第二話「化物」
俺は闇バイトに応募した。
指示通り、怪しまれないように身分証の写真を何枚か撮って送る。
「逃げたら家族や友人を殺す」だの脅されたが、俺には家族も友達もいない。バカな奴らだ。
何を運ぶのか尋ねても教えてくれなかった。「お前には関係ない」と一蹴される。
そしてバイト当日。俺は指定された駅のコインロッカーを開け、依頼の物を取り出した。
「……意外と小せえな」
片手で持てるサイズで、拍子抜けするほど軽い。
金じゃなさそうだ。危険な薬物か何かか?
まあ、俺にはどうでもいい。
バッグに放り込むと改札を抜け、終点の新宿へ向かう電車に乗り込んだ。
ドアの上の液晶画面をボーッと眺める。流れる広告、次の駅。クソほどつまらない日常。
やがて電車が終点に到着し、人波に混ざって改札を出た。
「えーっと……次はどこだ?」
スマホを取り出す。バッテリー残量は14%。……まあ、バイトが終わるまでは持つだろ。
画面を確認していると、ふいに男二人に声をかけられた。
「君、ちょっといいかな?」
一瞬ビクッとしたが、まだバレたと決まったわけじゃない。平然を装って振り返る。
「なんですか?」
服装はピシッとした黒のスーツ。警察……か?
男の一人が無言で胸ポケットから革帳を開いて見せてきた。……本物の警察手帳だ。
ああ、詰んだな。そう理解した。
「カバンの中身、見せてもらってもいいかな」
正直、おとなしく捕まってもよかった。
だが――このままヘラヘラ連行されるのは、なんだか無性にムカつく。最後にちょっと抵抗してやろう。
「嫌だね」
言い捨てた瞬間、俺は全力で脱兎のごとく駆け出した。
エスカレーターを駆け下り、駅の外へ飛び出す。
背後から鋭い靴音がついてくる。速い。運動靴の俺よりスーツの奴らの方が足が速い。
焦った俺は入り組んだ路地裏へ飛び込み、右へ左へとクネクネ曲がって撒こうとした。
――が、最悪なことに、行き止まりだった。
振り返ると、息一つ乱さず二人の警官が退路を塞いでいた。
「君、おとなしくバッグの中身を渡しなさい」
「渡したら、捕まらずに済むのかよ?」
警察は無言で首を横に振る。
「君は間違ったことをした。だから正しい処罰が下される」
「……だよねぇ」
はぁ、と溜息をつく。
「中に入っているものは何だ?」
「君には関係のないものだ」
自棄になった俺はバッグを引っ掴み、中の梱包を雑にバリバリと破り開けた。
薬物なら、捕まる前に一発試してやろうと思った。どうせ人生詰んでるんだ。最後くらい飛んで終わりたい。
中から出てきたのは――透明な液体が入った一本の注射器だった。
「粉じゃなくて、打ち込むタイプかよ」
迷う暇なんてなかった。キャップを外し、自分の腕に思いっきり針を突き刺す。
「やめなさい――!」
叫び声をシカトし、プランジャーを押し込む。
直後、体中に灼熱のマグマが駆け巡った。
――あ? これが薬の……気持ち良さ、なのか……?
違う。痛い。痛い痛い痛い痛い!!
内臓が、細胞が、中から爆発しそうな激痛。全身の肉が膨れ上がり、破裂しそうだ!!
「あがあああああああああああっ!?」
あまりの激痛に耐えかね、地面に転がり回る。
「痛い! 痛い痛い痛い!!」
警官たちは目を見開き、言葉を失って俺を見下ろしている。
俺が痛がっているからじゃない。俺がそれを注射したことに驚いてやがる
くそっ、こんなことなら打たなきゃよかった……!
「……やはり、不完全だったか」
警官の一人が冷ややかな声で呟き、どこかへ連絡を始めようとする。
地獄のような痛みが、徐々に引き始めていた。息を荒げながら、俺はなんとか立ち上がる。
「不完全って……どういう意味だ……?」
俺が喋った瞬間、警官たちの顔色がガラリと変わった。
死体でも見ているかのような、恐怖と驚愕の表情。
「なぜ……生きている……!?」
「そりゃ……息してんだから生きとるだろ……」
ふぅ、と息を整え、俺は力なく手を挙げた。
「はぁ、もういいや。大人しく捕まるよ……」
歩み寄ろうとした瞬間――カチャリと金属音が響いた。
警官が銃を構えている。
「近づくな! この化物め!!」
「は? いや、待てって、落ち着――」
――ドォン!!
耳をつんざく銃声。
「あぐぁぁぁっ!???」
右足に激痛が走り、俺は無様に倒れ込んだ。
足を抱えて悶絶する。何しやがる! 脚撃ち抜きやがった!!
激痛に耐えながら傷口を押さえるが……あれ? 痛みが、一瞬で引いていく?
恐る恐る手を出してみると、破れたズボンの下にあったはずの弾創が、跡形もなく消えていた。血すら止まっている。
「外した……のか……?」
「まさか成功してしまったのか……こんなゴミみたいな奴に……!」
警官の言葉の意味がまったく分からない。
「おい、どういうことだ……いきなり撃つとか正気じゃ――」
もう一人の警官が、冷酷な目で拳銃の照準を俺の額に合わせた。
「規則に従い、化物を排除する」
「は――」
――ドォン!
視界が真っ赤に染まり、思考が途絶えた。
「はっっっ……ハァ、ハァ、ハァ……っ!!」
次に目を覚ました時、俺は飛び起きていた。
視界に入ったのは、無機質な真っ白な天井と壁。俺は清潔なベッドの上に横たわっていた。
「こんにちは。やっと起きた?」
ベッドの脇に置かれたパイプ椅子。
そこに腰掛け、足を組んでいたのは――息をのむほど美しい、金髪の女だった。
「俺は……どうしてここに……確か、頭を撃ち抜かれて……っ!?」
直前まであった「死の感覚」――頭が吹き飛ぶグチャリとした感触が脳裏をよぎり、強烈な嘔吐感が襲う。俺は床に向かって胃液を吐き出した。
「ちょっと、汚さないでくれる? 拭くのはあんたがやっくれるのよね?」
冷たい声でそう言い捨て、女は立ち上がる。
「俺は……なんで生きて……」
「口で説明するより、見せた方が早いわね」
女は胸元から小型の拳銃を取り出すと、何のためらいもなく俺の腕に向けて引き金を引いた。
バンッ!!
「ぐあぁぁっ!? ああああっ!!」
腕を抱えて叫ぶ俺に、女は心底呆れたような視線を向ける。
「大げさね、名俳優さん。自分の腕をよく見てみなさいよ」
涙目になりながら腕を押さえていた手を退ける。
……そこには、穴も傷もなかった。ただ、服に空いた小さな穴と、付着した血痕だけが残っている。
「ど、どうなって……」
「あなたみたいな出来損ないに渡ったのは最悪だけど……これで、一人目の『能力者』が生まれたわけね」
女は吐き捨てるように言った。
「能力者……?」
「そう。あなたの能力は超再生……いいや、頭を撃ち抜かれてもピンピンしてるあたり、『不死身』と呼ぶのが正しいかしら」
言葉が出ない。
こうして俺は死ねない体になった




