第一話「底辺の生活」
「あぁ……くっそ……」
思わず膝に手を突く。全身の筋肉が悲鳴を上げていた。
「おいそこ! 勝手に休んでんじゃねえよ! 手ぇ動かせ!」
威張り散らすおっさんの怒声が飛ぶ。
俺はチッ、と心の中で舌打ちをして、再び重い資材を持ち上げた。
俺の名前は鈴木翔。16歳。
見ての通り、高校は金がなくて中退。親も頼れる身寄りもおらず、今日を生き延びるためだけにこの現場で力仕事をしている。
――なぜ一人なのか。理由は単純だ。
数年前、妹が何者かに攫われた。
警察もあてにならず、狂ったように妹を探し続けた両親だったが……精神が壊れたのだろう。ある朝、俺がリビングへ行くと、二人は並んで首を吊っていた。
高一の5月の話だ。
学費を払えるはずもなく、7月にあっけなく高校を中退。それからはこうして日雇いの肉体労働で食いつないでいる。
「は、運び終わりました……っ」
息を乱しながら報告すると、現場監督のおっさんはあからさまに不機嫌な顔でこちらを睨みつけてきた。
「あのさぁ、若いんだからもっとテキパキ動けない? それにさ、あんたみたいな中卒で力もないガキ雇ってんの、うちくらいなんだよ。少しは感謝して働けないなら辞めてくれない? 足手纏いでいい迷惑なんだわ」
――ぶつん、と頭の中で何かが切れた。
腹の中のドロドロとした苛立ちが、抑えきれずに口から溢れ出す。
「あぁそうですかい。なら、そんなありがたい善意とやらは願い下げだね! 威張り散らすしか能のない、歳食っただけのオッサンが調子乗ってんじゃねぇよ!」
「あ!? お前、誰に向かって――」
怒号を背中に聞き流しながら、俺は振り返りもせずに更衣室へと向かう。
「今日の分の給料は払わねえからな!!」
負け犬の遠吠えが響いたが、どうでもよかった。
作業着を脱ぎ捨て、私服に着替えると、カバンを引っつかんで現場を後にした。
帰り道のスーパーで、半額シールが貼られた売れ残りの惣菜と、カロリーゼロと大きく書かれた人工甘味料の塊みたいな清涼飲料水を買う。
住処は、家賃の安いボロアパートだ。
実家? ローンが払えなくて追い出されたよ。親が残した金なんて一重もない。それどころか、マイナスだ。
両親は妹を捜すために全財産を使い果たし、俺の将来のことなんて何一つ考えずに勝手に絶望して死んでいった。
結局、妹の手がかりは何も見つからず、捜索はウヤムヤのまま終わりを迎えたというのに。
ガタの来ているドアノブを回し、部屋に入る。
とりあえず荷物を置いて手を洗おうとしたが――蛇口を捻っても、一滴の水すら出てこない。
「あー……そういや、水道代払ってねぇや……」
ついに止められたか。
この調子じゃ、電気もガスも止められているだろう。
はぁ、と重い溜息をついて、湿気った畳の上にへたり込む。
買ってきた半額惣菜を口に押し込み、体に悪そうな甘さの液体で流し込んだ。
腹を満たすと、そのまま天井を見上げてゴロリと寝転がる。
「明日から、どうすっかな……」
財布を開いて中身を確認する。
入っていたのは、72円の硬貨と、さっきのスーパーのレシートだけ。
「あっはは…」
思わず笑えてきた。
明日どころか、今夜の飯代すら残っていない。職も失った。詰みだ。
薄暗い部屋で、スマホの画面を光らせる。
電気を止められている以上、これは貴重なバッテリーだ。……まあ、今の俺にはそんなことを気にする余裕すらないが。
SNSのタイムラインを適当にスクロールしていると、ある投稿で指が止まった。
『日給10万円/面接なし/指定された荷物を運ぶだけの簡単な仕事です』
……プッ。思わず鼻で笑ってしまう。
こんなものに騙される奴はバカだ。100%犯罪。いわゆる『闇バイト』ってやつだろう。
「ハッ……こんな怪しさ満点の募集に引っかかる奴なんてよぉ……」
これに応募するのは、底抜けのバカか。
あるいは、職も学力も金もなく、明日食べる飯すら買えない一文無しの惨めな奴くらいだ。
画面をタップし、記載された連絡先へメッセージを打ち込む。
『やらせてください』
そう。俺は、正真正銘のバカで、力も技術も学歴も金もない、どん詰まりの一文無しだ。
もし警察に捕まったとしても、このまま野良犬みたいにのたれ死ぬよりは、刑務所で三食付きの生活を送る方がマシだ――本気でそう思っていた…




