、アルガがニックの口に自らの手を軽くあてた。するとニックの口を覆っていた粘り着く陰が消え去り、その分だけ隙間ができる。
「……これでどうでしょう?」
「すぅ……ふぅ……うむ、大丈夫だ。すまんな、助かった」
「はぁ、よかったです……」
「ははは、息ができないのはどうということもないが、話せないのは不便だからな。悪いがこのまま手を当てていてくれるか?」
「はい」
ニックの頼みに、アルガは少し強めにニックの口元に自分の手を押し当てた。手のひらにニックの唇の柔らかさや吐息の熱さを感じて僅かに顔を赤らめたが、すぐにここが何処かを思い出して気を引き締め直す。
「それでニック様。これからどうしましょう?」
「ふむ。何も見えぬから無限に広いように感じられるが、実際にはあの陰獣の大きさはそこまででも無い。ご神体のある場所さえわかればすぐに辿り着けると思うのだが……」
「でしたら、お任せ下さい」
悩むニックにそう告げると、アルガは先程もそうしたように、精神を集中して加護の力が流れてくる方向を感じ取ろうとする。するとその体からサラサラと光の粒が離れて行き、やがてか細い糸のように一方向へと流れていく。
「これを辿れば、おそらくはそこにご神体があるかと」
「おお、凄いな! よし、では行ってみよう」
粘る陰を力強く掻き分け、ニックが光の糸を追っていく。するとほどなくして陰の中に浮かぶ古びた台座と、そこに据え付けられた水晶玉のようなものを見つけることができた。
「これ、か?」
「私も幼い頃に一度見ただけですけれど、多分……でも、ああっ!?」
台座の上の水晶玉の中央では、チカチカと淡い光が瞬いている。だがそれは今にも消えそうなほどに弱く儚い。
「こんなに……こんなに弱ってしまっているなんて!」
「どうする? すぐに運び出すか?」
「できそうですか?」
「やってみよう」
アルガに問われ、ニックが台座に手を掛け……しかしすぐに離す。台座にまとわりつく陰の手応えが予想以上に強く、強引に動かそうとするとそのまま砕けてしまいそうだったからだ。
「このままでは動かせんな。アルガよ、お主が触れることで陰を中和できるか?」
「やってみます。では、少しだけ口から手を離しますね」
そう言ってニックの口から手を離したアルガが、台座や水晶玉を両手で撫で回していく。それにより僅かにまとわりつく陰の力が減少したようだが、やはり台座を動かせるほどではない。
「……どうでしょう?」
「……ふぅ。いくらかマシになったようだが、まだ無理だな。こうなると周囲の陰を綺麗に消し飛ばすしかない」
「そんな!? これで駄目なら、どうすれば……!?」
『おい、貴様よ』
と、そこでニックにのみ聞こえる声が、股間の獅子頭から届く。アルガがいるためニックが無言で視線だけを下に落とすと、オーゼンが更に言葉を続けていく。
『我の見立てでは、その台座は魔導具ではないか? どうにかできるかはわからんが、調べてやろう』
「っ! アルガよ、少し黙って見ていてくれ」
「何かなさるのですか?」
「まあな」
不思議そうに首を傾げるアルガをそのままに、ニックは少しだけ陰を掻いて体を上に動かし、淡く瞬く水晶玉に己の股間を押し当てる。
「…………ニック様?」
「今は何も言うな。打開策が見つかるかも知れんのだ」
「は、はぁ……」
『いや、我は王能百式を解除して押し当てろと……まあいい。では、そのまましばし待て』
悪ふざけにも程がある行為に一瞬顔をしかめたアルガだったが、ニックの真剣そのものな表情に言葉を飲み込み状況を見守ることにする。そうしてしばし、信奉する光の神ラーのご神体に、全神の勇者たるニックの股間に輝く黄金の獅子頭が押し当てられるという光景を見せつけられ続け……そして遂に。
「きゃっ!?」
「ふふふ、上手くいったようだな」
突如として水晶玉から眩い光が溢れ出し、アルガが思わずその顔を覆ってしまう。それと同時に陰獣内部に満ちていた粘り着く陰が悉く焼き払われていき、抵抗のなくなった台座を掴んだニックが上だと思われる方向に拳を突き出し飛び上がる。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ブモォォォォォォォォォォォォォ!?!?!?」
ブチッという音を立て、陰獣の皮を破ったニックが外へと飛び出す。そしてその勢いのまま高空へと駆け上り……その腕の中では、ギュッと台座を抱えたアルガが感嘆の声を漏らす。
「空が……こんなに近い……!」
「ふふふ。さあアルガよ、後は儂の教えたとおりに言うのだ」
「わかりました……いきます!」
すうっと大きく息を吸ってから、アルガが台座を掲げて高らかに宣言する。
「管理者権限によりシステムにログイン! 魔力光調整機構を緊急再起動! お目覚め下さい神よ!」
正確な意味はわからない。だが「ラー」の名を含む神の真名を告げた瞬間、台座の先端についた水晶玉から目も眩むほどの光が広がり――
その日、世界に光が戻った。





